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第三章 奪還
第四十三話
しおりを挟む青い髪に、青い瞳。白い肌。人形のような美しい顔をした少年は、同じ青の色彩を持つ男に、折檻を受けていた。血が出るほど、酷い折檻は、少年の体だけでなく、心にも傷を付ける。泣いても、止めてくれない。男は、容赦なく鞭を奮った。男は、少年の顔が気に入らなかった。愛した女性は、別の男と結ばれてしまい、仕方なく迎えた王妃の顔に、よく似ている少年の顔など……見ているだけで、腹が立つ。この少年が、自分の息子なのだと思うだけで、愛する女性ではない女と結ばれてしまったのだと、思い知らされる。男の敗北の結晶……それが、少年であった。
母である女は、折檻を受ける少年を見ても、知らぬふり。抱きしめて欲しいと甘えても、知らぬふり。話しかけても、答えてくれない。笑いかけても、貰えない。少年に、関心がないのだ。父にも、母にも愛してもらえない。少年は、愛に飢えていた。暖かなぬくもりに、飢えていた。満たされぬ心は凍り付き、愛を知らない肌は冷たく、その瞳までも、氷のように冷え切っていく。
誰か、愛して欲しい。この、渇きを。冷たい体を。心を。誰かに、癒して貰えるのなら……。
少年は、真っ暗な闇の中で、蹲っていた。その左胸には、ぽっかりとハートの形に空洞が空いている。愛を知らない少年には、ぬくもりのある心臓がなかった。そこは、何よりも暗く、寂しく、風が吹き荒れている。冷たい空洞に愛が与えられるなら、彼のそこは暖かいハートの形に、淡く染まるだろう。
「私を愛して欲しいのに、どうしてわかってくれないのだ……姫」
少年の青い瞳から、ほろりと涙が零れ落ちた。深い海のような青い瞳。同色の髪は、三つ編みに編み込み、背中へと流している。高貴な者のみが、着る事を許される薄い衣。人形のように整った顔は、幼さがあり、愛らしい。その少年はーー。
ーー私……だ。
エイサフは目を開けて、勢い良く上体を起こした。息を弾ませて周りを見渡せば、そこが自室なのだとわかる。どうやらいつの間にか、眠ってしまっていたらしい。右手に、使ったばかりの鞭を握り締めたままだったようで、鉄臭い匂いが鼻をついた。
「……嫌な夢を見たな」
鞭を転がして、エイサフは小さく息を吐いた。癖のない真っ直ぐな前髪を、ぐしゃりと掻き上げる。
まだ、親の愛を欲していた……幼い頃の自分。ただ愛されたくて、母に縋り、父に甘えようとした。だが、どちらの愛も得られず、エイサフは一人ぼっちであった。ラビアが傍にいたが、所詮は侍女。乳母とて、自分を対等に愛してくれる訳では無い。昔の寂しい記憶に引き摺られるように、エイサフの左胸が冷たく凍えた。
「くそ……!」
ぬくもりが欲しいのだ。自分を愛してくれる、唯一の真っ直ぐな想いが、欲しくて堪らないのだ。初めて、可愛いと思えた女……市に、愛して欲しかった。
エイサフは、勢い良く部屋を出た。途中で何人かの兵士や侍従に挨拶をされたが、返す余裕などない。自分を癒してくれるぬくもりを渇望する彼は、幽鬼のようにふらつきながら、ある扉に手を伸ばした。
「姫……!」
バタンと乱暴に開かれた扉。市が驚きに、肩を揺らした。
「わ、若君……?」
弱り切った市の虚ろな眼差しが、エイサフの姿を映す。いつも、小綺麗に整えていた青い髪を乱れさせ、エイサフは市と目を合わせて微笑んだ。まるで、愛しい者を見付けたかのような、安心した表情。エイサフの手が、ゆっくりと市の頬に触れる。
「明日まで……待とうと思っていたが……もう待てぬ」
「……え?」
大きな手が、市の服の襟元を掴んだ。痩せて骨が浮かびつつあるが、美しい真珠のような肌。所々淡い桜色に染った彼女の肌は、いつでもエイサフを誘惑する。
「そなたを、抱く」
ふいに近く感じた男の匂いに、市の鼻がひくついた。両腕を、大きな手に押さえ付けられ、足の間に、エイサフの膝が割って入る。みるみる目を見開いて、市は声にならない悲鳴を漏らした。透けそうなほど薄い衣は、彼の手によって簡単に破けてしまう。あらわになる胸元。白い太もも。ガタガタと震える彼女の目尻に、残酷なほど冷たい唇が降ってくる。
「愛している。姫……今宵、私のモノとなれ……」
「ぃ、ぃや……!」
肌に吸い付く、唇の感触が生々しく、市は目を瞑った。今まで、誰にも触れられた事の無い場所を、犯されていく恐怖。弱った体は言う事を聞かず、逃げることが出来ない。それでも、市は手足に力を入れて、抵抗した。エイサフから逃れようと、もがいた。
「こやつ……!抵抗するでない!」
エイサフが彼女の手首を握り締め、ボキリと鈍い音が鳴った。
「きゃぁぁぁ……っ!」
あらぬ方向へと曲がった、細い手首。たちまち赤く腫れ上がり、凄まじい痛みが市を襲う。骨が折れてしまったのだと気付き、生理的な涙が頬を流れた。蒸気を発しながら、ジワジワと治っていく手首。だが、痛みの波は、なかなか引いてくれない。
「……ぅ……うぅ……」
痛みにより、のたうち回りそうな彼女の体を、エイサフは乱暴に押さえ付けた。
「暴れるでない。大人しく私に身を委ねよ……じきに、良くなる」
あまりに勝手なエイサフの言葉。市を想いやる気持ちなど、欠片も感じない。こんな男に、好きにされるぐらいなら、死にたい。死んでやりたい!市は、ギュッと拳を握りしめ、唇を噛んだ。
ーー晧月様……!
心の中で、愛しいと気付いた男性の名を叫ぶ。あの世からでもいいから、助けてと願ってしまった。
ーーどうか……この憎い男、エイサフを殺して下さいませ……晧月様……!
そして、そのまま自分を、黄泉の国へと連れ立ってくれれば良いのに。
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