織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第一章 異界からの姫君

第二十一話

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 「姫よ。これは一体どういうことか……説明してもらおうか」

 彼は怒っている。市は、黙り込んだまま、エイサフを睨み付けた。何故、怒られなければならないのか。そもそも、唇を奪った件について、市はまだ許していない。

 「あなたには、関係ありませぬ」

 「ほう?関係ないと?」

 つんと横を向く市の顎を掴み、エイサフは彼女の顔を自分に向かせた。黒曜石のように、濡れた美しい瞳が、丸々と自分を見上げてくる。

 「そなた……元の世界へ帰りたいと駄々を捏ねて、レイムホップを困らせていたな」

 「な……聞いていたのですね!?」

 嫌らしい人だと、自分を責め立てる市に、エイサフは眉を吊り上げた。

 「帰れぬものは、帰れぬのだ。諦めよ、姫。そなたは、この世界で一生を生きる運命なのだ」

 「な……!何を勝手なことを……!」

 当然とでもいうようなエイサフの言い様に、市は唖然とした。そんな彼女を気にすること無く、エイサフは市の血塗れた首を見やる。

 「このように、無謀な真似をして……とんだ跳ねっ返り姫だな」

 ビリッと自身の衣服の裾を破り、彼は市の細い首に巻き付けた。たちまち白い布は赤く染まっていく。

 「傷口はそう深くはないようだ……あとでラビアに手当してもらうがよい」

 「……放っておいて下さいませ。私は死ぬつもりなのですから」

 目付きは冷たいが、以外にも優しい彼の手つきに、市はギクリとした。落ち着かない思いで、彼女はつんとそっぽを向く。嫌な男なのに、こうも優しく手当てをされてしまえば、どんな反応をしたらいいのかわからない。市は、素直にお礼を言うことすら出来なかった。

 「こやつ……私が下手に出れば、なんと生意気なことよ。死ぬつもりだと?そんな勝手は許さぬ」

 エイサフは市の体をひょいと抱えた。姫抱きにされた市は、ヒュッと息を呑む。

 「レイムホップよ。私のじゃじゃ馬姫が迷惑をかけたな」

 誰がお前のだ……!と怒鳴ってやりたいが、市の唇から怒声は出てこない。彼女は、ぱくぱくと唇を動かしながら、ようやく声を絞り出した。

 「れ、れい……!そなた、ぼーっと突っ立っていないで、私をこの男から助けるのじゃ!」

 市の叫びも虚しく、レイムホップには届かない。彼は、真っ白な髭を撫で付けながら口角を上げた。

 「イチ様。エイサフ王子のじゃじゃ馬姫とは……いやはや。何だかんだ、あなた様も王妃になるのに抵抗がないようですな?先程のは、冗談なのでしょう。しかし、あのように悪質な戯れは、老人の寿命を縮みかねますぞ」

 冗談ではないとわかっている上での、レイムホップの態度に、市は額に青筋を浮かべた。しかし、レイムホップに文句を言う前に、エイサフが市を抱いて、部屋から出てしまう。

 「わ、若君!れいに一言言ってやりたい!今すぐ戻って下さいませ!」
 
 「その前に、そなたはその首を治療せよ。愚か者め」

 コツンと額を小突かれ、市はムッと唇をへの字に曲げた。そんな子供のような顔に、エイサフはククッと笑いを零す。

 「何が可笑しいのです!?」

 「別に……ただ、そなたは本当に愛らしいと思ってな」

 てっきり憎まれ口を叩かれるのかと思えば、予想とは裏腹に、エイサフは甘い顔で市に囁いた。

 「姫……私は、そなたが愛しい」

 そんな事を言われても、困ってしまう。市は、眉を八の字に下げて、黙り込んだ。

 いつの間にか、市の部屋まで連れて来られていたらしく、彼は市をベッドの上に座らせた。そこで、市は気付く。自分は何を大人しく、エイサフなどに姫抱きにされていたのだろう。しまった!1発でも、2発でも、頬をぶっ叩いておけばよかった!

 「何やら、百面相をしておるが……何を考えている?」

 「べ、別に!何でもありませぬ!」

 ふん!とエイサフとは反対方向を向く市の態度は、何とも反抗的だ。しかし、エイサフには、なかなか懐かない子猫のように見えていた。

 ーー近付きすぎると、引っ掻き傷を負う。だが、腕に抱けば、大人しくなる……何ともおかしな姫よ。

 クスリと微笑する彼の表情は、あまりに優しく甘やかだった。そんな彼の顔を、市は背を向けていた為、見ていなかった。目にしていたならきっと、彼への印象が少しは変わっていたかもしれない。

 「ラビアは、まだ戻ってはおらぬようだな……仕方がない、私が見てやろう」

 「え……」

 市の首に、彼の大きな手が伸びてきた。思わず体を硬直させるも、エイサフは優しく布をとり、そこに消毒液を染み込ませた包帯を巻いていく。どうやら、自分は彼に治療されているらしい。市はまじまじと、正面にある人形のような顔を見つめた。
 
 「出来たぞ。特別な消毒液を使ったゆえ、すぐに治るだろう」

 「あ……ありがとう……ございまする」

 もごもごと小さな声でお礼を言う市の姿が、まるで小さい子供のようで、エイサフは笑みを浮かべた。

 ーー大人の女の色香もあれば、子供のような愛らしさもある。なんということだろう。たまらなく、この姫が愛しい。

 エイサフの胸に、じんわりとした陽だまりのような感情が沸き起こった。しかしそれも、市の部屋に吊るされたチャイナドレスによって、激変する。エイサフの青い色彩が、ゆらゆらと揺れた。

 「あの、鳳凰の刺繍は……」

 晧月の国……渼帝国の象徴は、鳳凰である。その鳳凰の刺繍をされているドレスを市が持っているということは……。

 ーー晧月め。姫を本気で自らの妃として、迎え入れるつもりだな。

 彼の陽だまりのような暖かい感情は、その胸の中で一気に火を噴いた。青い瞳に、静かな青い炎が揺らめく。
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