奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

10 奇文修復~初陣~

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 その日、モルドは街の役所へ訪れた。絵画切り裂き事件から五日後の事である。

「では、修復師適性も基準値を超え、後遺症も無い。よって、モルド=ルーカス、貴君を奇文修復師として任命。適性合格証を渡します」
 場所は応接室。
 絨毯に机とソファ、窓際に観葉植物。
 壁にこの街の風景画と傍らに槍に旗が付けられた置物。
 それ以外の物は置かれていない。

「あ、はい。……ありがとうございます」
 モルドは緊張していた。その原因は巨大絵画切り裂き事件が関係してではなく、眼前の、一つも笑みを浮かべず、眉間に皺を寄せたまま鋭い眼つきの管理官長の威圧感から来る。
 二人共初対面なのだが、モルドは二日前に眼前の人物がデビッドの家へ訪れている場面を目撃している。
 その時の出来事が特に印象深かく、今の緊張感を増長させた。

 ――二日前。

 昼食の準備をしていたモルドの耳を突然、怒鳴り声が貫いた。
「貴方は一体何をやってるんですかぁ!!」
 あまりの出来事に驚き、料理の作業を止め、玄関へ小走りに向かった。
 玄関にはシャイナが立っており、怒鳴り声の主が外にいるらしく、外へ出ようとするモルドを止めた。

「今は行かない方がいいです」
「え、どういう……」
「とにかく、今は出ないでください。色々とややこしくなりますので」

 シャイナがモルドを出そうとしない意志はしっかりと伺えたものの、外の怒鳴り声は続いた。

「貴方がいつまでもそんなだから今回の事態が起こったんですよ!!」
「ああ、分かってる分かってる」
「分かってない!! 下手すれば死人が出てた所だ!!」

 何かは分からないが、今回の切り裂き事件に関した自分が原因でデビッドが怒られているのだと思うと、居た堪れない気持ちになった。

「僕が出て行って、師匠は悪くないって言ってきます」
「駄目です」
 シャイナの腕を引く力が強く、前には進めなかった。
「どうしてですか!?」
「いいから、そんな事をすれば火に油です。今怒られてるのは、デビッド様も大きく関わっていますので」

 そうこうしている内に会話が済んだのか、玄関の戸が開き、デビッドが戻って来た。
「あ~、久々に会うが、相っ変わらずあいつは、なんでああも堅物なんだ?」
 デビッドは奇文修復の部屋へ向かい、干し草を煙管の火皿へ乗せ、火をつけた。

 一方、モルドはデビッドが会っていた人物がどんな人物かを知る為に、別の部屋へ向かい、こっそり窓の外を覗いた。
 男性は帰る途中で、髪色はこの地域では珍しい黒色、衣服は管理官の赤服を着用し、肩には黄色く細い綱の輪っかが二本付いていた。
 男性の姿が見えなくなると、モルドはデビッドに男性の事を訊きに向かったが、デビッドは一向に詳細を話そうとせず、シャイナも口止めされているのか話してはくれない。
 ただ、この街の代表管理官長の【ダイク=ファーシェル】とだけは教わった。
 奇文修復師として生きてのであれば管理官がどういう連中か、その代表者が誰かを知るべきだとして名前だけは教わった。


 現在、その人物が、誰が見ても分かる程に険悪な表情でモルドの前にいる。

「あ、あの。あの巨大絵画は、どうなったので」
 その問いに、第一声が「はぁ?」と返された。
 更に険悪な表情に変わり、空気も悪くなった。
 張り詰めた空気を感じ取ったのか、ダイクの後ろで立っている二人の管理官も、気まずそうな表情が滲んでいる。

「その事を聞かされてない。と?」
 肯定の返事は言いにくいが、間を置いて小さく頷いた。
 ダイクは目を閉じ、大きく鼻で呼吸し、息を吐くと同時に机を叩いて立ち上がり、後ろの管理官達に「行くぞ」と言って歩き出した。
「……師匠に訊け」
 通り過ぎ様にそう言われた。
 どうにか難は逃れた。と言わんばかりの適性証受け取りは無事終わり、モルドは寄り道せずに家へ帰った。


「お? 戻ったな。どうだ、無事に適性証を受け取れて。気分は良かったか?」
 帰宅するなり、煙管を吸いながら外で待っていたデビッドに訊かれた。
 不思議とデビッドの姿に安堵し、張っていた気が緩み、ため息が漏れた。
「そんな訳ないでしょ。なんで怒ってるか分かんないけど、あの人ずっと怒ってるし。あの巨大絵画がどうなったかを訊いただけなのに、睨まれるわ雰囲気怖いわ、通り過ぎ様に「師匠に訊け」って言われるし。良い気分じゃないですよ」
「まあ、それもそうだな」言いつつ、デビッドは水溜りに煙草の灰を捨てた。
 なにより、なぜデビッドが外で出迎えてるのかが気になった。
「どうしたんですか? 僕を待ってくれてたんですか?」
「んな訳ないだろ。シャイナが部屋掃除中だ。それが終わったら奇文修復に向かうぞ」
 え? と、驚きを露わに訊き返すと、同時にシャイナが玄関から出て来た。
「掃除は終了しました」

 よし。と、掛け声を発し、デビッドはモルドと共に奇文修復の部屋へと向かった。
 部屋の机の上には奇文がみっしりと描かれて小説が開かれた状態で置かれていた。

「俺の向かいに立て。夕方までに解決するから、急ぐぞ」
 いきなり言われて、ハーネックの出来事が思い出されて躊躇った。
「ええい、深く考えるな。こいつの中で」指で小説を突いた。「奇文修復の初歩を教えるから」
「でも、いいのでしょうか。また身体が変になったりとか……」
「ない。それに、どうにかなったら俺が何とかする。安心しろ」
 モルドは小さい返事で、はい。と呟いて、デビッドの向かいに立った。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」

 デビッドは懐から取り出した杖の先で小説を軽く叩いた。
 相変わらず、いつも通り光の波紋が広がる。
 いつもと違うのは、モルドが今回は奇文の描かれた品の傍らに立っている。
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