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三章 揺れ動く感情と消える記憶
6 干渉する首飾り(前編)・友人リック
しおりを挟む季節は春を迎えた。
時々寒の戻りとばかりに気温が下がる時はあるが厚着の必要はない、少々肌寒い程度の気候。
スノーと出会ってから色々気を使う日々を送って来たモルドも、ようやく一段落つき、デビッドもシャイナもスノーへの疑念が和らいだ。……ようにモルドは見えた。
それぞれの本心は謎のままである。
モルドは買い出し中、装飾品屋へ訪れた。
常日頃から装飾品を付ける気はないのだが、数日前に訪れた客人が着けていた首飾りを格好いいと感じだしたのが切っ掛けである。
自分でも気づいていなかったが無意識に見ていたらしく、客人と首飾りの話題が盛り上がっていた。
その日を境に、街で通り過ぎる人の指輪、首飾り、腕時計、腕輪、カフス、ボタンなど、あらゆる品が目にとまって意識してしまう。
このモルドの感情は、いつも何気なく吸っているデビッドの煙管にまで向けられた。
「あー、モルド君? 最近お洒落に目覚めたのは分かるが、煙管と煙草は止めといた方がいい。このスタイルに惚れた俺が言うのもなんだが、身体が悪くなる一方だ」
そうデビッドが言い、モルドは適当に返事して終えようとするが、やはり煙管が気になってしまう。
「そういえば街に装飾品屋があるから、行ってみればいいのでは?」
シャイナの提案により、暫く買い出しはモルドが行くことになった。
装飾品屋を見つけたモルドは、その前を通るのが恥ずかしく、二回程、横目で伺う程度で済ませたが、三回目に意を決して店の中へ入った。
◇◇◇◇◇
「で? 今日はそろそろ何か買ってってくれる?」
その店の若い男性店員が声かけて来た。
「か、買いたいけど……迷う」
本日で四回目の来店。モルドは、いつしか男性店員と仲良くなった。
店員の名前はリック。年齢はモルドと同じ。
リックと仲良くなってからの数日間、時間が空けば彼と話をする日々を過ごした。
金物細工の技術を磨く修行中のリックは、将来、王家に飾られるような装飾品を作れるようになるのが夢である。
他にも、店を持ち、憧れる職人と肩を並べて働きたいなど、金物細工の事で頭がいっぱいであった。
ある日の昼。
モルドとリックは、浜辺近くの丸太椅子に座って昼食をとった。
「モルド、いったい何をそんなに迷ってんだ? 値段か?」
「いや、まあ、あれだけ凄い物だから値が張ることは覚悟してたよ」
「じゃあ、形か? 俺が似合うって言っても買わないだろお前」
会って数回だが、既に友人同士の呼び合いである。
「いや、だって、いざ着けて歩くってなったら恥ずかしくって……」
「誰も気にしてないだろ。デカデカしてギラギラな冠とか鎧とか着けてたら、流石に見ない奴はいないだろうけど。ボタン系の小物とか、首飾りなんか服の中入れとけば大丈夫だろ」
「いや、首飾りは出さなきゃ。あれだけ良い見栄えなのに」
恥ずかしがってる奴の台詞ではない。
「なあ、貸し出しみたいなのってやってないよな」
「やるわけないだろ。俺がおやっさんに怒られるわ。まあ、店のモノでなけりゃ、一つは貸せるやつがあるにはあるけど……」
「それってリックが造った失敗作とか?」
「材料費高いんだよ。失敗分は色々使い所があるからそれは無い。そうじゃなくて、俺が実家から持ってきたやつ。……あ~、モルドは嫌がるだろうなぁ」
「悪趣味な造形とかだったら嫌だぞ」
「いや、そういうんじゃない。見た目は俺も真似るのが難しいやつなんだけど、すごくいい。小さいから着けてみてもそんなに気にならないと思うが……色々いわく付きなんだ」
幽霊を怖がっていたら弟子としては冬場の早朝、暗がりでの仕度などが出来ない。
モルドは幽霊を信じないし、修復師の弟子として働いていると、殆どが奇文関連だと思えてしまっている。
「僕、そういうの信じないから大丈夫」
リックは仕事場に私物を持ち込まないようにしている。邪魔になると兄貴分や親方に迷惑が掛かるからである。
昼だと取りに帰るには時間が足りない。
ならば。と、リックは提案した。
「いつでもいいけど、俺ん家泊まらないか?」
一人暮らしだからモルドが泊まっても、なんら迷惑ではない。
こういう事が初めてのモルドは一瞬戸惑ったが、泊まる事を嫌がってはいない。
むしろ行きたいと思っている。しかし、弟子である以上、デビッドの許可を得なければならず、帰宅中はリックの家へ泊る事しか頭になかった。
モルドは帰宅して早々、新聞を読んで寛いでいるデビッドに一泊二日を許可してもらえるか訊いた。
「いいぞ。行ってこい」
即答され、思わず事情を求めた。
「理由も何も、俺だって旅で家空ける事多いし、たかだか一泊二日位で俺が何か言うとでも思ったのか?」
「いえ、師弟間ではこういった事は重要だから、確認を……」
「そういう心構えは良い事だ。まあ、その程度の事を緊張して言う程でないだけだがな。息抜きとして行ってこい。いい勉強にもなるだろ」
思いのほかあっさりと事が進み、モルドはリックの家に泊まる事になった。
◇◇◇◇◇
その装飾品は金色の、円を描くように飛ぶ鳥の金物細工に革製の細い紐を通した首飾りであった。
「これが言ってたやつだ」
その首飾りは、小さい黒い文字が点在し、シミのようにも見えた。
「ちょっと触ってもいい?」
一応白い手袋を装着したモルドは、恐る恐るそれを手に取り、黒いシミの部分を撫でて拭えるかどうか試した。
拭えない所を見ると、奇文だと判断した。
奇文の説明は面倒で、モルドはリックにその事を黙っていた。
「これにどんな曰くがあるんだ? ってか、そんなもん持ってて大丈夫なのか?」
「ああ俺はもう慣れたし、何より、もうあんな事起きなくなったから爺ちゃんに貰ったんだ。家に置いてたら気味悪がった親が絶対捨てるだろうからな」
モルドが鳥の首飾りを見ていると、リックが奇怪な現象について語りだした。
その奇怪現象が起きたのはリックが産まれるかなり前の事である。
リックの祖父が若い頃、首飾りを母親から形見として受け取った。
それは母親の大事にしていた思い出の品で、いつかそれを見つけてくれる人がいたら、感謝の意を述べてほしいと言ってリックの祖父に渡したのだという。
首飾りを受け取ってから六年後、二十八歳で結婚した祖父は、翌年第一子であるリックの伯父を授かった。しかしその日の晩から、生まれたばかりの伯父の部屋に見知らぬ黒い影が出るようになったという。
リックの祖父は神父にお祓いを行ってもらったが、今度は金物細工の作業部屋から作業音が聞えるというのだった。
事態の異変に恐怖しながらも、反して祖父の状況は好転する事ばかりだという。
注文が殺到し、目まぐるしく細工仕事に励み、収入の変動はあるものの何不自由なく生活できる日々を送った。
長男が生まれた二年後、今度は双子が産まれる。その一方がリックの父親である。
奇怪な現象は長男が十八歳を迎えるまで続き、彼が家を出て働き始めると、ピタリと止んだ。
そんな奇怪話を祖父から聞いていたリックは、どうしても原因を知りたい一心ではあった。
しかし探偵でも無ければ聖職者でもない。
手がかりも無ければ現象も起きず、少年リックの捜索活動は一日で断念されたという。
ただ、祖父の死後、一週間程だがリックの近辺で黒い影が現れると家族内で噂が上がった。
実際に影を見ていないリックは、どういう嫌がらせか考えていた。
影をチラリと見ていた家族とは別に、リックは声を作業部屋から聞いていた。何を話しているか分からなかったが、一週間程で治まった。
リックの故郷の言い伝えでは、魂は死後十日前後で天国へ召されるとされる。
祖父が最後に家のあちこちを思い出に浸りながら彷徨っていたのだと結論付けられたらしい。
「これ、借りてもいいんだよな」
まさか話を聞いたモルドが借りると言い出して、リックは驚いた。
「え、怖くないの?」
「うん。幽霊見た事無いし、実家の傍は墓地だったし、夜中に肝試しとかしたことあるし、全然怖くない」
加えるなら、奇文が憑いてるならそれ等全ては奇文絡みだと納得できる。
ここまで条件が揃ってるなら、モルドにこの首飾りに纏わる話など、微塵も恐怖の対象とならない。
それよりも、初めて装飾品を身に着ける事が嬉しく、笑顔で首飾りをかけると、悦びの気持ちが感情を支配しきっていた。
そんなモルドの内情を知らないリックは、身に着けながら喜ぶモルドの神経を疑いつつも、肝の据わった奴だと感心した。
◇◇◇◇◇
翌朝九時、モルドはホークス家に帰宅した。
「おはようございます」
声は元気で、仄かに笑顔を滲ませる表情からも、嬉しい事があったのは明白である。
当然、デビッドもシャイナもその事情に気づいている。
「おう、早い帰りだな。もっとツレと遊べばいいものを」
「リックは朝から仕事です。それより師匠、何か気づきませんか?」
初めてのお洒落に目覚めた年頃の娘のような質問に、デビッドは呆れた感情が顔に出た。
「とても綺麗な首飾りですね」
シャイナは褒めたが、堂々と上着の前に出し、胸を張って見せびらかせる姿を見て分からない奴はいないと思われる。
「えらくまた高そうなのを買ったなぁ。買うなら腕時計とかカフスとかの方がいい。豪華に目立つ飾りは盗人の標的にされるぞ」
「ご安心を、借りて来ただけです。それに、ここに来るまでは服の中に入れてましたので」
なぜそんな事を? と思い、デビッドが新聞から首飾りに視線を向けると、些細な違和感を覚えた。
席から立ち、視線を首飾りに向けたまま近寄ると、その正体に気づいた。
「あー、モルド君? どうして奇文憑きの首飾りを?」
モルドはこの首飾りを借りるに至った経緯を説明した。
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