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五章 混迷する弟子達
3 双方の考察
しおりを挟むシャイナを失いハーネックと別れたデビッドが林を抜けて平原に出た時、前方から突風が吹きつけた。
咄嗟に近場の木に隠れてやり過ごす。風に乗って枯れ葉などが混ざっていたため、デビッドは腕で顔を覆った。
暴風が止み、腕を下すと事態の変化に目を見開く程に驚いた。
夜の筈が、日が昇った朝となっていたからだ。太陽の位置から九時か十時ぐらいだと思われる。
「……ちっ、奴の手の平の上って事か」
悩んでも嘆いても、立ち止まっている事に意味は無い。その意識が身に沁みついているデビッドは街へ向かって歩いた。
街へ戻り、デビッドが黒い“何か”を見た所に、いないと思われた人物の姿を捉えた。
「ギド!」
ある程度の距離まで駆け寄ると、残りは小走りでギドの元へと向かった。
ギドは地面を撫でて何かを調べている途中であった。
「どうした? 確か十日は間を空けると言ってただろ」
ギドは立ち上がり、デビッドと目を合わせた。
「事態が狂った。お前が経った翌日、俺の小屋に黒い女が現れた。顔だけ白いがそれ以外何もかもが真っ黒い女だ。それが奇文絡みと分かったのは、笑って地面に溶けるように消えたからな」
それでハーネックの件が絡んでると察したのだと、デビッドは臆測した。
「急な変更で悪いが、来させてもらった」
昨晩から立て続けに異常事態を経験したデビッドは、落ち着きを取り戻したのか、内ポケットから煙管とマッチ箱を取り出した。
火皿に煙草を詰めて火を点けると、大きく吸って一息、煙を吐いた。
「パイプ煙草は辞めたのか? いや、煙草事態を辞めた方がいいぞ。健康の為だ」
「これは紳士の嗜みと気持ちを落ち着ける為だ。キセルっつって、他所の国の煙草だが、この形と吸う仕草に魅入られた。珍しいから商売上覚えられやすいんでな」
そうか。と呟くギドを他所に、デビッドはもう一息吸った。
「これは聖女の儀ではないな。街も奇文塗れだ」
「そうだな。昨晩、奇文が波のように迫って街に入った。さっき街を見ても奇文塗れを確認した時、昨晩のアレが原因だと分かる」
「ハーネックとは会ったのか?」
昨晩の事を頭の中で整理し、デビッドは説明した。
「シャイナが攫われ、ハーネックに挑発されたよ。幸い、家を見ても弟子がいない事は不幸中の幸いだな。街がこうなっては安否すら不明だが」
ギドは考え込み、一つの案を提示した。
「時計塔の絵に入り、奴と直接対峙するしかない」
「俺もそれは考えた。というよりそれしか方法が無い。しかし打開策はあるか? 現状は無策なまま。俺に至っては環具だけで墨壺は弟子に預けた状態だ。後は苦手な秘術ぐらいしか頼りの綱はない」
墨壺がない事にギドは訝しい顔を滲ませたが、師弟関係であれば墨壺は弟子に預ける風習を知っている為納得し、仕方ないと思った。
「仕方ない。真っ当な修復作業も望み薄だったが策の一つには入れていた。だがそういう事なら気持ちよく断念出来る。嬉しい誤算は秘術を使える事か……。出来るんだな」
「ああ。これは弟子も知らんから、いきなり目の前で使ったらやり方をせがまれそうだから使わなかった。ただ大した術は持ってないぞ。苦手だから覚えが悪いのは治らん。役に立たん事に代わりないぞ」
「“秘術を使える”その体質が出来ている状態が幸いだ」
ギドは懐から薄手の本を取り出した。一般に出回っている本より一回り小さい。
「この三十二頁。それを俺が合図したら唱えてもらおう」
読むからに、奇文を分散させる内容だと、説明文から理解した。
「上手くいくのか?」
「それだけなら無理だ。俺は別の秘術を唱え、【複合詠唱】で奴を分散させる。今回の一件で管理官連中が大きく動くのは必須だ。分散されたハーネックを封じるなり消滅させるなり、そういった裏技は連中が手練れだからな」
「俺らの重要目的は、シャイナの救出とハーネックの分散という訳だな」
「ああ。奴も馬鹿じゃない。俺らが時計塔の絵画に入るとすぐ妨害行動に移る筈だ。それ等を祓う秘術は序盤の頁に記してる。お前の知ってるものであれば有難いが」
デビッドは最初から十頁ほど読んだ。
「どうやら運はこっちに味方してるみたいだな。俺の知ってる秘術だ」
ギドの口元から笑みが零れ、勝算を掴んだ。
「行くぞデビッド」
「ああ」
二人はデビッドの家に飾られている、時計塔の絵画を目指した。
◇◇◇◇◇
エメリア=ホークスを目の当たりにしたモルドは、奇文がこのような事態を引き起こすのだと思った。
同時に、不謹慎で呑気な事だがシャイナは母親似だと分かった。
「……これ、どういう事態ですか?」
「二回目の儀式でこうなった。一度目は彼女の中にハーネックが秘術で用いた奇文を収束させることで事態を収めたが、代償としてこの通り寝たきりだ。二度目の儀式で彼女を庇おうとしたシャイナさんが巻き込まれてしまい、家族と過去の思い出をほぼ完全に失う羽目になった」
「え? じゃあ、シャイナさんの記憶喪失は奇文絡み……」声が小さくなった。
「ああ。一度目の影響で大まかに記憶を失い、二度目であのようになった。シャイナさんの中に燻る奇文が薄まり、記憶が一時的に戻った時がハーネックが画策する儀式の日取りと我々は思っている。それに、奴が起こした奇文だからな、そういった事例が当然だと決定した」
事態はその通りになった。
「先生はシャイナさんを使用人として扱う雇い主になり、傍に置いた。その方が色々と効率が良かったからな」
「どういう事ですか?」
「失った記憶が身内に徹底していた。つまり、生活を送る分に支障のない記憶は残されていた。突然親だと告げて心労を嵩むより、使用人として振舞えば余計な手間が省け、先生もシャイナさんの記憶とエメリア夫人を戻す旅に励めるからな」
「じ、じゃあ!? 師匠の旅は単なる気晴らしや趣味じゃなく……」
「あの人は絶対自分の真意を語ろうとしない。ずっと、妻子の為に励んでいたのさ」
ダイクは物悲しそうな表情をエメリアに向けた。
「……いつも黙ったまま。俺が弟子をしていた時、二度目の儀式を阻止しようと躍起になっていた。そして先生は解決方法を考えながら、誰にも頼らず一人で解決法を考えていた。焦りや苛立ちを隠し、悠長に構えている姿を周囲に示していた。今にして思えば、あの煙管を吸う姿が俺を苛立たせるのに拍車をかけたのだろうな。俺は独断専行でハーネックに挑み、シャイナさんを助けようと試みた。しかし無様に奴の策に嵌り奇文に捕らわれ、末路は彼女のようだと覚悟した」
語られる末路は、視線からエメリアのようだと分かる。
「先生が現れて秘術を使い、俺とシャイナさんを助けてくれた」
「“秘術”って、何ですか?」
これに答えたのはマージである。モルドの後ろから語って来た。
「ある種の奇文にのみ使用を許される術の事よ。一般で使用すると作品自体を損壊してしまう力だから悪用を禁じる意味も込め、管理組織が特別に決めた修復師にしか教えない技の事よ」
ダイクが続けた。
「先生はハーネックに目を付けられてる事と修復師としての実力は他の修復師より突出して高かった。よって管理組織は、ハーネック関連にのみ使用を許された秘術を先生に許可した。先生に俺は助けられた後、シャイナさんの状況と先生への自責から管理官長を目指した。外部から先生を援護することを誓い先生の弟子を抜けた。何より、先生の下で修業をしても重要な事はひた隠しなままだと思ったからな」
飄々として、だらしなくもあるが修復師として実力のあるデビッド。
いつも顔を合わせれば怒鳴っていたダイク。
二人は互いを気遣いながら、今現在も師弟のままである。
記憶を失ったシャイナの過去。
大きく関連し、デビッド共々深い関わりのある女性・エメリア。
一つの家族が、ハーネックという脅威に壊されている様子は、あまりにも残酷で憤りを覚えるものであった。
(考えて考えて、考え続けてくれよ。君が師匠もその娘も救いたいのなら、私もついでに良い方向へ導いてくれたまえ)
昨晩の言葉が思い出された。
なぜこうも人外な存在のハーネックが、なんでも出来そうな存在が、あのように他者へ何かを託すような事を言うのだろうか。
「……一ついいですか?」
ダイクは「なんだ?」と返した。
「そもそもハーネックの目的は、聖女の儀ってのをやって、何をしたいんですか?」
ダイクは視線を逸らし、大きく一息吐いた。
「これは機密事項に含まれる内容だ。口外すれば重罪に値するが、それでも聞くか?」
もう、ここまで来たら知らなければ先に進めない。逃げていたら、恐怖を露わにして奇文に呑まれたシャイナを救う事が出来ない気がする。
モルドは意を決し、「お願いします」と言った。
「ハーネックの目的。聖女の儀を用い、人柱となった者を奇文に捧げて条件を整わせ、先生の肉体を我が物にする事だ」
モルドはもう、なにも考えれなかった。
一番ハーネックに近い位置にデビッドがいるという危険。
師匠を失う恐れ。
ハーネックが自由に動き回れる危機。
最悪の未来予想しか頭が働かなかった。
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