奇文修復師の弟子

赤星 治

文字の大きさ
47 / 66
五章 混迷する弟子達

4-過去編(1) 適材適所

しおりを挟む

 約二十年前。

「……ハーネック様……これは?」
 ある男が目の当たりにした光景は、石畳の円形広場で多くの者達が身体中から血を流して倒れていた現場である。
 その一体一体に傷は無く、どういう訳か血だけがそこら中に溢れて絶命している。
 その場に一人立っている男性・ハーネックは、無残な死体が埋め尽くす広場の中心に、その現場を作り上げながらも悠然としている。
 ハーネックは声を掛けた男の方を向いた。
「やはり君は生き残ったか。まあ、だろうとは思っていたがね」

 この日、ハーネックは人間である事を捨てた。

 ◇◇◇◇◇

 十五年後。

「先生、また洗濯物を脱いだままにしてる。子供じゃないんだからちゃんと決めた場所に置いてください」
 ダイクは子供に躾する主婦の如く、部屋掃除を行っていた。
 一方、ソファの上で寛いでいるデビッドは、煙管を銜え、一息ついて煙を吐いた。
「ほら、煙が充満するから窓は開けとくようにと言ったじゃないですか」

 ダイクは焦っている。それもその筈、溜りに溜まった修復作業を昨晩、ようやく終えたものの、客人が来るので掃除に励んでいた。
 この時間、シャイナと家事を分担するという事で、ダイクは掃除、シャイナは買い物に出かけている。
 尚、デビッドは腰痛を理由にサボっている。

「いやぁ、ダイク君は覚えも早く、もう一人立ちした。俺から教えることはもうない。後は家事に専念し、立派な"主夫"に」
「なりませんよ! それに奇文修復師の弟子になって、どうして主夫目指すんですか。主夫目指す男性なんて街にいませんよ」焦りから、声量が大きくなっている。

 こういった事はいつもの事で、デビッドのだらしない所をどれだけ指摘しても改善はされない。それでもダイクは諦めずに指摘はしている。
 デビッドの弟子になって三年。
 ダイクは修復作業の半分ほどを任され、着々と実力を上げていった。彼の成長速度は、従来の修復師よりかなり早いものである。

 昼過ぎ、デビッドとダイクとシャイナは応接室で客人の管理官長と話をしていた。その内容は、かねてよりダイクを管理官に推薦していたデビッドとの打ち合わせである。

「先生、一体どういう……」
 つい、デビッドの後ろからダイクが口出した。
 この話について、ダイクは何も聞かされていなかった。
 デビッドは掌をダイクに向けて黙らせ、話を進めた。
「ウチの弟子は飲み込みも早く器量もいい。そしてよく動く」

 向かいの席の管理官長は、出された紅茶を一口啜った。
 髪も、立派に蓄えた髭も、白髪が混じって灰色に見える。

「なんだ? お前の下に就くと仕事が速くなる術でもあるのか?」
「そんな術など必要ありませんよ。煙草を吸ってソファで寛げばいいだけの事」
「ははは。謙遜するな。皆まで言わんでも分かっている」

 デビッドは一切の謙遜をしていない。
 管理官長に語られた真実が受け止められない事が、ダイクは微妙にもどかしく思いつつ聞いていた。

「無駄話が過ぎた。ダイク君の件だが、実力、行動力、理解力がこの年頃では高いというのはお前の評価故にそうなのだろうが、管理官としての仕事はまた別の話になってくる。さらに判断力や決断力、柔軟な思考力が必要となってくる」
「だからといって、逸材をこのまま“主夫”にさせるのは勿体ないですよ」
「先生、俺はそんなものになりませんよ」
 いよいよ本気でデビッドはダイクを主夫にしたいのか疑わしくなってきた。

「話を戻しましょう。管理官の仕事は難解な試験をクリアしなければならない。修復師としての資格もいる。早々に新人が入ってきて成長しないのでは?」
「……まあ、痛い所を突かれればそうなるが」
「まあ、管理官長殿のお気持ちも察しております。それに、これは俺の独断で推薦した次第で、今は建前上大人しく聞いている彼も、後でどう言うかは想像がつきますがね」
「そこまで分かって、どうして推薦を?」
「仕事の幅を広げてやりたい。このまま俺と一緒にいると本当に主夫になってしまうし、色々と面倒事にも巻き込まれる。存じてますよね」
 管理官長は深く息を吐きながら背凭れに凭れた。
「親心と思ってください。得た知識と経験をどう生かすかは彼次第だが、何も出来ないまま歳を取るより生きていける力を身に着けて世に出したいのですよ」

 管理官長は暫く黙って考え、再びティーカップを手に取り、温くなった紅茶を一気に飲み干した。
「とりあえず簡単な仕事をこちらから渡すとしよう。それを日々熟してもらい、状況次第で仕事の質を変えていく。無理だと判断した場合、諦めてもらうとしよう」

 ダイクを管理官にする打ち合わせが終わり、管理官長が帰った後、予想していたようにダイクが反論してきた。

「どうして一度も相談してくれなかったんですか!」
「どうもこうも、俺が旅から戻ったらすぐ仕事で、話す機会は――」
「ありますよ! 第一、今朝の寛いでる時にでも話せばいいじゃないですか。それに、俺が修復師一本で行くのは反対なんですか?」
「駄目だ」煙管を吸って一息吐いた。「……理由は三つ。一つはさっきも話したが、色んな知識、実力を得て世に出したい師匠として親心。二つ目は、修復師は仕事一辺倒に生きると孤立する職だ。人脈を増やすのにも丁度いい。三つ目はお前が修復師だけというのが勿体ない」
「最後の……何ですか?」
「深い意味は無い。俺がお前を高く買っているというだけだ。そっちは気づいてないだろうが、逸材と見ているんだぞ」

 ダイクは気恥ずかしくなり、指で顎を掻いた。
 聞いていたシャイナが口を挟んだ。
「やったじゃないですかダイク君。頑張ってください」
 彼女の笑顔に反論の言葉を失ったダイクは、一息ついて納得した。
「分かりました。先生の名に恥じないように励みますが、勝手の違う職種でありますから、もしもの時は落胆しないでくださいよ」

 ダイクが弟子入りして三年。
 シャイナの言葉に落ち着きを見せ、対応や照れ具合、気遣いなど、彼女に向けての感情を理解はしている。だから、こういう時の一押しにシャイナが言ってくれるに限る。

「適材適所は理解している。その時はその時で諦めはつくが、出来る経験は積むに越したことはないぞダイク」

 ダイクはしっかりと返事をした。

 翌日からダイク個人の仕事として、管理官としての事務作業が加わる事となった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...