織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第二章 愛を乞う王子

第二十六話

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 桜色の空に、銀色の鳥が羽ばたいている。その横を、小さな黒い鳥が追いかけるようにして飛んでいた。つがいらしい、その鳥達は、桜色の空を自由に舞いながら、愛の飛行を楽しんでいるようだ。

 「あの鳥達、デート中なのかな」

 晧月は、ポツリと零した。彼は、城の壁をよじ登りながら、ぼんやりと空を見上げる。銀色と黒色をした鳥のつがい。まるで、自分と市のようだ。彼は、柄にもなく鳥に自分達の姿を投影してみた。すると何やら青い翼を持った鳥が飛んできて、二羽の仲を裂くように旋回すると、銀色の鳥に攻撃を仕掛け始めるではないか。晧月は、思い出したくもない男を、思い浮かべて舌を出した。

 「あの青い鳥、まさにエイサフそのものじゃないか」

 銀色の鳥も負けずに、青い鳥に立ち向かっている。晧月は、もちろん銀色の鳥を応援した。

 「あれ、若君?そこで何をしているのです」

 頭上から降ってきた声に見上げれば、市がキョトンとした顔で、窓から顔を出している。

 「やあ、天使ティエンシー。ちょうど君に用があったんだよ」

 「また窓から、訪問するつもりだったのですね……」

 呆れた彼女の眼差しを気にすることなく、晧月はマイペースに部屋の中へ入り込んだ。そこにはラビアもいて、彼女はギョッとした顔で晧月を見たが、晧月はまたも気にすることなく市に話かける。

 「君、明日って空いてる?」

 「え、はい……特に何も予定はありませぬが」

 「じゃあ、デートしよう」

 晧月は、嬉しそうな顔を隠さずに、笑みを見せた。

 「この宮殿の敷地内の端に、見晴らしのいい丘があるんだよ。そこでピクニックでもしようよ」

 「ぴ、ぴく、にく……?」

 聞き慣れない言葉に、市は舌を噛みそうになる。そんな彼女を優しく見つめて、晧月はにっこりと唇を吊り上げた。

 「丘の上で、ごはんでも食べようってことさ」

 「ああ。なるほど!」

 合点がいった様子の市に、彼は囁くように言った。

 「明日の朝、迎えに来るからね……約束だよ」

 ふわりと風が吹き、市の前髪を浮かせる。まばたきをした瞬間には、晧月の姿はもうなかった。

 ヒョオオオ……

 風の音が鼓膜を震わせる。晧月は飛び降りた勢いで壁を蹴り、片腕を伸ばして木にぶら下がった。桜色の空の遥か上空で、銀色の鳥が青い鳥を撃退している……。彼は、口元を綻ばせた。

 「やるじゃん、銀色の」

 黒い鳥が銀色の鳥の周りを、心配するかのように飛び回っている。そんな姿を見送って、彼は自室へと歩き出した。

 「明日……楽しみだな」

 人に会うのを、こんなにも楽しみだと思うのは初めてだ。明日は、丘の上でごはんを食べて……それから、どうしよう?市を連れて散歩しようか。それとも、国で流行っていた花札でもして遊ぼうか。彼女の可愛い笑顔が見たい。あの顔を引き出すためならきっと……何だって出来る。

 晧月の左胸は、淡いときめきにより鼓動していた。市のことを想うだけで、嬉しくて、楽しくて、切なくて……そして、幸せなのだ。あの黒い瞳を見つめるだけで、全身が満たされるような気持ちになれる。想いが叶うならば、あの体を優しく抱き締めたい。唇にそっと、触れたい。そんな少年のような純粋な恋心が、晧月の中でポカポカと暖められていた。

 「すごく、好きだよ。天使ティエンシー

 晧月は、胸を締める想いをそっと呟く。

 二羽の鳥のつがいは、寄り添うようにして、遠くへと羽ばたいていった。



 三つ編みに結った菫色の髪を、尻尾のように揺らし、ラビアは早足に廊下を歩いていた。その顔は、悩ましく、瞳は不安げな色を宿している。彼女の心中は、市と晧月のことで一杯だった。

 ーーやはり、イチ様は……あの渼帝国の皇子が、好きなのかもしれない。

 先程、晧月が市をピクニックに誘った時……市は頬を染めて、恋する乙女のように嬉しそうな顔で微笑んでいたのだ。その表情を見て、ラビアは危機感を覚えた。

 ーー我が主君、エイサフ王子も……あの方のことを好いているというのに……。

 ラビアは、ある部屋の前で立ち止まると、豪華な扉をノックした。すると、「入れ」と静かな声が聞こえてくる。

 「失礼致します。ラビアでございます」

 彼女は深々と頭を下げた。地に額を付けんばかりに膝を着き、腰を折る最大級のお辞儀。頭上で、部屋の主……エイサフの声が低く響く。

 「面を上げよ」

 「はい……」

 ラビアは、ゆるりと顔を上げた。そこには、敬愛してやまない主君、エイサフがいる。見事なまでに青い髪を三つ編みに結い、金糸の模様をあしらえた衣を身につけた、堂々たる立ち姿。彼は、人形のように整った顔に、温度のない冷たげな微笑をのせていた。

 「何の用だ」

 「は……イチ様のことでございます」

 「姫の……?言ってみよ」

 「はい。イチ様は明日、渼帝国の皇子と、丘の上で逢い引きをしまする」

 「なに……?」

 エイサフの片眉がぴくりと吊りあがった。彼は微動だにしないまま、数秒、固まったように立ち尽くす。そして、フッと笑いが込み上げ、彼のふっくらとした唇から、大きな笑い声が零れ始めた。ラビアは、唖然として、笑いだした主君を見上げる。

 「お、王子……?」

 ラビアは、どうしていいかわからず、黙って見つめることしか出来ない。やがて、笑いの波が引いたエイサフは、がらりと表情を変えて、ラビアを見下げた。

 「ラビア」

 凍えそうな程、冷え切った声が、彼女の名前を呼んだ。

 「私の乳兄妹であるそなたは、私の味方であるな……?どうだ?答えよ、ラビア」

 「はい……!はい!勿論でございます……。私の主君は、シュッタイト帝国の王子であらせられる、あなた様にございます!」

 冷え切った眼差しに、ラビアの頬から冷や汗が流れる。彼女は、必死になって、生まれた時からずっと傍で仕えてきた主君を見つめた。ラビアの真っ直ぐな瞳に、エイサフは不敵に微笑む。

 「では、頼まれてくれるな……?」

 「何なりと……お申し付け下さいませ……!」

 不穏な影が、市達に迫っていた。しかし、市は気付くことなく、明日のピクニックを心待ちにしている。
 
エイサフは、笑った。必ずや、市を自分のものにしてやるのだと、笑った。それは、勝利を確信した笑みだった……。
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