奇文修復師の弟子

赤星 治

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二章 作品世界で奔走と迷走と

1 未来都市の絵画(前編)・作品世界へ

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 木々の緑葉が色褪せだし、朝と夜が肌寒くなりだす夏から秋を感じ始める日の事。

「……あのぅ、本日二時に予約していた者ですが……」

 外見から二十歳前後と思しき女性が、自身の身長程ある長い棒状のモノを抱えてデビッド宅へ訪れた。奇文修復の依頼主である。
 依頼主は役所で奇文の実態を知り、役所から修復師に予約を取ってもらう。
 他国では仲介を役所が担ってない所もある。
 女性が抱えているモノが依頼の品だ。布で包み、紺色の三つ編み状の紐で結んでいる。

「はい。アンディ様ですね。どうぞこちらへ」
 シャイナが応接室へ案内し、暫くして紅茶をアンディの前に差し出した。
「申し訳ございません。ホークス様は所用で外へ出られてまして、もうすぐ戻りますのでお待ち下さいませ」

 待っている間、アンディは応接室へ入る前に気になった部屋を見てみたいとシャイナに告げた。
 改めて部屋を見回すと、外の殺風景な石の外観からは想像できない程、貴族の屋敷の様な内装をしている。

 艶のある木製のテーブル、椅子。
 細部まで繊細な模様を描いている絨毯。
 壁沿いに台や棚は少なく、壺や花などを乗せるための面積の狭い円筒形の台や小さな円卓などが置いてある。
 壁には見るからに高価と思われる額縁に入った、一風変わった絵が飾られていた。

 絵は両端に見たことのない単語を用いた文章が書かれ、中央には雲のような外壁に囲まれた平原に佇む四角い石柱。
 頂点には柱より一回り大きい石積みの四角い物が乗り、見える二面に針時計が描かれている。
 時計塔の文字部分と長針短針は、それぞれの面で形の違うモノが描かれている。
 時計以外は霞むように風景が消えているが、草原と雲の漂う青空の一部が認識できる。

 アンディはついつい見入ってしまった。

「時計塔の絵が気に入ったかな?」

 アンディが声の方を向くと、三十代後半か四十代と思しき男性が立っていた。
 服装は上質な生地を用いた紳士服であり、施されたボタンには細かな絵柄が描かれている。
 一見して貴族の装いだが、ボサボサの整っていない髪と、壁に凭れるような立ち姿。衣装には似つかわしくない煙管。
 風変わりな第一印象である。

「あの、ごめんなさい! 座って待っていたのですが、この絵がすごく――……すご、く……」声に出して表現するのが困難となった。それはまるで、魔法にでもかかったかの如く強制された感じである。
 言葉が発しにくい。
 『綺麗』『これも細かくて凄く今にも動き出しそう』などの、単調な表現すらも言えない。
「不思議だろ? そいつぁ修復師の称号とばかりに国から貰ったものだが、何かしらの力も宿った絵画だ」
「何が起こるのですか?」
「んあぁ。何もしなけりゃただの絵画だ。これの所持者は俺だが、俺以外の誰かが盗もうものなら災いが、俺自身も粗末に扱えば不幸が訪れるという。確たる証拠はないが、もらい受ける時、過去の所持者達の不幸の顛末を聞かされた次第だ」

 そんなものをどうして受け取ったのか。訊こうとした時、別の男性の叫ぶ声が聞こえた。

「師匠! 鞄はちゃんと自室へ――」
 現れたのは二十歳前後と思われる青年。
 短髪、爽やか・活発、という言葉が似合う雰囲気を醸し出している。
 青年はアンディの姿を視界に捉えると、申し訳なさそうに畏まった。

「これこれモルド君、客人の前で大声とは何たる無礼」
 指導に反し、少し揶揄っている感じが表情に滲んでいる。
「遅れてすまないね。俺はデビット=ホークス。此方は弟子のモルドと――」モルドは会釈した。「彼女はシャイナ。使用人だ」シャイナも微笑んで会釈した。
「こちらこそ遅くなりました。アンディと言います。予約していた絵画の修復に訪れたのですが……」

 それを聞いた途端、モルドが身を乗り出した。
「師匠、今回は絶対僕も行きますからね。もう逃げられませんよ」
「別に逃げてなどいないよ」
 迫ってくるモルドをあしらい、作業部屋にある灰皿に煙管の灰を捨てに向かった。
「あのぅ、行くとは、どこかへ向かわれるのですか?」
 火皿に煙草を乗せ、マッチで草に火を点けて吸い口から一息吸った。
「ん? ああ」煙を吐いて答えた。「君が持ってきた依頼の品を修復するのだよ」
「でも修復って、この絵画には変なシミがあるから、何かの薬液で取ったり、上から同じ色で塗って、風景を修復するんじゃないの?」
「一般的な修復修繕はその通りだが、我々の扱うのはもう少し面倒なものだ。その絵画を広げてごらんよ」

 煙管を構えるデビッドの素振り、余裕のある立ち居振舞いにアンディは少し見惚れながら依頼の絵画を机の上に広げた。
 彼女の些細な感情の変化は、絵画を見て一瞬に不安と恐怖に変貌した。
 持ってくる前、奇文が広がりを見せ、まるで絵画に渦上の文章を描いているようであるが、離れて全体像を見ると滲んでいる塊のようにも見える。

「あー、渦……か」よほど嫌なのか、デビッドから残念さが伺える。
「師匠、渦状のものは確か……」
「体力勝負で御座いますね」
 シャイナは、モルドが来る前はデビッドの補助役も担っており、奇文の状態によりどういった現象が起こるかを把握している。

「あのぅ……? さっぱりなんですが、どういう事ですか?」
 シャイナが答えた。
「これからデビッド様とモルド君は、絵の中へ入って原因を解消しに向かいます。このシミは奇文といいまして、状態により中の内容が様々でしす。種類の説明は複雑なものも御座いますので省かせてもらいます」

 アンディは、説明の意味を理解する前に、『人が絵の中に入る』という現象に興味をもった。

「さて、ここで雑談してもなにも始まらない。早速仕事に取り掛からせてもらおうか」
 デビッドが絵の前に立ち、向かいにモルドが立った。
 シャイナは二人の邪魔にならないよう、アンディと共に床の絨毯から外に出て、揃って二人の行いを観察した。
 デビッドが棚の上にある灰皿に吸い終わった煙草の灰を捨て、煙管をその場に置いた。
 懐から環具を取り出し絵画の中心を軽く叩いた。
「モルド、準備はいいな」
「はい。いつでも」

 杖の先から、まるで絵画が水面のように光の波紋を広げ、絵画の外、何もない空中を通って広がった。
 光の波紋はアンディの前まで行くと消えた。
 シャイナは波紋の意味をアンディに説明した。

「さあ、作者の世界を診せてもらおうか」

 絵画全体が眩く輝き、絨毯外の二人は眩しさから目を閉じた。
 輝きが治まると、デビッドとモルドの姿は無く、見えない壁に阻まれているかの如く、絨毯の範囲内には入れなかった。



 二人は見知らぬ都会の路上に到着した。都会と表記はするが、その世界は二人の知っている都会とはまるで違った。

 石積みの建造物。
 灰色のザラザラした土や砂の様な手触りの壁面の建造物。
 今まで見たことのない大きな硝子窓がそこかしこの建物に何枚も張られている建物まである。
 印象的な建物を注目してしまうが、壁面が煉瓦のよく見る建物も僅かにある。

 タイトル『未来都市の空』。
 アンディの父親が描いたとされる創造力豊かな絵画。
 高層の建造物が密集する道路から見上げた空を表現した、近未来都市の作品である。

 前もって知らされていた情報では、父親がこの絵を描き終えた後、突然ふさぎ込み、二日後に奇文が発生した。
 建造物もさることながら、建造物同士を結ぶ通路と階段が張り巡らされて目立つ。

「なんか……空中通路。って言えそうな場所ですね。タイトルに空ってあるけど、空が見難いや」
 通路は直線や曲線、斜面状に螺旋状だったりと様々だ。
 初見で分かる。どの国の技術力を駆使してもこの都市は造れない。
「まさに迷路だな。人がいないのが有難い。こんなごちゃごちゃした所で大勢の群衆が現れたら、気持ちが悪くなる」
「ですがどうするんですか? 絵画に入ったはいいですが、これといった変化が起きないし、なにをどうすればいいのやら」

 デビッドは環具を取り出し、器用に指先で回して煙管に変え、早速吸い始めた。
 
「渦状の奇文は身体をよく動かすものが多いから覚悟はしていたが、まあこうまで複雑な都市で何一つ変化が起きんと、原因探しは骨が折れるな」
「何かきっかけみたいなのがあればいいんですが……」

 デビッドは大きく一服吸って、煙を吐いた。

「本来こういった絵画は作者の念や絵画事態の記憶が残りやすい。まぁ、記憶というが、絵画が出来て触れて来た人々の歴史、突き詰めれば様々な人の念や業だ。奇文が憑いた絵画には人に関する”モノ”を探すのが基本だが……」
 要するに人を探せばいい。モルドはそう解釈した。
「では、絵の中の人を見つけるのですね」
 しかしそうなると”見つけた後はどうするのか”と、疑問が浮かび、デビッドに訊いた。
「童話のように捕まえて終了なら単純で楽なのだがな、実際は様々だ。絵画を歩き回って原因となる”モノ”を見つけ、中の人間に渡したり話したり真実を告げたり。人間に関してなくても、どこかに何かを持って行ったり翳したり。本当に様々だ。やれることを手当たり次第にやるしかないな」

(何もない所から、『問題文』と『方程式』と『答え』を見つける。これが生き抜く上でかなり重要となる)
 過去、モルドがケビンに教えられた言葉が思い出された。

 そうこうしている内に、遠くから、地鳴りのような音が聞こえ始めた。
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