織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第三章 奪還

第四十一話

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 その日も、晧月は森の訓練所にいた。以前と違う点は、木刀ではなく真剣を手に持っていることだろうか。金で模様が描かれた美しい鞘。それには、鳳凰の絵が描かれており、持ち手の部分に赤い紐が括り付けられていた。

 ヒュッと抜刀し、剣を振るう。太陽の光に反射し、銀色の閃光が走った。すると、周りに立っていた藁人形が、ドサドサと真っ二つに転っていく。

 「……っ!」

 肩と背中の傷が疼いたが、体を動かすにあたって、特に問題は無い。ピリピリと引き攣る皮膚を撫でて、剣を直した。

 ーーようやく、感も取り戻した。これで、安心してあの男を殺しに行ける。

 晧月は、俯いたまま唇を噛み締めた。彼の格好は、珍しく漆黒のチャイナ服だった。銀糸で大きく描かれた龍は、まるで周りを威嚇しているかのように口を開けて、今にも吠え声が聞こえてきそうだ。服と同じく、漆黒の靴はつるりとした光沢がある。ひと目見ると、お葬式のように全身を黒で揃えた彼の姿は、忍者のようにも見えた。

 「天使ティエンシー……」

 晧月の頭に、市の顔が浮かぶ。守ると決めて、腕に抱いていたはずの彼女を、手放してしまった時。どうして、手を離してしまったのだと、自分を責めずにはいられなかった。晧月の血を浴びた市の、悲しそうな顔が頭から離れない。眉を下げ、瞳に涙を浮かばせて……。晧月がエイサフに斬られた瞬間の、悲痛な叫びが耳にこびり付いて消えない。彼女は晧月の名を呼び、泣いていた。市の笑顔が好きなのに。あの男は、彼女を泣かせてばかりだ。

 「エイサフの奴……!」

 腹立たしい男の名を、怨みを込めて呟く。市は、無事だろうか。エイサフに手篭めにされてないだろうか。もし、そうなっていたとしたら、きっと……自分は冷静ではいられないだろう。あの男を、切り刻んでバラバラにしても、足りないぐらいだ。

 「晧月!」

 ザァブリオが、背後から声をかけてきた。彼も漆黒のチャイナ服に身を包み、背中にメイスという武器を背負っていた。怪力のザァブリオが得意とする武器で、先端が鋭く尖った金属製の大型棍棒だ。グリップから打撃部分まで、全て剛鉄で出来ているため、かなり重たい。重圧で重々しい雰囲気を放つ武器だが、ザァブリオは玩具のようにそれを振り回すのだ。晧月と並んで化け物である。

 ザァブリオは黒い口当てをして、さながら忍者のような地味な格好だ。彼の髪が赤い為、忍べていないが、そこは仕方がないだろう。

 「メイリン達も、準備が出来たそうだ」

 「そう。じゃあ、いよいよ奪還作戦開始だね……」

 晧月は、ポケットから黒い布を取り出すと、口元を隠すように巻き付けた。



 渼帝国、汀洲テイシュウの門の前に、黒装束を身に纏った兵士達が集まっていた。それぞれ、胸元に渼帝国の紋章である、鳳凰が刺繍されている。彼等は、市達を奪還すべく集められた渼帝国の兵士であった。

 「お兄様。お父様は、エイサフの首を取ってもよいと仰いましたわ」

 チャイナドレスではなく、漆黒のチャイナ服にズボンを履いたメイリンが、そっと晧月に囁いた。彼女の、ポニーテールに纏め上げた髪が、サラリと流れる。

 「先に宮殿の掟を破ったのは、エイサフの方ですもの。これを機に、シュッタイト帝国一つ滅ぼしてもいいと思いますの」

 「シュッタイト帝国は、いずれ俺が手に入れる。まずは、天使ティエンシーの……市の身の安全を優先してくれ」

 「もちろんよ、お兄様。このメイリンに、任せて下さいませ」

 メイリンは、細い腕に長い槍を握っていた。赤くつるりとした柄に、殺傷能力の高そうな鉄製の尖った切っ先が、キラリと光っている。その槍を握り締めて、彼女は自信満々に、微笑んだ。彼女の夫である将軍は、首都である天籟テンライにいる為、今回の作戦には参加出来ない。だが、何の問題も無いと彼女は思っていた。たとえ、武に優れた将軍がいなくとも、晧月は強い。馬鹿力のザァブリオもいるし、巫女である自分もいるのだ。

 「お前達、私が留守の間は頼んだわよ。この汀洲テイシュウをしっかりと守りなさい」

 メイリンが目配せすると、門の奥に居る兵士がザッと頭を下げる。

 「はっ!留守はお任せ下され!皇子様方は、ご安心して、姫君をお救い下さい!!」

 兵士の大きな声に、晧月は小さく頷いた。

 「頼んだよ」

 数人の兵士を引き連れて、川辺へと急ぐ。空はすっかり桜色から緑色へと変わっていた。こちらでの夜である。橙色の星達が、キラキラと輝き始めた。風は緩やかに吹き、天気も良い。

 「皆の者聞け!」

 川辺に着いて、晧月が声を張り上げる。いくつか用意された小舟に、兵士が5名ずつ乗り込んでいく。松明を手にし、彼等は静かに晧月を見上げた。

 「本日は絶好の奪還日和だ。そう思わないかい?風も緩やかに、空は晴れている。松明の火が消される心配もない。この暗い空が、俺達の姿を消し、明るい星が道を照らしてくれるだろう」

 メイリンとザァブリオが乗る小舟に、晧月が足をかける。たぷんとした、水の動きを感じる不安定な舟の上で、彼は立ったまま周りを見渡した。渼帝国の兵士達は、皆、真剣な眼差しで晧月の声に、耳を傾けている。

 「今から攻める小城には、俺の愛した姫がいる!愛しい女性が敵に奪われて、黙ったままでいられるか!?」

 「無理です!!」

 晧月に答えるように、若い兵士が声を荒らげた。その兵士に目を合わせて、晧月は言葉を続ける。

 「卑怯なエイサフから、姫を取り戻した暁には……姫を俺の皇妃として迎えたい!そのためにも、力を貸して欲しい……我が渼帝国の誇りある兵士達よ!シュッタイト帝国の奴らに一泡吹かせてやろうではないか!!」

 「おおー!!我らは、晧月皇子様と共に!!」

 バッと晧月が剣を掲げると、兵士達は皆一斉に拳を上げた。メイリンとザァブリオも、武器を持って、叫ぶ。士気が高まり、兵士達の心が一つになれば、勝てぬ戦はない。晧月は、瞳を鋭く細めて、地を蹴った。小舟が岸から離れて、ゆっくりと川の流れにのっていく。

 川から漂う水の匂いと、頬を撫でる風を感じながら、ザァブリオは己の武器であるメイスを握り締めた。彼は、不真面目なようで、一途に久実の事を想っていた。レイムホップも一緒とはいえ、心細い思いをしていることだろう。心配だ。ザァブリオは、短くため息を漏らす。

 「お前、今度は本気なわけ?」

 ふと、かけられた声に、ザァブリオがアワアワと目を泳がせた。

 「な、何がだ……!?」

 晧月は、半目で彼のアホ面を見やった。

 「わかってるくせに、誤魔化すなよ……久実の事さ」

 ザァブリオの頬が、髪と同じ真っ赤な色に染まる。ここまで、彼が照れる姿を初めて見た。ただでさえ赤いのに、肌まで赤いと気味が悪い。晧月は肩を竦めて、座り直した。剣を足に挟んで、膝を抱える。銀色の美しい髪が、サラサラと靡いた。
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