奇文修復師の弟子

赤星 治

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二章 作品世界で奔走と迷走と

4 夜に響く笛の音(後編)・シャイナの演奏

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「――という訳でして、暫くあちらの笛を預からせて頂きたいのですが……」

 ”奇妙な現象を起こす横笛”という事で、アルバートはすぐに了承してくれると思ったが、当人は悩む動作を見せて唸った。

「……どうされました? アルバート殿」
「いや、実を言いますと、明々後日に演奏会が御座いましてね。今日明日中に元に戻して頂きたいのですが……」
 デビッドは腕を組んで悩んだ。
「いえ、少々特殊な生業故、理解に苦しむとは思われるでしょうが。この文字を消すには笛の様な楽器を知らねばならず、付け焼刃でも構わないのでアルバート殿にご教授を賜りたいと思っておりましたが……」
「何か解決に役立てるなら手を貸したいのは山々なのですが、笛はあれだけでして。しかもあの文字が出てからというもの、分解が出来ない次第で」

 再び八方塞がりの事態に陥ったが、シャイナは思い当たる事があり、提案した。

「……デビッド様、オカリナでは駄目でしょうか?」
 三人はシャイナの方を向いた。
「……オカリナが吹けるのか? シャイナ」
「ええ。とはいえ簡単な曲ですが。モルド君が来る前から雑貨屋のおじさんにお借りして、時々吹く練習をしているのです」

 初耳の情報。
 さらにモルドの中では、容姿端麗、力強く頼り甲斐があり、清楚で上品なシャイナの好感がさらに上がった。
 美女が星満天の夜空の下、草原で心地よい風に靡かれながらオカリナを吹く。
 すぐにでも見たい光景であった。

 デビッドは再び作品世界へ入る準備に取り掛かった。
 モルドも意気揚々と所定の位置に着いたが、なぜかデビッドから墨壺をシャイナに渡すよう命令され、シャイナに手渡した。

「モルド君は留守番だ」
「なぜ?」と訊くも、この絨毯の範囲では作品世界へ入れるのは二人だけだと聞かされた。
「嘘だ」と反論するも、試しとばかりに三人が絨毯上にいる状態で環具を使用するも、変化は起きなかった。
 渋々絨毯からモルドが出ると、同じようにデビッドが笛を叩いた途端、いつも通りの変化が起きた。

「いやぁ~、二度目だが、実に素晴らしい現象だ。何度でも見てみたいものだ」
 アルバートの隣で見るからに脱力しきったモルドは答えた。
「……そうですねぇ」心ここにあらずである。



 デビッドが環具をオカリナに変化させてシャイナに渡した。
 シャイナは練習中の曲を演奏した。
 草笛とは違い、綺麗で心静まるような笛の音色が草原に響く。

 煙管が無いのは残念に思いつつも、シャイナの演奏にデビッドは耳を傾けた。
 吹きつける風と仄かに明るい夜の草原の光景に干渉し、過去の快かった出来事をついつい思い出す。

 四分程経過した。

 シャイナの演奏が終わり、二人共余韻に浸っている最中、まるで山彦のようにシャイナが演奏した音と同じ曲が何処からともなく流れて来た。しかし笛の音は途切れ途切れである。

「デビッド様……これは?」

 音飛びが不快に思える曲は、なぜ同じ曲を演奏するのか。
 デビッドは両耳に手を当てて何処から曲が演奏されてるか、その場を中心に一周回ってみたが出どころは不明。
 この世界から笛の音が響いている。そう結論付けるしか出来ない。

 なら次の可能性は、音源を探すのではなく……。

「シャイナ、この曲に合わせてもう一度演奏してくれ」

 シャイナは頷き、今響いている音に合わせて自分が演奏した曲を奏でた。



 十五分後、デビッドとシャイナが戻って来た。

 応接室では、項垂れてデビッドの席に腰掛けるモルドへ向かって、アルバートが慰めの言葉を掛けていた。

「……何をなさってるので?」

 事情をアルバートから聞くと、モルドが念願叶って奇文修復に携われたのに、まさか重要な所で作品世界へ入れない事が辛いという。
 アルバートは、自身の経験談を聞かせていた。

「ほう。それは、あの世界に行けなかった事を悔やんでいるのか……、シャイナの演奏が聴けなかった事を悔やんでいるのか?」
 鋭い所を突かれ、モルドは項垂れながらも視線をデビッドと反対方向へ向けた。どうやら図星を突かれた事にデビッドは気づいた。
「その話は後にしよう。とりあえず席を離れなさい」

 渋々モルドはソファの後ろに立った。
 デビッドは無事に奇文が消えた横笛をアルバートに渡した。

「気苦労を掛けてしまい申し訳ありませんでした。ですが無事、笛は元に戻りましたので」
「おお! 有難い。でも、何が原因だったのでしょう。怨霊とかの類ではないとおっしゃってましたが」
「ええ。この文字は作品の作者。こういった楽器ですと、使用者の想いに感化されて奇妙な現象を起こします。本件では音が途切れ途切れな演奏が聴こえました」
 シャイナを手で示した。
「彼女と共に演奏すると、次第に笛の音は音切れが無くなり、更には見事な合唱を繰り広げ、素晴らしい演奏会へと。笛事態に故障があるか、演奏者の心の不安か、そのどちらも、か。……確か明々後日に演奏会があると」

 事の真相はアルバート自身にあった。

 明々後日の演奏会で発表する曲は、アルバートにはとても難しい曲である。
 何度も練習を重ねてきたが、日が迫ると緊張が増し、更には身内で事故が二回も続いて心労も嵩まった。そんな折、夢にまで演奏会で音が出なくなる失敗を見るほど追い詰められた。

 アルバートの告白後、シャイナは作品世界での出来事と同じことをやってみてはと提案してみた。
 曲事態はこの国在住の者なら誰でも知ってる民謡であり、アルバートも何度も練習した初心者用の曲であるから吹く事が出来る。
 気晴らしとばかりに、オカリナと横笛の合唱が演奏され、モルドは作品世界で聴けなかった哀しみが一瞬にして消し飛んだ。
 見事な演奏が終わると、アルバートも気が晴れて帰路についた。


 後日、アルバートからのお礼の手紙には、無事に演奏を終え、修復以降、奇妙な出来事は起きなくなったと綴られていた。


 一方、デビッド宅にての後日談。
 依頼人に人生相談したモルドは、罰として一時間の正座と、その間に聖書を朗読させられる羽目になった。
 聖書を読む理由は特にないが、反省には打って付けだろうというデビッドの案であった。
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