奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

3 デビッド=ホークス

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 翌日午前九時。

 デビッド=ホークス宅の予約までまだ六時間もある。
 モルドはどのように時間を潰そうか迷いつつ宿の受付を済ませ、荷物を持って外へ出た。
 海は行った。
 美術館も行った。
 他に名所となる所を探そうと思い、とりあえず歩く事にした。

 意気込んで五分後、突然モルドは呼び止められ、振り返っていると、そこには使用人の女性がいた。
 朝の陽光が女性を仄かに輝かせて見せ、モルドの女性への好感度合いが高まった。

「……――あ、どうも」
 軽く会釈した。顔が火照り、赤らんで見えていないか僅かに気になった。
「おはようございます。どうかされたのですか?」
「おはようございます」
 女性は気にも留めていない様子である。
「いえ、デビッド様が早くにお戻りになられましたので、お迎えに参りました」
「あ、わざわざすいません」

 女性が先頭をきって歩き出し、モルドもついて行き、途中から横並びになって歩いた。

「あの、もう使用人をされてどのくらいになるのですか? ……えっと」
 名前を訊こうとしたことが女性に伝わった。
「シャイナです。ファミリーネームはありませんので、シャイナとお呼び下さい。デビッド様の所ではもう三年になります」
 初対面で年上(と思しき)女性に向かい、呼び捨ては失礼とばかりに、モルドは"さん"付けで呼んだ。
「シャイナさんは元々使用人業をしていたのですか?」
「いえ、少し可笑しな話になるのですが、昔の事はあまり覚えてないのです」
「え?」
「記憶を徐々に失う病だそうで。もう進行は止まりましたが、昔の事や進行期間中の事はさっぱり。デビッド様が何も出来ない私を雇ってくださいまして、もう三年になります」

 記憶喪失。事故か何かで突然記憶を失うといったのは聞いたことがある。しかし、徐々に記憶を失っていく病というのをモルドは聞いたことが無く、いざ自分がそんな病に罹った場合、恐ろしいと思えた。
 自分の過去の記憶を思い出しても、辛い事や嫌な事、凄く嬉しかった事、衝撃を受けたことなど、印象的で記憶に残る出来事はありありと思い出せる。
 それらが一つ一つ消えていく。老人ではなく、こんな若いうちに失うのだから、さぞや苦しく怖かっただろう。

「あまり気になさらないでください。考えても仕方ありませんし、今の生活は凄く充実して楽しいです。それに、記憶が無くなっても会話や生活に支障をきたさなかった。という事は、戻る可能性のある病かもしれませんし、そこまで深く考えなくてもいいとデビッド様が仰ってましたので」
「デビッドさんって、お医者様でもあるのですか?」
「いいえ。”お医者様からそう聞いた”と、聞きました」

 ここまでの話だと、デビッド=ホークスという男はいよいよ何を考えているか分からなくなってきた。
 記憶を失った美女を使用人として雇う。しかも住み込みで。
 シャイナの見た目年齢からでも二十代前半。
 十八歳のモルドには、どうしてもデビッド=ホークスという男性は、邪で破廉恥な欲望を露にシャイナを雇ったようにしか考えられなかった。しかも、シャイナには進行は治まったと言っているが記憶喪失はまだ残っているのなら、嫌な事をされた記憶を失っているのでは? という疑念すら残る。
 デビッド=ホークスは危険人物。そういう警戒心をモルドの中で含んだまま、二人はデビッド=ホークス宅へ到着した。

 シャイナが扉の鍵を空けると、モルドに外で待つよう伝え、中へ入っていった。
 暫くして扉が開き、中へ招かれると、待っていた人物の姿を見て驚いた。

「――あ、貴方は!?」
 眼前の男性。昨日海で出会い、煙管を吸い、美術館へ案内してくれた男性であった。
「やあモルド君。改めまして、俺がデビッド=ホークスだ」
 手を差し出されたが、モルドは自分が自己紹介をしていないことに気づいた。
「え、どうして僕の名を?」
「ああ、ケビンの弟子だろ。大変よく動いて働くと聞いているよ」
「先生を御存じで?!」
 驚きの連続である。
「御存じも何も、腐れ縁の幼馴染だからな」

 それを聞くと、デビッドが差し出した手をそのままにしている無礼に気づき、急いで手を握った。

「モルド=ルーカスです。先生の遣いで手紙を持ってきました」
 急いで鞄から手紙を取り出した。その間、デビッドは愛用の煙管の火皿に干し草の塊のような物を詰め、マッチに火を点けてそれに火を灯した。
「あった。これです」
 デビッドは受け取らず、悠長に煙草を吸い、ゆっくりと煙を吐いた。
「開けて読んでみるといい」
 まさか届け人の目の前で、手紙を読む羽目になるとは思わず、驚きと混乱の中、モルドは手紙を開いて読んでみた。

「拝啓、親友デビッドへ」
「誰が親友だ、馬鹿野郎」
 呟きは送り主のケビンに当てられたものだと判断し、モルドは続けた。
「さて、今回君に頼みたいことなのだが――」

 続く文面には、モルドの紹介、何が出来るかが綴られていた。その殆どは料理名が多く、律儀に読んでいるモルドは呆れと些細な憤りが込み上げた。
 最後の二文で、”モルドの目指す修復業がデビッド=ホークス君、君の生業なのでは?”と記され、『という訳で宜しく頼んだ』で締めくくられていた。
 読み終え、モルドの第一声は「え?」である。この流れは当然、デビッドの下で働くことを意味していると考えれる。

「前々からケビンあの男には、俺に弟子を預けるかもしれないと聞かされていてな。まあ、君としてはいきなり大人の横暴に巻き込まれた被害者であるため、こちらとしても不憫に思う感情はある。よって、君が決めるといい。ケビンの下に戻るか、俺の下に着くか」

 正直、モルドは迷っていた。
 手紙の最後に書かれていた、自分がなりたい者がデビッドの生業としているものである。それはどのような職業か不明だが、何やら光に満ちた所で姿を消し、また現れる。奇術師や幻影師の様な仕事だが、そういった者達とは違う職業。
 幼い頃、両親がその職の人物に何かを頼み、モルドはその光景を目の当たりにした。それだけが印象に残って憧れた。
 何度も両親にその者達の事を訊いたが、当の本人たちもどういった職業の人かは不明で、すぐに名を忘れてしまったらしい。

 その、なりたい仕事をやっている人物が眼前にいる。
 ケビンの所へ戻ったとて、こんな機会は滅多にない。

 モルドは決心した。

 例え眼前の人物が特殊な職を生業とし、凄い人物であれ。
 記憶喪失のシャイナを住み込みで雇い、邪で破廉恥な欲望を抱えた人物であれ。
 もしかしらたとんでもないクソ野郎かもしれない。
 しかし臆していては何も解決出来ない。

『特殊な世界を知るなら、勇気を振り絞れ』

 過去、ケビンに教えられた言葉を反芻し、モルドは頭を下げようとした。しかし、ある事に気づいた。

「あの、その前に仕事ぶりを拝見しても宜しいでしょうか?」
「ん? どうしてだね」
「先生の手紙には、貴方が『僕のなりたい職業の可能性』と記されていました。けど僕自身、その職業がどういったものか分からず、一部の光景しか覚えてません。その記憶が頼りなのが恥ずかしい所ですけど、もし見当違いの職を貴方がなさっていた場合、弟子入り志願は筋違いとなります」

 礼儀を弁え、正しい言葉遣い。
 見るからにケビンの躾の賜物か、元からこういった人間か。どちらにせよデビッドから見てもモルドは好印象である。

「なるほど、尤もな言い分だ。それが無ければ、ただただ軽率としか言えないな。……いいだろう。ついてきなさい。丁度昨日頼まれた書籍の件があるから、それを見せてあげようではないか」

 モルドに緊張が走った。
 デビッドが本当に自分が望んだ職を生業としているかどうかを確認できると。
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