奇文修復師の弟子

赤星 治

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四章 儀式と狂う計画

2 早朝の再会

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 モルドは街の広場にいた。
 季節は冬を迎え始めた頃だが寒くなるのが早く、加えて薄曇りの天候が関係してか、十時過ぎでも息が白い。今日一日は外にいると息が白い日なのかもしれないと思える程に。

「おーい」
 大きな石段に腰掛けるモルドの向かいの離れた所から、リックが手を振って歩み寄って来た。
 応えるようにモルドは手を振り返した。
「今日は早い昼だな」
 傍に来たリックにモルドは言った。
「この日の為に前の晩から先に仕事済ましたから。まあ、もう少ししたら戻らなきゃならないけど」
 
 今日はリックから話があると言われ、ここにいる。
 事情は出世の報告と思っていたモルドであったが、内容に不意を突かれて戸惑った。

「俺、今月末にイニシェットの街に行くことになったんだ」

 王都イニシェット。
 様々な店が並び、この街とは一線画して建造物・街並み・住民達の衣装が様変わりする大都会である。金物細工の技術も数段高い街でもある。
 引っ越し理由は単純。リック自身の実力を知るためと見識を広めるための、師匠から言い渡された遠征である。尚、泊まる先は師匠の元弟子の店である。

 二人は遠征話と自分達の未来の話に暫く盛り上がると、時間を見てキリをつけた。

「リック、お互い頑張ろうな」
「ああ。お前も色々見て成長しろよ」

 二人は互いの帰路についた。


 モルドがデビッド宅へ到着すると、キッチンのテーブルに散らかった書類跡を見て気が滅入った。

「師匠! なんでこんなに散らかってるんですか! ちゃんと片づけて下さいよ」

 モルドは慣れた手つきで書類を分別して纏めた。
 途中、モルド宛の手紙を見つけ、仕分けの手を止めて封を開けた。
 差出人不明のその手紙に目を通した時、息が詰まるような感覚に陥った。

『親愛なるモルド君。少々話しておきたいことがある。明日、何時でもいい、我々が出会った浜辺へ一人で来てくれたまえ。くれぐれも一人でだよ。でなければ多くの者を奇文塗れにするからね』
 末尾に差出人名が綴られていた。【ハーネック】と。

「あ、モルド君。帰ったんですね」
 シャイナに声を掛けられ、驚きつつも無理矢理ぎこちない笑顔を向けた。
「……どうかした?」
「あ、いや、いきなりだったからつい、ビックリしちゃった」

 続いて、寝ぼけ眼でデビッドが起きて歩いて来た。

「おはよう。若いって元気があって良いなぁ」
「おはようじゃありませんよ」

 手紙をズボンに挟み、上着で隠した。
 デビッドは他所を見ており、シャイナもテーブルの手紙を見ていたため気づかれていない。

「もう昼ですよ。いつまで寝てるつもりですか!」
「仕方ないだろ。遠征に、立て続けの修復。俺も年なんだよ。お前も奇文修復後は疲れるだろ」
「でも師匠。昨日寝たのは九時ですよね。それで昼間って、どれだけ寝るんですか」
「途中何度か目覚めたよ」
 机の手紙を次々手に取って宛名を流し見た。
「それより昼飯はまだか?」

 モルドは買い出しから帰って来たばかりで、その準備はまだ出来ていない。しかしシャイナが「もう出来てます」と告げた。
 デビッドを先頭に食卓へとモルド向かった。

 上手く誤魔化せたが、モルドは手紙の事が気がかりで仕方ない。


 ――翌日、早朝。

 流石にこの時間では待っていないと思いつつも、この時間ぐらいしか家を抜け出せる機会はない。
 話を済ませてすぐ戻る計画を立てた。
 もし嘘だと気づかれても、友人と会っていた。や、体力づくり。など、言い訳はいくらでも準備は出来ている。

 寒い早朝の海は、何処か恐怖心を煽る暗みを帯びた色合いをしており、入ればそのまま深みへ引き込む印象を与える。
 浜には一人の男性が立っており、水平線を眺めていた。
 出会った時の男性でないのは分かるが、なぜかモルドは気づいた。彼がハーネックなのだと。
 男性は近寄るモルドに気づき、振り向き様に「やあ」と笑顔で声を掛けた。本当にハーネックであった。

「お前、あんなことしといて僕に何の用だ!」

 波の音がいつもより大きく聞こえる。程よく強い風も影響して。

「おやおや、久しぶりの再会をそのような邪見に扱うものではないよ」
 相手の気楽な態度に怒りが込み上げる。
 美術館での出来事が断片的に思い出され、更に込み上げる憤りが増した。
「――ふざけるな! お前のせいで僕は死にかけたんだぞ! それに、お前は師匠に何かしようと企んでる!」

 これは伝言から判断出来た。

「やれやれ、再会の矢先に頭に血が上るのは若い証拠だよ。それに」
 ハーネックは不敵に笑んだ。
「君は確か、奇文と相性が悪かったはずだが?」

 モルドは図星を突かれ、睨んだまま黙った。

「本来ならばどのような手段を用いても適性が好転する事は無い。奇文修復が出来るか出来ないか、そのどちらかで確定される。これは生まれ持ってのものだ。それを可能としたのは誰かな?」
 答えは眼前の人物。
「デビッドを師匠と仰ぐなら、どうしても奇文に侵された作品に入らねばならない。その体質を可能としたのは?」
 相次ぐ質問攻め。
 答えの分かる問に、どうしても言葉が出せない。それは答えたくない意地からくる。
「私は最も君の為に力を貸してあげている訳だよ? バザーの絵画では私の役目を果たさんがために惨事を見せる結果となってしまったが、私が君に聞かせた言葉も、荒療治も、全てが君の為となる結果に導いた。当然、デビッドを使う事も想定してだよ」

 上手く丸め込まれている。そんな気がする。
 それでもモルドはどこか腑に落ちない感覚に捉われながらも、抵抗の表情を崩さなかった。
 そんな折、ハーネックはモルドの後方に視線を向け、声を大きくして話した。

「君もそう思うだろ! 師匠殿!」

 声に便乗してか、強めの風が吹きつけた。
(誰にも気づかれずに来たはずなのに)と思い、モルドは反射的に後ろを向いた。
 すると、悠長に煙草を吸いながら、少し離れた所で傍観しているデビッドがいた。

「……し、しょう……。どうして?」
 いや、何よりも、『一人で来なければ――』これに続く一文が頭を過り、焦りの色を露わにハーネックに訴えた。
「ま、待て! 僕は確かに一人で来たんだ! だから――」
「安心しろモルド」

 デビッドが割って入り制止させた。
 そのまま歩み、モルドの少し前に立ってハーネックと向き合った。

すっ辛い手をよく考えるもんだ」
「ほう。私の手紙に一体どのような悪知恵が働いたと?」
「一人で来なければ多くの者を奇文塗れにする。そんなことを言わずとも、あんたの計画では遅かれ早かれ周辺住民を奇文塗れにしかねんだろ。そして、奇文塗れにする前に俺の弟子を言葉巧みに追い込み、あわよくば利用する。そう言う腹だろ」
「心外だな。私はモルド君のためになる事ばかりしてきたのだがね。君も分かってるだろ? 彼は適性者ではなかった。私がいなければ奇文修復など一生かけても出来ない仕事だ。感謝されるべきことだが?」

 デビッドはゆっくりと煙を吐いた。

「なら、それだけだ。モルドが適性者でないなら、真っ当な理由を告げて諦めてもらうだけ。あんたが荒事に巻き込み、その最中、適性が転じたなど偶然にも程がある。モルドの運が良かっただけであって、何一つあんたのおかげではない」
「おやおや、随分減らず口が上手く回るようになったなデビッド=ホークス」
 また、一服吸った。
「……おかげさまで」挑発の思いが籠っている。

 二人の会話に入れないモルドは、黙ったまま見届けるしかなかった。
 風と冬の海と少し荒めの波。対決でも起きそうな、静かで、それでいて恐ろしくもある状況。

「で、今日はどういった理由で弟子に会いに来た? あんたがらみの仕事話は弟子の手に余るのでな。師匠も同伴でお聞かせ願いたいものだが?」
「ああ。ぜひ聞いてくれたまえ。いや、むしろ君に一番聞いてもらいたいのだよ」
 デビッドから余裕の笑みが消えた。
「【聖女の儀】、あと贄は二つとなった」
 デビッドは目を見開いて驚きを露わにした。
「君には盛大にもがき続けてもらいたい。これから奇文修復を優先するか、私の儀式を阻止するか。まあ、それは君に決めてもらおうではないか」

 言った途端、眼前の男性は糸が切れた操り人形の如く、崩れるように倒れた。
 男性にハーネックが術を用いて憑いたのだとモルドは考えた。


 ハーネックに操られた男性を波打ち際から離した所に寝かせ、モルドは上着を被せた。
「師匠、どうして分かったんですか?」
 デビッドは先程の焦りを鎮め、答えた。
「どうもこうも無い。テーブルに手紙が散らかっているからと言って、”俺が手紙の宛先を確認していない”と同義ではないぞ」
「え、でも便箋は開いてた様子はありませんでしたよ」
「そりゃそうだ。俺が一度開けて、中身を見て、別の便箋に入れて置いといただけだからな」

 モルドは驚きのあまり言葉を失った。

「ごく普通の便箋に糊付けだったし、あいつからの手紙は初めてだろ? 偽装など容易だっただけだ」

 あの気づかれないよう必死になっていた自分が馬鹿みたいだと思いつつ、気を取り直した。

「え、あー、質問変えます」まだ少し傷が残ったままだ。「ハーネックの計画って何ですか?」
「これは教えられん。一年ちょっとしか奇文修復に携わってないお前には荷が重すぎる。これから奇文修復の仕事が増えるから、そっちを優先に励め。急を要する事だから、『一人立ち』の手筈も整えておくからな」

 どさくさ紛れに奇文修復師としての昇格を意味する言葉も含まれている。
 詳細を聞こうと、去っていくデビッドに駆け寄って訊こうとした。

「とりあえず二か月は問題ない。それまで奇文修復の数を熟せ」

 それが最後と言わんばかりに、モルドは何も訊けない空気の中、帰宅する事となった。
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