織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

文字の大きさ
43 / 70
第三章 奪還

第四十二話

しおりを挟む

 エイサフは苛立っていた。市は日に日に、衰弱していくばかり。ベッドから起き上がる体力もなくなり、彼女はずっと横になったままだ。手足は、骨が浮かぶほど細く痩せ、頬は痩けてしまっている。顔色も悪く、唇もカサカサだった。それなのに、凛とした美しさは損なわれない。普通なら、好きでもない男に監禁され続ければ、狂ってしまうだろう。いつ犯されるかわからない恐怖に怯える日々。だが、彼女の瞳は、前と変わらず意思の強い眼差しをしており、正気を保っているのがわかる。

 ベッドに横たわり、じっと天井を睨んだままの市を見下げて、エイサフはため息を吐いた。市は、この城で出される食事を、頑なに拒み続けていた。無理矢理口をこじ開けようとしても、難しい。口の中にどうにかスプーンを入れても、すぐに吐き出してしまうのだ。

 「姫よ、いい加減に食事をとれ。でないと、本当に骨と皮になってしまうぞ」

 「それも……いいかもしれぬ。骨と皮の姫など……そなたは、愛せぬだろう……?」

 青い顔でフッと鼻で笑う市に、エイサフは眉を寄せる。もしや、市はわざと痩せ細り、抱かれぬようにしているのでは……?

 「ラビア!ラビアはおらぬか!」

 「はい!エイサフ王子……!お呼びでございましょうか……?」

 慌ただしくやって来たラビアは、市の食事を運んでいた最中であった。痩せ細ってしまった市に合わせて、どろりとしたパン粥と、とろとろに煮込んだスープ。果物の果汁を絞ったものを用意させていた。その食事内容は、まるで老人用の介護食である。エイサフは、再びため息を吐いた。

 ーーいくら、姫を不死身にしても……これでは意味がないではないか。

 不死身の体ゆえ、栄養失調により死ぬ事は無いが、痩せ細りはするのだ。弱っているからと、先送りにしてきたが、市はどんどん衰弱していくばかり。

 ーーもう、待てぬ。姫が欲しくて欲しくてたまらぬ……!

 「ラビアよ。明日、姫を抱く」

 「……は……?」

 ラビアは目を見開いた。市の体に、無理をさせてはならない。それは誰が見ても明らかだというのに。枝のような頼りない手足。細い体。そんな彼女を抱けば、どんなことになるか……考えるだけでラビアの顔色が悪くなった。大きな体のエイサフが、市の体を組み敷けば、骨が折れてしまうだろう。だが、不死身の体のため、再生はする。市にとって、好きでもない男に抱かれながら、あちこちの骨が軋み、折れ、再生し、男の欲をぶつけられるだなんてーー。

 「それは、あまりに酷なのでは……?」

 ラビアは初めて、エイサフに異論した。

 「イチ様は、弱っておいでです。無茶をさせるのは、如何なものかと……」

 「そなた、私に意見するか」

 エイサフの青い瞳が、尖った氷のように、冷たくラビアを突き刺す。ラビアが口を噤むと、エイサフは彼女の頬を、ピタピタと剣の柄の部分でなぞった。

 「私に、逆らうでないぞ。いくら、そなたといえど、許しはせぬ。私は明日……姫を抱くと決めたのだ!もう、待てぬ!」

 何と、恐ろしい事を。そう言いたいのに、言葉が出てこない。自分は、エイサフの中で特別なのだと思っていたのに、所詮は一介の駒にすぎなかったのだろうか。ラビアが何か答える前に、市が動いた。長い黒髪が、ラビアの視界いっぱいに広がり、やがて真っ赤な色で覆われた。鉄臭い匂いが鼻をつく。まさかーー。

 「こやつ……!」

 エイサフの、苛立つ声が響く。市は、彼の剣を奪い、自身の心臓を突き刺したのだ。ラビアが悲鳴を上げた。何度、主である市の真っ赤な血を目にしただろう。何度、市の苦しむ姿を目にしただろう。ラビアの菫色の瞳が、じわりと歪む。

 「イチ様ぁ……!」

 市は、苦痛に歪む表情を隠さず、胸を貫く剣を、何度も何度も自身の体に刺した。血は飛ぶし、痛みもある。それなのに、蒸気を発して塞がる傷。もう、気が狂ってしまいそうだった。

 「嫌だ……死にたい、死にたい、死にたい……っ!死なせて……!!」

 エイサフに、犯されるぐらいなら、死んでしまいたい。引きちぎられそうな心を繋ぎ止めるのも、もう無理だ……。市の凛とした眼差しに、影が落ちる。

 「姫よ……死ねぬ体ということを、忘れたか。無駄な悪足掻きはよせ……大人しく私に、身を任せればよい」

 エイサフの言葉など、もはや市には届かない。耳を塞いで縮こまり、泣き出してしまった彼女の小さな背中。ラビアは、いよいよ、後悔した。市を泣かせたかったわけじゃない。悲しませたかったわけじゃない。ただ……願ってしまった。敬愛なる主君と、主である姫君が、愛し合う未来を……夢見てしまったのだ。そんな身勝手な夢を、市に押し付けてしまった……。

 ラビアの頬を、ポタリ、ポタリと、涙の粒が零れ落ちた。

 バタバタと早足で走る音が、慌ただしく聞こえてくる。目を擦るラビアの横で、エイサフが扉を開けた兵士を睨み付けた。

 「何だ、騒々しい」

 「エイサフ王子!レイムホップ殿が、怪しげな書簡を、窓から川に投げ捨てようとしておりました……!」

 「なに……!」

 「きっと、助けを求めようとしたのだと思いまする……!如何致しましょう?」

 レイムホップや異界からの姫君である市と久実を、攫ったことが他国にバレれば面倒な事になる。エイサフは、大きく舌を打った。

 「レイムホップを、拷問部屋へ引っ立てぃ!」

 市の部屋を大股で出て行くと、エイサフは鞭を手に取った。その鞭を手の平で数回、軽く叩いてみる。よくしなるいい鞭だ。彼はあまりに冷酷な笑みを浮かべて、地下にある薄暗い部屋へと足を運んだ。そこには、すでに連れて来られたのであろうレイムホップが、紐で縛り付けられていた。

 「レイムホップよ……そなた、もう少し頭がいいと思っていたのだがな……」

 兵士によって、殴りつけられた体が痛み、レイムホップは唸り声を上げる。エイサフは、鞭を振り上げて笑った。

 「私に逆らえば、その体に思い知らせてやる。泣いて許しを乞うまでな……!そなたの済ました顔がいつまでもつか見ものぞ!」

 地下室に、老人の叫び声が木霊した。エイサフの、皮で造られたサンダルが赤く染まるまで、ソレは続いたという……。

 彼はもう、自分でも何をしているのか、わからなくなっていた。まるで、鬼の所業。鬼のように冷酷な顔。悪魔の笑み。ドロドロと湧き上がる、醜い欲望。頭のどこかではわかっていても、もう止められないのだ。汚い自分を抑えきれないのだ。ただ、一人の女性に愛されたかった。それだけだったのに……。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...