奇文修復師の弟子

赤星 治

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四章 儀式と狂う計画

4 シャイナに迫るモノ

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 ――二時間後。

 モルドは再び作品の世界に入り、無人の街で胡坐を掻いて考え込んでいた。
 デビッドと一緒にこの世界にいた時、デビッドは今モルドが座っている所から一歩も動かずに全体時の状況を把握して解決の糸口を見つけていたと思われる。
 なら自分もその場に座って糸口を見つけようと試みた。

(なぜ師匠は黙って長期間に渡る旅に出た? どう考えてもハーネックの存在がそうさせたと思うが……そもそもハーネックと師匠はどういう関係だ? あの話し方だと幼馴染とか兄弟とか、あ、もしかして誰かの弟子同士だったとかか? だったらハーネックはなぜあんな奇妙な存在になった? 誰かの身体を借りて行動するとか、もう幽霊の域だ。死んでるのか? だったら怨霊か何かか? そんな奴に影響されて師匠が動くとも思えないし……)
 考えを巡らせると、ある人物の事を思い出した。
(あのダイクって管理官長、なんでハーネックの名前を聞いて態度を変えた? やっぱりハーネックは師匠とダイクって人と関係がある。なら、どうして僕に関わろうとする? 確かに僕はハーネックのおかげで奇文修復が可能となった。でもそれだけだし、あんな巻き込まれただけでそれ以外に特別な存在でも無いし。いや、実は僕の知らないだけで僕は何処かすごい人の血筋だったとか?)

 考えるだけ無意味だと悟り、突拍子もなく証明のしようもない妄想をやめることにした。

 もう、モルドの思考は奇文修復ではなく、デビッド、ハーネック、ダイクの三人の関係性を考えることでいっぱいとなり、気が付くと強制的に現実世界へと戻されていた。
 シャイナが修復の進行具合を確認するも、台所の席に腰掛け、テーブルに額を落として悩みと脱力加減を露わにした。
 もう、知恵熱でも出そうなほど、モルドは一向に進展しない悩み事に苛まれた。


 シャイナは、デビッドが用意した簡単な奇文作品の修復作業に没頭するモルドに気を使い、全ての家事を一人で行っていた。
 これは、時間を決めて家事の手伝いをしようと言って来たモルドの提案を断っての事である。
 元々一人でデビッドの世話をしていたシャイナは、デビッドより手のかからないモルドに変わっただけとの解釈だ。
 事実、家事の負担がかなり軽減して楽な思いはしている。
 よってシャイナは家事、モルドは奇文修復という分担が決定した。

 その日はデビッドが旅に出て三日後の事であった。
 シャイナは昼前に街へ買い出しに向かった。
 途中、家と街の間にある丘で彼女はその存在に気づいた。

 “ソレ”を一言で言い表すなら『真っ黒い人間』である。
 真っ黒いというのは、肌の色が焦げ茶色の黒人を指してではない。本当に全身が真っ黒い。
 衣服も肌も、髪と同じ真っ黒で染まった人間。
 色が黒くないのは両目と口を開いた時の口内のみ。
 誰が見ても不気味さに震えあがり、一目散に逃げだしてしまいそうなソレと目が合ったシャイナは、じっと見つめ合い、何の抵抗も無く歩み寄った。
 黒いソレも歩み寄り、近距離で向かい合う位置に立つと、ようやくソレが短髪の女児だとシャイナは気づいた。
 何を見てそう思ったかは分からないが、シャイナには女児だと断定出来た。

「あなたどこの子? お父さんかお母さんはいるの?」

 普通の子供相手ならその言葉は妥当だが、相手はその言葉が不釣り合いな外見。
 それでもシャイナには普通の迷子に見えている。

『……ねえ。まだ戻らないの?』
 女児の質問が不思議と言葉を詰まらせた。そんなシャイナを他所に女児はニコリと微笑んで続けた。
『残念だね。お父さん、間に合わなかったみたいだね。お姉ちゃん』

 それを告げると突然、真っ黒い女児を取り巻くように暴風が起こり、シャイナは腕で視界を防いだ。
 しばし吹きつけた暴風が止むと、真っ黒い女児が消えていた。
 シャイナが周囲を見回しても真っ黒い女児の姿は無く。
 不思議なことに、十秒後、今起きた出来事全てを忘れてしまっていた。
「私何してんだろ……買い物行かなきゃ」
 何かに気を取られて休憩していた。そう、頭の中では思い込んでいた。

 街へ入ったシャイナは気持ちが仄かに高揚していた。
 なにがそんなに楽しいのか分からないが、鼻歌交じりに周囲を見回し、寄り道に浜へ訪れもした。

(ほらみて! キラキラ光る石。シャイナも見つけてごらん)
 母親と思しき女性と楽しんでいた思い出が浮かんだ。
(空の瓶なんて見てどうしたの?)
(これにオテガミいれて、うみになげるの~)
 思い出されるシャイナは幼児である。
(この前見た絵本のように? シャイナはそのお手紙になんて書くの?)
(えっとぉ。うーん……あ、おともだちになってくださいって)

 浜を歩くたびに、幼少期、母と遊んだ日々の記憶がいくつも思い出される。
 暫く散歩した後、シャイナはさらに高揚した気持ちで店へ向かった。

「お、シャイナちゃん。なんかいい事でもあったんかい?」
 店の男性が訊いて来た。
「え? いいえ、なんでもありませんよ」
 それでも嬉しそうな顔を見て、男性はさらに訊いた。
「あ、ホークスさんが何か良いもの買って来てくれたとか?」
「デビッド様は暫く用事で家を空けてますから」
「え!? またどっか行ったのかい? あ、そういや弟子のモルドがいるから……」

 男性はそれ以上は言わず、自分の中で何かの答えを見出した。
 それはモルドとシャイナが恋仲になり、デビッドがいない事で自由にいれることと、年頃の男女の仲を想像した邪推である。

「モルド君と私は恋仲ではありませんよ。それに今、モルド君はデビッド様に渡された仕事に追われてますから、それどころではありません」
 きっぱりと言われた。なにより、なぜ邪推が読まれたか不思議がっていると、シャイナは「顔に出てますよ」と、言われ、男性は他所を向いた。

 そんなやり取りも終え、シャイナは必要な物を買い終えると、そのまま帰路についた。
 店の男性が気になったのは、いつも来た道を帰る筈なのにその日は逆方向へ向かった。
 機嫌が良かったから、なにか別の用事があるのだと思った。


 夕方、デビッドが与えた奇文塗れ作品の一つ、あの無人で小さな街の一件をようやく解決出来たモルドは、現実世界に戻った途端、達成感と疲労から絨毯の上で大の字になって寝転がった。
「――ようやくひとぉつ!!」
 寝転がって背伸びする際、無防備にそう叫んでしまい、それを台所にいたシャイナに訊かれた。
 小走りに駆け寄って来たシャイナは、寝転がったモルドと目が合うと声を掛けた。
「ようやく一つ目。ご苦労様です」

 モルドが見ても分かる程にシャイナは上機嫌である。

「シャイナさん何かいいことありました?」訊くと同時に起き上がった。
「はい。なぜか突然、お母さんの事思い出して。あ、綺麗な人だなぁって」
「――えぇぇっ!? 凄いじゃないですか! ずっと思い出せなかったのに、お母さんの事思い出すだけでもいい進展じゃないですか!」
「はい! 良かったです」

 嬉しそうに台所へ向かい、それを見送るモルドも気分が良くなり、夕食の手伝いへと向かった。
 その日からシャイナの上機嫌は続き、その度に母親の事を次々に、少しずつ思い出していった。
 思い出される光景が、この街での出来事ばかりであるため、モルドの推理からシャイナの出身地がここであることは固いと思われた。

 思い出話に会話が弾む中、何故か父親の事だけは思い出されていない事が不思議に思えた。とはいうものの、シャイナの記憶の中で父親の存在も思い出されてはいるが、顔が上手く思い出せないのだという。
 母親の傍らにいる事は思い出されるのだが、なぜか父親が思い出されない。
 それは父親に何かしらの苦手意識か嫌悪感を抱いているとも思われたが、よくよく聞くと、母親以外の人間の詳細が不明なままである。

 声はある、身体もある、存在もしている。しかし顔や詳細が思い出せない。

 記憶が思い出される時、一つの事をきっかけに次々と思い出されると思い込んでいたモルドは、本当の記憶喪失者が何かを思い出す時、こんな感じなのだと思った。

 何より、長年思い出せない情報を少しずつ思い出しているのだから、こんな思い出し方なのだろう、と結論付けることで納得した。
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