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四章 儀式と狂う計画
3 許可申請
しおりを挟む二日後、デビッドはモルドに一通の手紙を渡した。
「師匠……これは?」
「ん? 要望書だ」
珍しくデビッドは煙管を銜えているが火を点けていない。理由は、一昨日の晩に吸った煙草が最後であり、昨日今日と煙草を吸えず煙管を銜える時間が増えた。
「要望って、こんな立派な見た目の手紙をどうしろと?」
デビッドの説明不足はどうやら煙草を吸えていない事が原因と分かる。その証拠に、煙管を銜えて動かしたり口に銜えるだけと、だらしない姿勢を崩さなかった。
「それを管理官長に渡して許可を得て来るんだ」
「許可って? ……いや」管理官長と聞いて、嫌な人物、怪訝な表情のダイクが過った。「え……あの人と会うんですか?」
思い出すだけで気まずさと緊張が押し寄せて来た。
「仕方ないだろ。あいつがいなけりゃ、許可を得るまで数日待たなきゃならん。それに本部へ行かねばならん。あいつは今まで本部に戻ってたが、運良く今、役所にいるんだ。この機を逃して本部までって考えて見ろ、あいつみたいなやつらがわんさかいるぞ。そう考えたらマシだろ。それに、早いに越したことはないからな」
「あ、なら――」
「やめとけ。くだらん難逃れの策を講じるとあいつの逆鱗に触れて逆効果だ。そっちの方がかなり怖いぞ。潔く許可申請に行ってこい」
言おうとしたことが見事に見抜かれた。
改めて何の許可証かを訊いた。
「この前言ったろ? お前が奇文修復を一人で出来るための『環具貸し出し許可申請』だ。奇文修復師ってのは誰かの下で経験を積み、上の者が期を見て環具貸し出し許可申請をし、一人立ちの見極めや経験を何度も積ませる。本格的な一人立ちは環具を手にしてから、どんな奇文修復を成功させたかの実績で判断される。早ければ早い程、難しい案件であればある程、貸出期間が短くて済み、本格的に環具を与えられる」
そんな重要な許可申請書を、銜え煙管に、ソファで寝転ぶだらしない恰好で渡すものか? と、つい反論したいところだが、モルドは沸々と込み上げる感情を抑えるのに気を取られていた。
「え、っとぉ。では師匠、早速環具を貰ってきます」
師が師なら弟子も弟子なのか。まるで食材の買い出しに出かける感覚でモルドは出て行った。
「……大丈夫でしょうか、モルド君」
離れた所から掃除をしながら聞いていたシャイナが訊いた。
「大丈夫も何も、早く一人で出来てもらわねばいかん状況になったからなぁ」
「いえ、そうではなく。ダイクさんとです」
「あー。まあ大丈夫だろ。よくよく見れば似た者同士だからな。まだ馬が合わん状態だろうが、そのうち分かり合えるだろ」
言ってる雰囲気が煙草恋しさが分かる状態であるため、シャイナは素直にその言葉を受け入れなかった。
「……適当すぎですよ」
そう呟くように吐き捨て、掃除に戻った。
モルドは完全に浮かれていた。
今まで奇文修復はデビッドと一緒でないと作品に入れないため、全てがデビッド任せでありもどかしい気持ちがあった。
一人立ちというが、まだデビッドと一緒かもしれないとも思える。それでも一人立ちできるようにというのだから、一人で入って一人で解決できる。
気分の高揚は、考えれば考える程早くしたい衝動が増し、前向きにしか考えれなくなっている。
一人で修復もそうだが、作品の世界でデビッドが環具を回転させて何かを出現させることをやってみたい。
解決の糸口を見つけ、環具を使って大仰な変化を起こして解決したい。
シュベルトのように知的で落ち着きがあり、難なくスマートに案件を解決したい。
等々、モルドの夢は尽きないが、その大半が作品内部で格好つけたいだけであった。
まあ、未経験と若さゆえの感情であるのも否めない。
◇◇◇◇◇
ダイクは右肘を机に乗せ、額を右手で鷲掴みした。左手人差し指で何度もデビッドの要望書をトントンと叩き続けた。
管理官長への御目通りを願い出るまで平然としていたモルドは、管理官長室へ入った時には緊張が高まった。
デビッドの許可証を受け取ったダイクは、歯を食いしばり、眉間に皺が寄り、明らかな機嫌の悪さを露わにした。
なぜ受け入れないのか分からないまま、モルドは応接用のソファに腰掛けて恐怖していた。
「…………で? お前はどれだけの期間、奇文修復に携わった?」
苛立ったまま訊かれ、間を置いてモルドは「約一年二ヶ月」と、答えた。
深く大きな溜息が漏れるのを聞き、さらに呟きまで耳に入った。
「たった一年ちょっとでなぜ? 事故死でもさせたいのかあの体たらくは」
さすがにこれ以上待っても時間の無駄だと思ったモルドは、意を決して意見を述べる事にした。
「ちょっといいですか」
「なんだ」
「あまり師匠を悪く言わないでください。確かに僕は未熟ですが、でも僕の事を思っての事だと思うんです。この前だって変な奴が変な事言って挑発するし。とにかく、今師匠は忙しいんです」
勇気を振り絞って師を立てた。
今のモルドにはこの程度の抵抗しかできない。ささやかな抵抗だが、反論されても自分は師匠の味方として胸を張って何かを言える。
少しだけ頼りない勇気を胸に、ダイクの反論を待ち構えていた。
しかし、返って来たのは別の内容であった。
「その変な奴。名はなんだ?」
なぜか神妙な面持ちである。
モルドは『ハーネック』の名を出すと、ダイクは右手で握り拳を作り、口元に当てて考える素振りを見せた。
「………そうか。……だから」
思いがけない状況に戸惑うモルドに、ダイクは机の引き出しから小さな木箱を取り出した。それを持ってモルドの前まで向かうと、それを手渡した。
「――へ?」
「環具だ。お前の師匠が作品へ入る時の杖を見たろ。墨壺もある」
訳が分からない感情で木箱を受け取り、中身を見ると、歪にそこら中が凸凹の木の棒と、縦長の四角い硝子瓶が入っていた。
「……師匠のと形が違う」
「ベテランの物と比較するな。それに貸し出し用の環具だから当然だ。そして、使い方も異なる。詳細は師匠にでも訊け」
モルドが木の棒を観察し終わり、箱に戻して蓋を閉じると、ダイクが「モルド=ルーカス」と呼んだので、返事をして姿勢を正した。
「それを手にしたという事は、今まで通りの生活は送れない。より命の危機を伴う場所へ身を置く事になる。心して取り組み、精進しろ」
「は、はい」
不思議と今までの険悪剥き出しな感じが無いのが不思議でしかなく、素直に返事も零れた。
家に帰宅したモルドは、嬉しそうに環具を翳した。
「師匠見て下さい! これで僕も一人立ちに一歩近づきましたよ!」
大興奮の弟子に反し、未だ煙草が吸えないデビッドは、ソファで寝ころび煙管を銜えて書類に目を通していた。
「そうか。まあ、それは俺の杖と違って色々面倒だから、とりあえずは範囲内の机に置いた本の上にその棒を置いてこい」
「え? どうしてですか? 修復作業は……」
その返答に、デビッドは僅かばかり驚きを表した。
「あいつに聞いてないのか?!」
モルドは頷き、言われたままを答えると、デビッドは気堕落そうな溜息を洩らした。
「……その初心者用の棒はすぐに使えない。使用する奇文憑き作品に一時間ばかり触れた状態で放置して、それでようやく使用できる」
「すぐに作品内へ行けないんですか?」
「いや、行くのは出来るが。作中で変化機能が何一つ使えん。それじゃ奇文修復は無理だからな。馴染ませる時間は必要なんだよ」
納得したモルドは言われた通り、環具を机に置かれた本の上に置いた。そして使用可能となるまで静かに興奮して待った。
◇◇◇◇◇
「ほーれ、頑張れ頑張れぇ~」
デヴィッドはようやく吸える煙草に満喫中である。しかし作品内であるため現実世界の吸い心地とはまるで違う。
それでもデビッドは満足していた。よって言葉もどことなく軽快だ。
反してモルドは、眼前の問題にまるで答えが分からず、もの悲し気な目で何度かデビッドを見た。
「ヒントも手出しもしないぞぉ。こんな簡単な解決法、悩み抜いて解決しなけりゃ先は何も出来ないからな」
御尤もで分かりきった返答。
浅ましい、助力を求める甘ったれた気持ちが一瞬で叩き直され、モルドは再び問題と向き合った。
今、モルドとデビッドがいる場所は建造物と建造物の間が広く設けられた街中である。
街の光景はモルド達が住む街とさほど変わった所はない、煉瓦塀の建物が多い所だが、一見して違うのは全体の大きさである。
建物は民家でモルドの腰ほどの高さ。一番高い三階建てはあろう建物は、ほぼ目の高さに屋根が来る。
作品内に入って何か変化が起きるものかと思っていたが、何一つとして変化が起きない。
昼間の街中。
無人で無音。
一体何をすればよいかが分からない。
デビッドの助力が一切無い中、小一時間が経過すると、デビッドが「時間だ」と言って煙管を杖に戻し、天に向かって翳した。
突然の眩い光に包まれて、二人は現実世界に戻って来た。
「え、どうしてですか? 師匠……」
「ああ、用事の時間が来ただけだ。いや何より、そろそろお前も強制退去を強いられる頃合いだったからちょっと早めに帰還した」
強制退去。そんな機能があるなど聞いていない。
「作品の世界ってのは長居すると身体に支障をきたす。俺だって一つの作品に何日かかけて当たることは良くある。知ってるだろ」
複数回で解決させることは、今まで何度も見て来たことだから分かる。
「けど用事って何ですか? そんな予定は無かったはず」
「急な用事という訳だ。これから約一月程家を空けるから、お前は俺が置いていく奇文憑きの作品を解消しておくこと」
突然そんな爆弾発言を立て続けに言われ、モルドは声を大にして驚いた。
「ええぇぇ――!! 今、全然解決すら出来なかったんですよ! それすらいっぱいいっぱいなのに、まだ奇文修復を!?」
「んな程度で弱音を吐かれても困る。たしか、早く一人前になりたいんじゃなかったか?」
痛い所を突かれてモルドは黙った。
「一人の男として、いつまでもこんなおっさんの下働きに甘んじるのが性に合ってたのか?」
ぐうの音も出ない。
「シュベルトを見る目が、憧れに近い感情を伺えたぞ。まあ、ああいった卒なく物事を熟すスマートな男性になりたい奴を何人も見て来たなぁ」
憧れの対象まで読まれている。
「まさかこの期に及んで、”作品に出たり入ったりするのが楽しいから”とか、”作品の世界が奇抜だったり斬新だったり幻想的で、現実には無いものばかりだから”ってんで、楽しめたからもういいや。とか?」
裏声交じりなのはモルドに似せてると思われる。しかし似ていない。
「それは断じて違います!」
確かにそんな幼児が遠足を楽しむような発想は毛頭ない。
心踊る光景や興奮する場面などは確かにあり、今後も見てみたい思いはあるが、浮ついた感情で奇文修復に携わる気はさらさら無いのは本当だ。
「ってか、すいませんでした! 僕、ちゃんと師匠の与えて下さった奇文修復に励みます!」
時折の棒読み、ぎこちなさの残る発言が気にかかるが、デビッドは良しとした。
「まあ心配するな。どれも危険性は全くないものばかりで初心者向けだ。とはいえ、修復願いの依頼品である事に変わりないぞ。修復作業は早いに越したことは無いが、それで他が疎かになると重要な所を見落として最後まで分からなくなる。しっかり丁寧に観察して励め」
モルドはきちっと返事をした。
玄関へ向かうと、シャイナが既に旅支度の鞄を用意して待っていた。
「師匠。荷物結構少ないんですね」
「ああ、一日二日分の下着やら小物だけだからな。色んな連中の伝手で間借りしながらの用事だから荷物はそれ程いらん。下手すりゃ帰宅時にはもうちょい中身が少なくなってるかもしれん」
一体、どんな用事に向かうのか気になる所だが、仕度を整えたデビッドは、「行ってくる」と言って、出て行った。
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