奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

4 奇文修復観察

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 案内された部屋は、外の殺風景な石の外観からは想像できない程、豪華な屋敷の応接室のような内装をしていた。

 艶のある木製のテーブル、椅子、細部まで細かな模様を描いている絨毯。
 壁沿いに台や棚は少なく、壺や花などを乗せるための面積の狭い円筒形や小さな円卓などが置いてある。
 壁には見るからに高価と思われる額縁に入った一風変わった絵が入っていた。その絵は両端に、見たことのない単語を用いた文章が書かれている。
 絵は雲のような外壁に囲まれた、平原に佇む四角い石積みの柱。
 頂点には柱より一回り大きい四角いモノが乗り、見える二面に針時計が描かれている。
 時計塔のような絵ではあるが、時計の文字部分と長針短針は、それぞれ形の違うモノが描かれている。

「すごい……」
 モルドは何が凄いかを語れなかった。絵も、絨毯の刺繍も、外観と内装の差など、色々言いたいことはある。けど、なにも言葉が浮かばなかった。
「何も語れないだろ」
 デビッドに言われ、頷いて答えた。
「その絵の前だとそういう事がよく起こる。実際、君が絵の感想を述べようとしても何も言えないだろう」
 試してみると、確かに感想が言えない。
 ”凄い”や”綺麗”とか、そんな単純な感想も発しにくく、デビッドに向かって必死に頷いて事態を示した。
「その絵は修復師の称号とばかりに国から貰ったものだが、何かしらの力が宿った絵画だとか」
「何か起こるのですか?」
「んあぁ。何もしなけりゃただの絵画だ。これの所持者は俺だが、それ以外の者が盗もうものなら災いが、粗末に扱えば不幸が訪れるという。確たる証拠はないが、もらい受ける時、過去の所持者達の顛末を聞かされたよ」

 デビッドは椅子が設けられていない長脚テーブルまで向かうと、窓際の棚に置かれた集めの小説と思しき本を持ち、開いてテーブルへ置いた。
 小説のページは挿絵の部分であるが、その上からまるで悪戯書きのように文章が縦書きで記されていた。

「あ……れ?」
 モルドはその文字を素直に悪戯だと思っていた。しかし文字の一つ一つが読めはしないが、形が文字としての形を成している様に思える。そして文字列も整列されている。
 初見で抱いたことは、異国の者が文章を縦書きで書いたのだと。
 本に縦書きで記入する民族は限られている為、この小説があった所の界隈にその民族の人を探せばいいのでは? そんな素人考えを巡らせていた。
「ほう。早速推理まで巡らせるとは、ケビンの教えの賜物かな?」
 デビッドは煙管を本の置いてある棚へ置いた。
「あ、いえ。そんな事は……」

 デビッドがそのままモルドの推理を求めた。
 モルドは躊躇いながら、言葉を纏めて答えた。

「パッと見、挿絵に文字が書かれてるから悪戯だと思いました。けど、文字の形が出鱈目とは思えないし、縦書きの文章がきちんと整ってる。文字の形が異国だと分かるし、本に縦書きはだいぶ遠くの異国民のものだと」
 中々の真っ当な推理に、デビッドは拍手した。
「上出来だ。奇文を見てそこまでの発想を膨らませる。素質か、日頃からあらゆる展開や状況を頭の中で巡らせている証拠だ」
「え、じゃあ」
「残念だがこれは異国民の悪戯ではない。これが【奇文】であり、俺が修復する案件の類だ」

 答えが必ず当たらない問題で試された意図がまるで分からないが、何よりデビッドが発した単語の意味が気になった。

「奇文? って何ですか?」
「小説や絵画、楽譜に彫刻に映画など、人間が描いたり創作した作品に記される文章だ。文字は誰にも解読できず、今君が見ている文字と俺が見ている文字はまるで別の形だ」

 その証拠に。と、一枚の紙に万年筆で文字を書き、紙を裏返して置き、奇文の一つを指差し、それを描いてみるように命令した。
 すると、モルドが書いた文字とデビッドが描いた文字とは別ものであった。

「文字列も縦書き横書き渦巻きやただの円形など、それは様々だ」
「でも、これがその奇文ってやつだったとして、どうやってそれが本物だと分かったんですか? 悪戯かもしれないじゃないですか」
「奇文と証明する理由は三つある。
 一つはその文章が記された経緯。これは依頼人が嘘を吐いたかどうかを推理しなければならんから、これだけで決めるのは骨が折れる。
 二つ目はさっき君と俺がしたように、文字の違いを見る。これも、相手が奇文の知識があれば嘘をつかれる可能性があるから信用度は五分五分だ。
 三つ目は」

 デビッドは杖のような物を衣服の内ポケットから取り出した。
 長さにして手首から肘まで、形は童話の魔女が所持する先っぽが渦を巻いたものである。

「こいつは【環具かんぐ】という、奇文修復師専用の道具であり、資格であり、奇文判明道具でもある」
 そう言って杖で挿絵を軽く叩くと、まるで水面を棒で叩くと波打つ様に、奇文が波紋を広げた。
「こうすると、それが奇文か偽物かを判断出来る。これは確実なものだ」
 なら、それだけでいいのでは? モルドはそう思ったが、反論はしないでいた。
「では」と、デビッドが小説と向き合うと、シャイナがモルドの腕を掴み絨毯の外まで引っ張りだした。
 彼女に理由を尋ねると、資格の無い者が奇文修復の邪魔をしてはならないという理由からである。

 何が何だか分からないまま、その場からデビッドのやろうとすることを眺めた。すると、眼前の光景に釘づけとなった。
 デビッドは小説を杖の先端で叩くと、先ほどと同じように奇文が波打ち小説が輝いた。
 光輝く奇文の波紋は小説を越えて空中で光の波紋を広げた。
 波紋がモルド達の前まで来ると、その波が途絶えた。

「波紋はこの絨毯の範囲までとなります」
 シャイナは、モルドが波紋の消える事に疑問を抱いた表情を読み取って答えた。
「え、どうしてここまで?」
「絨毯に緻密な模様が描かれてますよね」
 よく見ると、絨毯の模様はどこかの民族が記す模様のようであり、それだけでも芸術的な模様でもある。
「これが奇文の記されたモノの中へ入るのに必要な、いわゆる土台なのです」
「中へ入るって……――!!」
 訊こうとした途端、デビッドが眩く輝きだし、発光が治まるとデビッドは消えていた。
「――え、何処へ?!」

 当然のように訊いたが、モルドはその光景を幼い頃に見ており、自身が望んでいた仕事の一端と酷似していた。

「奇文の記された作品の中へ入りました。細かい原理はよく分かりませんが、とにかく入って中の面倒事を解決しに向かっております」
「面倒事とは?」
「色々です。何かを探したり、何かを治したりとか。デビッド様が奇文修復に向かっている間、私達はこの絨毯内に入れませんので、解決を待つのみとなります」

 シャイナは、どうぞこちらへ。と、別の部屋へモルドを案内した。


 デビッドが小説内に入って二十分が経過した。
 シャイナに案内された部屋は、客人専用の待合室だが、テーブルにソファ、植物に花、絵画や置物などから、宿の部屋の印象である。
 ソファに腰掛け、シャイナが淹れた紅茶を飲みながら焼き菓子を食べつつ会話に花開かせた。

「ケビン様とデビッド様はどこか似た所が多いですね」
 モルドは自身の生い立ちやケビンの弟子をしていた時の仕事内容を説明し、その流れでケビンの事を話した。
「え、ホークスさんもそんな感じなんですか?」
「ええ、恐らくは似たような――」

 話の途端、風船の破裂音のような音が聞こえた。

「デビッド様が戻られましたね」
 二人が応接室へ向かうと、デビッドは棚に置いた煙管を手に取っていた。
「……終わったのですか?」
 丁度煙草に火が付き、一口吸った後であった。返答は煙を吐きながら、「ああ」である。
「小説事態は作者の自叙伝であり、挿絵は湖の絵。丁度何かを探している場面だった。見つけるだけで解決する程度で助かったよ」

 モルドが小説を覗き見ると、挿絵の文章が見事に消えていた。そして、水彩画の湖の挿絵が残っていた。

「どうして奇文が書かれてたんですか?」
「どうやら作者が一番心残りだったのだろう。奇文とは、人の心情に強く感化する特異現象だからな。奇文修復師とは、そんな奇文を消す為の役職なのだよ」
 デビッドは深くため息を吐くように煙を吐くと、モルドと向き合った。
「さてモルド君、先ほどの本題に戻ろうか」

 訊き返さなくても分かる。デビッドの仕事が、自分が過去に憧れた仕事かどうかである。

「ホークスさんの仕事は、僕の望んだ仕事だと思います。って言っても、光って消える所位しか幼い頃の記憶はありませんが」
 モルドは姿勢を正した。
「ホークスさん、お願いします」頭を深く下げた。「僕を弟子にしてください」

 最後の一服を終えたデビッドは、煙管の灰を灰皿に落とし、そのまま煙管も棚に置いた。そしてまたも溜息を洩らした。

「まあ、俺とケビンの腐れ縁に君を振り回すのは忍びないが……」
 モルドは不安な表情のまま面を上げた。
「ちょいと時間のかかる適性検査みたいなのがあるから、それが分かるまで”仮”弟子期間とし、それが確定したら本格的な弟子として雇おうではないか」
「適性……試験ですか?」

 一抹の不安しかないと、表情から滲んでいる様子に、デビッドは先程の杖を取り出した。

「俺も意地悪で言ってる訳じゃない。手を出してみろ」

 デビッドの杖の持ち方から、軽く叩くか触れると思い、無防備に手を出した。
 杖は落とされて渡されず、モルドの手の平に軽く乗せられた。
 途端、手の平が"ーービリッ!"と痺れ、瞬時に手を下げた。

「ご覧の通り。真っ当な契約をしていないと、この杖にも触れられん。適性ってのは、奇文に触れても無事かどうかを知るために必要な事だ。なるには『熱意があるから』といったような感情で出来るものではない。それでいいな」

 渋っても、文句を言っても仕方ない事は分かった。それでも弟子として傍に居れるのなら、それはそれで多くの事を学べると判断した。

「はい! よろしくお願いします」
 また深々と頭を下げた。
「うん、いい返事だ」

 この日、この時、モルドはデビッドの弟子となった。……まだ『仮』だが。
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