奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

5 ある計画の始点

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 それはある日の夕方の事。

 男はある町で目を覚ました。
 肩まである癖毛混じりの長髪。人相は穏やかで、目元口元の細かな皺を見る限りでは三十代後半か四十代。
 半袖だが胴の裾が膝まであるシャツに長ズボン姿。衣服の印象は地味で薄汚れている。
 男は立ち上がると両手を真上に上げて背伸びをし、そして深呼吸した。

「……時期は……ああ、さほど変化はないか」何かを悟った。

 男が周囲を見回すと、石積み家屋がそこかしこに点在し、家屋の所々、特に天井部分や上部の壁面の崩れや塗装剥がれが目立つ。
 道行く人たちも服装は単色で簡易な服装の者達が多い。

『退廃地区』初見でそのように印象付けされるような場所である。

 男が目覚めた所は、あちこち崩壊し、元は部屋であったと思われる場所。既に天井は無く、壁であった所も男の腰辺りまでしかその用途を築いていない。そして、二階である。

 男はその建物を出る事にした。

 廃れきった町を見回りながら歩いていた男の耳に、何かを壊して叫ぶ騒音が届いた。
 音の方へと歩み、拓けた場所へ出ると、屋台販売をしている区画に出た。
 そこでは荒くれた男女数名が棒や剣を振り回し、屋台を壊し、各店の僅かばかりの売上金と食料を掻っ攫っていた。
 退廃地区では地元民が協力しあい、町を活性化させようと働く者達がいる。しかし反して、その行い自体を自分達の狩場として、こういった野蛮な若者が後を絶たない。

 男は眼前の光景に胸が高鳴った。それは憤怒でも憎悪でも嫌悪でもない。
 誰にも理解されないであろう、彼特有の高揚感であった。

 男の気を引いたのは、献身的に励んだものの悪意ある暴力によって破壊される被害者達の嘆き悲しむ光景でも、弱者達が恐怖して苦しむ様でもない。
 『悪事を働いている者達・・・・・・・・・・』に注がれていた。
 その感情は、懺悔させ悔い改めさせようとする正義感ではない。

 目を見開き、僅かばかり口元に喜ばしい感情を滲ませた男は、騒動の渦中へと足を運んだ。

 男の姿を、悪事を働く女性が捉えた。服装は近辺の住民と変わりない。
 男は背筋を伸ばして胸を張り、堂々と歩み寄った。その姿が女性の癪に触った。
 女性は武器を持たず、体術を得意とした。そのため暴力行為を働くときは手袋を装着する。
 女性は万全の備えで男と距離をとって立ちはだかった。

「おい、てめぇ。なにそんな嬉しそうなんだ? あぁ?」
「当然だろ。年齢に見合わず知力の発達が乏しく、暴力のみで全てを解決出来ると思えている野蛮人達がいるのだよ」

 自分達を指す侮辱。それだけで女性の怒りは頂点に達した。

「――殺すっ!!」
 女性は渾身の一撃で男に殴り掛かった。
 男はその一撃を躱すと、女性はさらに怒り、近接戦闘における構えで男に殴り掛かった。
「怒るという事は言葉の意味を理解しているという事かな? その程度の知力は備わっていると見ていいか。少々減滅だね」
 一発一発を後方に退きつつ、時々女性の腕を押して流れを変えて避け、男は女性の怒りを買う言葉を発した。
「ふざけん――っ!?」

 突如、男は女性の腕を掴み、素早く背後に回り、自分の両膝を曲げて相手の膝裏を突いて跪かせた。
 あまりの速さに面食らった女性は、突然、どうにも抗えない威圧を感じ取り、言葉を発する事も反撃に出る事も出来なくなってしまった。
 二人のやり取りに気づいた女性の仲間が、二人を囲むように寄って来た。

「……いつ、むう、なな」
 男は集まった者達の数を数え、暴力集団は女性を含め合計九名であることが判明した。
「てめぇ! 姐さんを放しやがれ!!」
「おや、この女もどきが君らの頭かね?」
 仲間の男性達が咆哮し、武器を構えて寄ろうとしたが、男が睨むだけで彼らは怯み、ある一定の間隔から近寄れなくなってしまった。
 一方で、その威圧を間近に受けた女性は、呼吸が乱れ、全身の鼓動が早まるのを感じ取った。
「人が知性を身に着けたのは、原始の時代、強大な捕食者から逃れるためであった。しかし彼らが自然の摂理により滅亡した後、過酷な自然環境から生き延びるために知恵を働かせることとなったんだ。そして、人として個体を確立させた今、その知恵と知識は、発育させながら新な変化・変動を起こさせる機能を備え活用していかなければならない。それが人が人である本質なのだよ」

 暴力集団にその意味がまるで伝わらず、男の威圧によりそれどころでは無かった。

「君らのように暴力に特質した種を私はさげすまない。これも一つの進化の形だからね。しかし君らは一体どういった欠陥品なのかな? 暴力にものを言わせ、賢明に微弱ながらも変化を起こそうとしている者達に害をなして変革の流れを断つ。なにより不快なのはその妨害行動の果て、何一つとして新たな流れを起こそうとしない。不愉快極まりない存在だ」
「な、なに言ってやがる! そんな事より姐さんを放しやがれ!!」

 助けに行きたいのは山々だが、身体がどうにも動かすことが出来ず、先ほどまでの威勢はとうに絶えた。

「ほう、"これ"がそれほどまでに欲しいか」
 男は左手で女性の首を掴んだ。
 ただでさえ息苦しい状況で、更に男が首を掴んだことで、女性の意識は朦朧となりつつある。
「狂戦士という類が、神話や歴史のある一人物を指す言葉に使用される。彼らはその勇猛で強大な力を振りかざし大義を成し得た。その羅刹の如き振る舞いによりつけられた称号なのかもしれん。が、この女擬きのように、ただ単に暴力を振りかざし、勇猛と蛮勇の意味をはき違えた愚か者も、一部では『狂戦士の如』と、揶揄する者がいるそうだ。君らはこの者の行いを勇ましいと思うかね」
「当然だイカレ野郎!! 姐さんは勇敢に俺らを引っ張ってこの町で生きていく術を教えてくれたんだぞ!!」

 他にも、恐れながらも反論する様を見て、男はため息を吐いた。

「それで成しえる行動が弱者に害を成すだけというのだから、君らは救いようがないのだよ」
 男は首を掴んだまま、女性を前に持ち上げた。
「威圧は解いてやろう。コレを救いたいのなら、来るがいい」

 確かに先ほどまでの威圧感は無く、暴力集団の彼らは前に進める。しかし、先ほどまでの得体の知れない事態が脳裏にべったりと張り付き、別の恐ろしさが身体を中々動かせなかった。

「やれやれ、知性の発育を放棄し、暴力と主従の礼儀だけを身につけたなら、もう少々動いてほしいものだ。……なら、これならどうだ?」

 突然、女性は目を見開いて白目を向き、顔を小刻みに震えさせ、舌を出し、涎を垂らした。

「ぴぎゃぁぁぁ――!! お、うぇぇぇぇええええ――。いぃぃぃ、がああああ――!!」

 奇声を発し、狂った様子が露わとなった。
 その光景に、暴力集団の焦りを増長させるかのように男は、「早くしないとこれが死ぬぞ」と、分かりやすく煽った。
 その異様な光景から集団は、攻めようと意気込んで見たものの、数人が恐怖し、武器を投げ捨てて一目散に叫んで逃げた。
 それが引き金となったのか、次々に暴力集団は逃げ去ってしまった。
 あまりの事態に拍子抜けした男は深く溜息を吐いた。

「つまらん。君らはまさしく『屑』そのものだ」
 相変わらず女性は狂って奇声を発し続けていた。
「まあいい。連中に種は植え付けた。知力に期待は無いが、『人間』にしか成し得ん素養は、私の気持ちに反して十分に備わっているからな。そちらは活かさせてもらおうか」

 男が周囲を見回すと、ある廃屋の一角に、建造の骨組みとして役を終えた木材が、丁度尖って流出しているのを発見した。
 男はそこ目掛けて女性を放り投げた。
 何一つ抵抗を見せない女性は、寸分の狂いなく木材の先端に胴を貫かれた。

「ここを始点とし、準備しようか」

 男は颯爽とその場を去った。

 町の住民は、暴力集団の荒らした後、狼狽え戸惑いつつも屋台の修理と回収に励んだが、不思議と誰一人として串刺にされた女性を気にする者はいなかった。
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