21 / 70
第一章 異界からの姫君
第二十一話
しおりを挟む「姫よ。これは一体どういうことか……説明してもらおうか」
彼は怒っている。市は、黙り込んだまま、エイサフを睨み付けた。何故、怒られなければならないのか。そもそも、唇を奪った件について、市はまだ許していない。
「あなたには、関係ありませぬ」
「ほう?関係ないと?」
つんと横を向く市の顎を掴み、エイサフは彼女の顔を自分に向かせた。黒曜石のように、濡れた美しい瞳が、丸々と自分を見上げてくる。
「そなた……元の世界へ帰りたいと駄々を捏ねて、レイムホップを困らせていたな」
「な……聞いていたのですね!?」
嫌らしい人だと、自分を責め立てる市に、エイサフは眉を吊り上げた。
「帰れぬものは、帰れぬのだ。諦めよ、姫。そなたは、この世界で一生を生きる運命なのだ」
「な……!何を勝手なことを……!」
当然とでもいうようなエイサフの言い様に、市は唖然とした。そんな彼女を気にすること無く、エイサフは市の血塗れた首を見やる。
「このように、無謀な真似をして……とんだ跳ねっ返り姫だな」
ビリッと自身の衣服の裾を破り、彼は市の細い首に巻き付けた。たちまち白い布は赤く染まっていく。
「傷口はそう深くはないようだ……あとでラビアに手当してもらうがよい」
「……放っておいて下さいませ。私は死ぬつもりなのですから」
目付きは冷たいが、以外にも優しい彼の手つきに、市はギクリとした。落ち着かない思いで、彼女はつんとそっぽを向く。嫌な男なのに、こうも優しく手当てをされてしまえば、どんな反応をしたらいいのかわからない。市は、素直にお礼を言うことすら出来なかった。
「こやつ……私が下手に出れば、なんと生意気なことよ。死ぬつもりだと?そんな勝手は許さぬ」
エイサフは市の体をひょいと抱えた。姫抱きにされた市は、ヒュッと息を呑む。
「レイムホップよ。私のじゃじゃ馬姫が迷惑をかけたな」
誰がお前のだ……!と怒鳴ってやりたいが、市の唇から怒声は出てこない。彼女は、ぱくぱくと唇を動かしながら、ようやく声を絞り出した。
「れ、れい……!そなた、ぼーっと突っ立っていないで、私をこの男から助けるのじゃ!」
市の叫びも虚しく、レイムホップには届かない。彼は、真っ白な髭を撫で付けながら口角を上げた。
「イチ様。エイサフ王子のじゃじゃ馬姫とは……いやはや。何だかんだ、あなた様も王妃になるのに抵抗がないようですな?先程のは、冗談なのでしょう。しかし、あのように悪質な戯れは、老人の寿命を縮みかねますぞ」
冗談ではないとわかっている上での、レイムホップの態度に、市は額に青筋を浮かべた。しかし、レイムホップに文句を言う前に、エイサフが市を抱いて、部屋から出てしまう。
「わ、若君!れいに一言言ってやりたい!今すぐ戻って下さいませ!」
「その前に、そなたはその首を治療せよ。愚か者め」
コツンと額を小突かれ、市はムッと唇をへの字に曲げた。そんな子供のような顔に、エイサフはククッと笑いを零す。
「何が可笑しいのです!?」
「別に……ただ、そなたは本当に愛らしいと思ってな」
てっきり憎まれ口を叩かれるのかと思えば、予想とは裏腹に、エイサフは甘い顔で市に囁いた。
「姫……私は、そなたが愛しい」
そんな事を言われても、困ってしまう。市は、眉を八の字に下げて、黙り込んだ。
いつの間にか、市の部屋まで連れて来られていたらしく、彼は市をベッドの上に座らせた。そこで、市は気付く。自分は何を大人しく、エイサフなどに姫抱きにされていたのだろう。しまった!1発でも、2発でも、頬をぶっ叩いておけばよかった!
「何やら、百面相をしておるが……何を考えている?」
「べ、別に!何でもありませぬ!」
ふん!とエイサフとは反対方向を向く市の態度は、何とも反抗的だ。しかし、エイサフには、なかなか懐かない子猫のように見えていた。
ーー近付きすぎると、引っ掻き傷を負う。だが、腕に抱けば、大人しくなる……何ともおかしな姫よ。
クスリと微笑する彼の表情は、あまりに優しく甘やかだった。そんな彼の顔を、市は背を向けていた為、見ていなかった。目にしていたならきっと、彼への印象が少しは変わっていたかもしれない。
「ラビアは、まだ戻ってはおらぬようだな……仕方がない、私が見てやろう」
「え……」
市の首に、彼の大きな手が伸びてきた。思わず体を硬直させるも、エイサフは優しく布をとり、そこに消毒液を染み込ませた包帯を巻いていく。どうやら、自分は彼に治療されているらしい。市はまじまじと、正面にある人形のような顔を見つめた。
「出来たぞ。特別な消毒液を使ったゆえ、すぐに治るだろう」
「あ……ありがとう……ございまする」
もごもごと小さな声でお礼を言う市の姿が、まるで小さい子供のようで、エイサフは笑みを浮かべた。
ーー大人の女の色香もあれば、子供のような愛らしさもある。なんということだろう。たまらなく、この姫が愛しい。
エイサフの胸に、じんわりとした陽だまりのような感情が沸き起こった。しかしそれも、市の部屋に吊るされたチャイナドレスによって、激変する。エイサフの青い色彩が、ゆらゆらと揺れた。
「あの、鳳凰の刺繍は……」
晧月の国……渼帝国の象徴は、鳳凰である。その鳳凰の刺繍をされているドレスを市が持っているということは……。
ーー晧月め。姫を本気で自らの妃として、迎え入れるつもりだな。
彼の陽だまりのような暖かい感情は、その胸の中で一気に火を噴いた。青い瞳に、静かな青い炎が揺らめく。
0
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる