烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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三章 異界の空中庭園

Ⅲ 空中庭園

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 畑での異変、異空間、巨漢の化け物。立て続けに驚くべき展開が起きた。しかし次の変化はさすがにビンセントも反応に困る。
「……へ、えぇ?」
 言葉にならない戸惑い。
 化け物の気配と魔力が消えて間もなく、三人がいる空間も景色が変わった。それは、”空に浮かぶ庭園”といって差し支えないものであった。
 庭園。その言葉にふさわしい区間をくり貫いて浮遊させ、庭園同士に石やレンガなどで拵えた、道や橋を繋げている。そんな場所であった。青空が頭上だけではなく、左右や庭園の下にもある。
 清々しく心地良い、長閑な印象を受ける場所。

「……あ~……ふうぅぅ……」
 エベックはため息をつき、焦りの色が消えた。
「素敵な場所じゃない。お茶でも飲んで休憩したいわ」
「現実逃避して何になる?」
 呆れ顔のルバートに指摘された。
「お前さんも、いつまで驚いている」
 エベックとは別に、ビンセントは妙に興味が湧いてしまった。
「すごいぞルバート! 風が気持ちいい、空に浮いてる、そして綺麗。探検したいだろ!」
 普段は真面目一辺倒のビンセントが見せる意外な一面にルバートは驚いた。
 遺跡や現実離れした壮大な風景など、そういったものにビンセントは好奇心をかき立てられる。誰一人として知られていないが、”魔女の塔の中には誰も見たことのない風景が広がっている”という噂を幼少期のビンセントは信じ、その想いが高じて英雄を目指していた。

 エベックは二人の方を向いた。

「それでどうする? どう見てもあたし達、この空間で迷ってるし、出るのは困難みたいよ」
「なら、現状理解のためにもこの庭園を探索するのはどうだろうか」
 我欲を貫き通す意見をビンセントは真顔で堂々と提案した。
「お前さんが出口だけを探すなら名案だがな」
 見事に下心を見抜かれ、次の言葉が出ない。それでも堂々とした姿勢は崩さない。
 ルバートは風景を眺めて続けた。
「ここにいてもらちはあかん。かといって、奴をやり過ごせると考えるのも無理だろうな」
「ねぇ、ここで奴を迎え撃つってのはどうかしら?」
「大丈夫なのか? 足場が崩れたり、遠くへ飛ばされるなどして庭園外に出たら落ちるんじゃ」
「かもしれんな。地表が見えんから、どこへ落ちるか分からんが危険であることに変わりない。が、ここで罠を張るというなら、この窮地を打破できる」
「罠を張って待ち構えるなら、二人も強力な術師がいるんだぞ、大丈夫だろ。何か不安でもあるのか?」
「強いて言うなら”奴”が任意の場所へ現われるかどうかだな」
「そうよねぇ。”待ち構えてるあたし達の誰かの場所に突然現われた”なんてなったら、下手すれば一人は即死亡。三人が集まってる所を襲われたら一巻の終わりよね」

 策を練るのも行動するのも危機が生じる。
 敵の力量を測った時点、この空間にいる間はそれが頭に残ってしまう。何をしようにも敵の存在が邪魔をしてしまう。

「罠を張ろう」
 ビンセントが断言し、二人は理由を求めた。
「なにも出来ないからと言って手をこまねいても仕方ないだろ。あちこちに罠張って、一番広い庭園に三人で待つ。突然現われても広けりゃ逃げるとかの対策は練りやすいだろ」
 単純な策だが、効率的でもある。
「ビン様……また魔力消費のすごい策を提案してくれるわね」
「全くだ。だが運の良い探偵殿の妙案に乗るのが、この状況は打破出来ると信じようではないか」
 密かに、僅かばかりだろうが庭園を探索できる想いが強すぎて、二人の言葉は今のビンセントに響かなかった。


 罠を張る前にエベックが革袋を取り出した。袋いっぱいに入っている小石を確認したルバートが即席で策をいくつか浮かべ、その中で現状において最善策と思われる案を提示した。
 三人は中心となる一番広い庭園を見つけるとそこに隣接する庭園へ小石をばら撒きに向かった。これには魔術が使えないビンセントでも出来る作業である。理由は、小石に魔力を込めているため、術師としての力量や知識は必要としなかった。
白輝石はっきせき
 ガラスのように艶のある純白の石には魔力を蓄える力がある。この世界のあちこちに存在し、この石の影響で気流が発生しているなどの説が存在する。

「さて、下準備は整ったな」
「ルバート、これから何が起こるんだ?」
 作戦はエベックとルバートで専門用語を使用して進められたため、ビンセントには詳細が分かっていない。
「端的に言うなら”奴の動きを止める罠”だ」
 それが白輝石をばらまいた庭園だと察しは付く。
「けど止めたところでトドメにはならんだろ。その後の手順は?」
「ビン様、なにも倒さなければならないってわけじゃないのよ」
「え?」
「最優先事項はこの空間からの脱出。運良く奴を倒せるならそれに越したことは無いけど、動きを止めれれば色々調べられるし、外へ出るきっかけが見つかるかもしれない」
「ゾアの件もあり、奴がぬかしていた“素材”というものにあの化け物が関係している可能性があるなら尚さら厄介だ。この作戦の第一段階は奴の動きを止める。それが出来れば追い打ちで束縛術が確実なものとなるからな」

 束縛作戦にはもう一つの需要がある。それは魔力消費を極力抑えれる点であった。
 もし化け物が複数いる場合、それらと対峙する力の温存が出来る。また、想像以上に化け物の力が強い場合、初手でしばらく動きを止め、追い打ちの術で力をそそぎ、確実に術を使用出来る。
 術を用いた作戦において、魔力消費を抑える事はどの術師も最優先に考えることであった。

「けど、俺らが拠点とする庭園に現われた場合はどうするんだ?」
 エベックが白輝石の容れていた革袋とは別の、一回り小さな革袋の口を広げて八つの宝石を見せた。
「あたしがこれを使って奴が干渉出来ない結界を張るわ」
「なんだこれ?」
「あら、”宝剣グラセス”を知らないの?」

【宝剣グラセス】
 あらゆる結界の力を増幅させる剣である。遙か昔、ゾアの災禍跡地で発見され、一つの街を護ったとされている。

「これは宝剣グラセスから落ちた宝石よ」
 どう聞いても、持ち歩いていい代物ではないとビンセントですら気づき、焦る。
「国宝級の代物だろ!? どっから持ってきたんだ!」
「ん? リブリオスよ」
 国名を聞き、さらにビンセントは叫んで驚いた。

【リブリオス】
 地図上に表記されているのは一つの国だが、険しい岩山と巨大な壁に隔たれた国。壁内の一部地域は公開されているが、さらにもう一枚、内部に設けられている壁内の情報は長年公になっていない謎の多い国。
 噂では文明が進みすぎ、特に呪術が他国のあらゆる術より高度とされている。さらには紋章術を用いた特殊道具を備え、取り締まりが厳しく、軍事力が異常に高いとも。

 謎多き危険な匂いがするリブリオス。エベックから教えて貰った噂程度の情報の中に、怪しい匂いがする内容も含まれている。
 そんな国の、国宝に匹敵する物を所持している理由がどうしても知りたくなった。
「んもう、ビン様だから特別よ。他には絶対秘密にしててね」
 気安い調子で言っているが、軽い話ではないだろうと、ビンセントは腹を括って構えた。
「あたしがこんな女装に走った理由、ビン様知ってるわよね」

 理由は魔女討伐の旅で聞かされている。
 エベックの出身地である集落の多くの者は、国王に仕える一族が集結している。各家系において王への役割を担い、エベックの一族は身代わりを請け負っていた。
 七人兄弟全てが男系の一家において、エベックを含めた三人が女役を担った結果、女装癖に目覚めたとされている。尚、この癖に目覚めたのはエベックだけである。
「魔女討伐前に大っきな仕事を達成させててね、その褒美がこれ。宝剣グラセスより強力な宝剣とか国宝とか、リブリオスにはあるらしいからって、女装癖を理解してくれてる国王が気を遣って宝石をくれたのよ」
「よほど自国の軍事力に自信があるのだな。使いようによってはその宝石も驚異となるだろ?」
「さすがにお見通しねルバート。けどグラセスの宝石は全部で三十二もあるのよ。その八つで出来る事なんて、リブリオスの脅威にはならないし、国王もあたしを信じて渡してくれたのよ。適所で使わせてもらうわ」
 袋の口を閉じると、ビンセントの様子が気になった。
「あら、頭痛?」
「いや……俺、すごい連中と旅してたんだなぁって思って」
「何言ってんのよ。結構みんな普通だったじゃない。ランディなんて田舎者同士だったし」

 その程度で心の安定を保てない。何か反論しようとしたが、言葉がまとまらずに諦めた。
 雑談を終えた三人は、化け物を罠にはめる作戦決行に移った。
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