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第二章 始動
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しおりを挟むどん!と前に出たのは、イエティムだった。
肉厚な体をぶるんと揺らし、彼女は鼻の穴を大きく膨らませた。
「お言葉ですが、エヴァ様。私達が美しいからって、嫉妬をするのは止めてください!」
「は……」
一瞬、時が止まった。凍り付いた空気に気づかず、イエティムはソーセージのような唇をへの字に曲げて喋り出す。
「先程から聞いていれば、私やエカチェリーナ様に酷い嫌味ばかり。いくら、私達のことが羨ましいからって……」
「あなた……何を言っているの?」
エヴァは、心底理解出来ないといった顔で、訝しげにイエティムを見た。この醜女は、何といった?このわたくしが、嫉妬している?この女とエカチェリーナに……?なんて無礼なの……!!
「鏡を見てから、ものを言いなさい。お前のような醜女が、わたくしに意見すること自体が不愉快よ」
エヴァは、赤茶色の丸い瞳に嫌悪を浮かべた。
「みっともない体に、直しようもない不細工な顔!妙に色気づいてお化粧なんてしているけれど、全く似合っていないわ!」
「やめてー!!」
エカチェリーナが言い返そうと唇を開いた時、イエティムが大きな声で、何故かアンナを庇うように両手を広げた。
再び、時が止まる。だが、イエティムは止まらない。
「アンナさんは、可愛い人よ!確かに地味な方だけれど、そんな風に言わないであげてぇ!」
「な」
イエティムに庇われたアンナが、ギョッとした顔で目玉をひん剥いた。イエティムのとんちんかんな行動に、アンナの顔が真っ赤に染まる。
「エヴァ様は、アンタに言ったのよ!?」
「大丈夫よ。アンナさんは不細工なんかじゃないわ」
「だから、アンタの事だってば!」
ぎゃあぎゃあ言い合う侍女を尻目に、エヴァがエカチェリーナに詰め寄った。
「エカチェリーナ様!何なの、あの女は?頭がおかしいわ!」
顔を青くするエヴァに、真っ赤になって怒るアンナ。エカチェリーナは、思わず笑いそうになった。
「そうでしょうか?彼女って、とっても最高よ」
「はぁ?」
エカチェリーナは、ついには堪えきれずにクスクスと笑う。
エヴァとアンナの、あんな顔を初めて見た。彼女達のペースを乱したイエティムには、拍手喝采を送りたいぐらい気分が良い。侍女としては、無礼であったし、発言もズレていたのだが、エカチェリーナにとっては胸がすく思いだった。
「あの女を見ていると、頭がおかしくなりそう……。失礼させて頂くわ。アンナ!行くわよ」
エヴァは痛む頭を抑えて、アンナに声をかけた。
イエティムと言い合っていたアンナも、どこか疲れた顔で、エヴァを追いかけていく。そんな二人の後ろ姿を見送って、エカチェリーナはフンと鼻を鳴らした。
ーー勝ったわ!
別に勝負をしていた訳でもないのだが、エヴァに背中を見せたくないと思っていた彼女である。存分にエヴァ達の小さくなっていく姿を眺めて、口角を上げた。そこにイエティムが声をかける。
「エカチェリーナ様」
「なぁに?」
「その、先程は申し訳ありません。出過ぎた真似を……」
「あら、あなたのおかげで、わたくしとっても、気分が良いわ。普段から無礼なあの人達に、こちらも遠慮する必要なんてないのよ」
エカチェリーナは、にっこりと微笑む。花のようなその笑みに、イエティムは見惚れた。
「……エカチェリーナ様は、とてもお美しくて愛らしいお方……。私……そんなあなた様に、お仕えする事ができて光栄です」
イエティムは、四角いながらも肉の乗った丸い頬を、ぽっと赤く染めた。そして、思った。美しいこの主人のお傍にこそ、美しい自分が相応しいのだと。地味なアンナよりも、自分こそが、この方に相応しい。だから、選ばれたのだ。きっとそう。エカチェリーナも、イエティムを美しいと思ったから、傍に置く事を許した。
イヴァンが植え付けた種は、彼女の中でムクムクと膨らみ、自意識過剰という名の芽を出した。イエティムは、完全に自分の外見を、美しいと信じ込んでしまっていた。
エカチェリーナは、ちらりとイエティムの横顔を見つめる。彼女は、愚かな侍女の思い込みに気付いていた。でも、訂正するつもりは無い。エカチェリーナの淡く色付いた唇が、弧を描く。
ーーだって、今の方が面白いんだもの。
イエティムのびっくり発言に、ギョッとするエヴァ達の顔ときたら……。彼女達でああなら、ヴァルヴァラはどんな反応をするだろう。激怒して死刑にすると言い出しそうだが、まぁ、そうなればイヴァンに泣き付いて、どうにかして貰えばいい。
それに……。
前と比べて、自信に満ち溢れた楽しそうな顔。イエティムにとっても、今の方がずっと幸せでしょう?
「イエティム。今から帝都へ行くわよ。あの人達に、馬鹿にされたままでいられないわ。ドレスを新調しなくちゃ……お前にも、何か買ってあげる」
帝都!イエティムは、目を輝かせた。皇城の下に広がる大きな都。ベルジェ帝国でも、一番の店が並び、最先端のファッションを楽しみたいならここだと言われるほど。お洒落なカフェや、雑貨屋で賑わうそこへ、何度足を運ぼうと思ったか。結局、勇気が出ずに、一度も行けた試しはないのだが……そんな所へ、エカチェリーナと行くことが出来るだなんて!それも、何か買ってくれると言うでは無いか!
イエティムは、ワクワクとした気持ちを隠しきれず、満面の笑みを浮かべた。それにエカチェリーナも笑顔で答える。
「可愛らしいのね」
そう微笑めば、イエティムははにかんだように唇を緩めた。
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