奇文修復師の弟子

赤星 治

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一章 出会いと適正

11 モルドの適正

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 奇文の世界へ入る状況はハーネックと共に入った時と同様、目の前が眩しく光り、それが治まると別世界へ立っていた。

 今回辿り着いたのは、草原のあちこちに四角い板状の墓が立ち並んでいた。形は崩れたものが多く、中には傾いたものまである。
 空は晴天で、近くには数本の木が立っている。
 傍には崖があり、海が広がっている。
 吹きつける風は心地よい。

 あのバザーの時同様、現実世界にいる様子とも思える状態であった。

「今回の奇文修復は簡単だ」
 声が後ろから聞こえ振り返ると、デビッドが杖を持って墓石の一つに座っていた。
「し、師匠! 罰当たりますよ!」
「ん? 本の世界の墓石にそこまで臆する必要なんかないだろ」

 言いながら、杖を器用に指先で回すと、瞬時に煙管へと変わった。しかもそのまま吸い口を銜え、すぐに煙草が吸えた。

「え、どういう原理ですか?」
 モルドが指差したのは、当然煙管にであり、デビッドはそれをモルドの方へ向けて答えた。
「ああ、この杖の素敵な使い道だ。作品の世界内で、こいつは修復師の想いの強い物に形を変えることが出来る」
「え、じゃあ、剣とか盾とかにもですか?」
「可能と言えば可能だ。銃や火炎放射器なんてのも出来る。けどな、そう言った武器は下手すりゃ作品内部を傷つける可能性が高いから、使用には気を付けなければならない。それと、俺ではそれらの武器に杖を変化させることが出来ん」

 どうして? と、疑問を投げかけると、デビッドは煙管を回して拳銃の形に変え、モルドへ投げ渡した。

「こいつが銃として使えるか?」
 モルドは銃を触ると、感触、質感、重さまではまさに拳銃そのもので、すぐ使えると感じた。しかし、引き金と銃口を観察すると、それが拳銃の形をしているだけと判断出来た。

「銃口が塞がってるし、引き金が動かない」
「あと、シリンダーや撃鉄もだ。要は拳銃の形を俺は知っているが、内部構造や原理はさっぱり知らんからそうなる。同様に、剣や盾も、見様見真似で出来るが、日頃から手入れしてる奴がやれば切れ味や硬さは雲泥の差だ」
 拳銃を返してもらうと、再び回して煙管に変えた。
「さて本題。今回の小説に描かれていた奇文、文章はどんな並びだった?」

 突然訊かれ、思い出してみると、単語一つ一つが散らばって見えた。

「その通り。そして、奇文が描く文章にはそれぞれその作品で何をするかを示している。今回、単語が散らばっているのは、何かを探せって意味だ。で、この作品のこの風景は墓石に何かが描かれていて、それを見つける場面だ」
「見つけるって……」
 モルドが立った位置から海を眺めていた時、やけに墓石が多い印象が強かった。
 デビッドの方を向くと、さらに草原一面に墓石がごろごろと転がっており、何を調べるか分かると愕然となった。
 墓石から何かを見つけるのだと。

「奇文が書かれた作品世界はこんな風景を描いていないが、奇文のせいであるモノや状況なんかが飛躍されたり誇張されて表現される。今回が良い例であって、これ程何をすればいいか分かりやすいモノはない。早く見つけるぞぉ」

 飄々と、デビッドは座った暮石を調べ始めた。
 モルドは何を探すか分かっていない。しかしデビッドが淡々と次々に墓石を調べている様子が伺えた。
 調べ終えた墓石を見てみると、何も書かれていない事が判明した。
 それで納得した。ここにある石の殆どに字が無いのだと。そう思って別の石を調べると、そこには年数だけが彫られた墓石があった。
 また、別の墓石には、人名と思しき文字が途中まで彫られていた。

 モルドは完全に納得した。
 探しているのは、完成した墓石なのだと。
 誰の墓石か分からないが、とにかく探し回るしかなかった。

「で? どうだね。あの巨大絵画の世界と比べ、体調とか気分とか」
 それは、互いが近づいた時に訊かれた。
「え? あ、ええ。はい、全然何ともありません」
「これが、範囲を設けた場所で入るという事だ」

 では、ハーネックはなぜあのように平気で悪事を働けたのかが分からない。

「本来、作品に入るなどという奇天烈な方法は大昔ではありえなかったそうだ。それが、奇文が出現した時に先人たちが試行錯誤で編み出した秘術が作品に入る技らしい」
「らしいって、そんな漠然として……」
「一応、修復師の歴史書には載ってるが、何百年も前が起源だぞ。詳細なんて知らんよ。現在も奇文があって修復が出来るんだから、そう言う事だろ」
 そんな大雑把な解釈でいいのか? と、モルドは思いつつ、デビッドの説明の続きを聞いた。
「範囲を設けなければ身体と精神が絵画と同調し、感覚などを失っていく。君が戻った時はかなり危険な状態だった。なにせ痛みすら感じないからな」

 頬の平手打ちは、勝手な事をしての叱責の意味を込めたものではなく、確認のための行為なのだと判明した。
 しかしモルドは叱責の意味も込めているのだと、勝手に思い込んだ。ただ、そう思いたかっただけである。

「そして君はまさしく死ぬ思いをしたが、あの出来事があったから今ここにいれる」
 墓石を探す作業を止め、デビッドの方を向いた。
「それって、ハーネックのおかげで適性検査が早まったって事ですか?」

 少しばかり恨みが籠っており、ハーネックを"さん"付けせず、呼び捨てにしたのがその表れである。
 笑顔で行われる異常な行為。
 モルドは死にかけ、巨大絵画は切り裂かれる事態に陥る。
 思い出すだけでも不快になる。

 あれ程の異常者とモルドが接触したのだ。早めに適性検査を進め、きちんとした修復師としての知識を覚えさせ、二度とこんなことが起きない様にするためだとモルドは推察した。
 しかし、答えは全く別のものである。

「君には適性が無かった」
 一陣の風が吹きつけ、二人の衣服と髪を揺らした。
「僕に……適性が?」
「ああ。俺の家にあった時計塔の絵画があったろ。アレを見てまともに感想が言葉として出るかが適正検査だ」

 数日前から妙に時計塔絵画の感想を訊かれたのを思い出した。
 気になっていたが、それが理由であった。

「ちょ、ちょっと待って下さい。絵画の感想が言えないのが適性検査なんですか? もっと面接とか、身体検査とか」
「奇文に関してはそんなものは関係ない。方法は、在る物が見えるか見えないか、言えるべき言葉が発せるかどうか。この二つだけだ。君は絵画の全容は見れたが感想が言えなかったから不適となった。それと、俺のように独り立ちしたいなら適性を合格し、経験を積めば、何時しか国から評価されて勝手に独り立ちできる」
「でも師匠、だったらなぜ僕はハーネックと絵画に入れて、それで適性有りになったんですか?」
「まず、絵画に強引に入った事で無理矢理奇文と干渉した。そのことで身体が奇文に対する反応を急激に示したのが原因。そして君が入れたのは、ハーネックだったからだ」
「どういう事ですか? 今の説明だったら、適性無い人は奇文修復師と強引に奇文が描かれた作品に入って出ればいいだけって事でしょ? 師匠の口ぶりだと、ハーネックは特別な風に聞こえます」
「その通り、奴は特別だ。そのおかげで君は適性が無いのに絵画に入れた。本来ならそのような事はどんな経験を積んだ修復師であれ出来ないんだよ」

 デビッドは再び墓石を探し始めた。

「それって、師匠もですか!?」
「ああ、出来んよ。それにハーネック以外でそういう荒業を行える者を、見たことも無いし聞いたことも無い。出来たとして、俺が君を救った方法がいつでも可能ではないからな。君は本当に運が良かっただけだよ」

 なぜ、ハーネックだけが特別か。それを訊こうとした時、デビッドは「あった」と言って、モルドを手招きした。
 二人は揃って名前、年代が書かれた墓を眺めた。

「ザック=フィーニ、アイビス=フィーニ。誰ですか?」
「現実には存在しない者達だ。物語の登場人物で、作中ではこの海の見晴らしがいい場所で墓参りする場面だろうな」
 墓石を見つけたはいいが、次は何をすればいいのかが問題となった。
「さてモルド君、この後はどうするればいいと思うかね?」
 デビッドは、杖を回して煙管の形に変え、早速一服吸った。
「え、見つけて終わりじゃないんですか?」
「それだと今、我々はすぐに現実世界へ戻されるだろ」

 確かに。と納得した。
 そして一向に世界は変化しない。

「奇文が描かれた作品は、作者の意志に強く反応する。言い換えるなら、奇文は人間の感情に強く感化される現象だ。つまり、作者自身の意見や意志が強く残る場面、制作に強く念を込めて作られた場所などに奇文が回る。この墓の場面でもそれが影響したんだろ」

 説明を受け、ではこの後何をしようかと、モルドは考えた。
 眺めのいい墓場。墓の前。そんな場面で行う事で思い当たるのは一つしかなかった。

「月並みの事ですが、花を添えて拝むぐらいしか……」
「だろうな。俺もそれぐらいしか考えられん」

 デビッドは煙管を回し、白い花束へと形を変えた。

「こういったありきたりな物は、変化が容易で便利だよ」
「いいんですか? その花束は完全な紛い物ですよ。この世界で花を摘んでくるとか」
「作風に深く関しないならこれでいい。どこかの城の鍵を開けて作風を壊すとか、依頼物に形を変えて話を変えるとか。供えたり渡したりして終了でない場合、それは杖自体が変化できない。恐らく作品を壊さないための防護機能なのだろ。けど、今回は供えて祈る。大した干渉も、その花束が物語に大きく関係し、作風を崩す事態に至らなければ問題ない。まあ、これが正解であればの話だが……」

 花束を供え、二人は揃って祈ると、海から突風が吹きつけて来た。
 その勢いが強く、モルドは地面の草を掴んで伏せ、デビッドはしゃがんだまま墓石にしがみ付いた。
 二人揃って、何とも情けない態勢だが、どうやらこの行動が正しかったのだろう。
 周囲の墓石擬ぼせきもどきが次々に霧散し、その粒子が突風に乗ってどこかへ飛んでいった。
 風が止むと、そこにはデビッドがしがみ付いた墓石しか残らなかった。

「どうやら、これが正解だったな」

 情けない体勢から、花束を煙管に変えて一服吸い、格好を付けて立つと、突然墓石が輝きだした。
 その光が周囲に広がり、二人を包み、世界全体まで広がった。



 眩しさが治まり目をしっかり開けると、モルドは作品に入る前の位置に居た。

「デビッド様、モルド君、お疲れ様でした」
 絨毯の外にいたシャイナに声を掛けられ、モルドは現実に戻った事を実感した。
「あ、れ?」
 手を動かし、奇文の消えた小説に触れ、更に机にも触れると、本の世界と現実世界の感覚の違いがまるで無い事を感じた。

「どうだ、に奇文修復をしてみた感想は」
 いつの間にかデビッドは現実世界の煙管で一服吸っていた。
「な、んか、変な感じです。外に行って戻って来たみたいに感覚は普通だし。作品の世界って、あんな感じなんだなぁって」
「そんなもんだ。土俵に立つ前は未知の世界に胸躍らせるが、いざ立ってみると案外普通だ。現実にあって人間がその世界に立てるんなら、勢いで立って慣れれば大した事はない」
 デビッドは机の小説を閉じた。
「おめでとう。無事奇文修復は完了した」

 これが、モルドの初陣である。
 静かに沸く興奮を胸に、モルドは奇文修復の仕事を次々熟し、早く一人前になる事を心に誓った。


 しかしこれから先、モルドが奇文修復に携わるのは二十日後となる。
 理由は、依頼がなかなか来ない事と、来たと思えば依頼が飛び入り。そして間が悪い事に、モルドの外出予定日と被る始末。

 四件あった依頼に携われないことを、デビッドがわざとしているのかもと疑問を抱きつつ、奇文修復に縁のない日々を過ごした。
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