奇文修復師の弟子

赤星 治

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五章 混迷する弟子達

5-過去編(2) デビッドの兄弟子

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 それはダイクが管理官の仕事を掛け持って半年後の事だった。

 デビッドは管理官長から届いた手紙を見つけ、便箋の封を切った。
 前文に丁寧な暑中見舞いの挨拶を綴られ、本題に至った。
 本題の内容は、その殆どがダイクの仕事ぶりを褒めるものであり、律儀な事にどういう仕事を任せ、どういった結果をもたらしたかなどが綴られていた。
『しかしだ、ホークス君――』
 この一文からその内容が変わった。
 ダイクを正式に管理官とするならば、現在寝たきりのデビッドの妻、エメリア=ホークスの事を話さなければならなく、更にはハーネック絡みの機密案件を知る羽目になる。
 内容があまりにも一般修復師が知るような内容ではなく、二十二歳の若者が背負うには荷が勝ちすぎるのではと思われる。
 行き着く先の事を忠告する一文が締めの文とされた。

「ったく、優秀な弟子持つと気苦労ばっかだなぁ」
 ぼやきながら、テーブルに置いてある菓子パンを食べた。

 ◇◇◇◇◇

 その日、ダイクはシャイナに付き添い、街の国営特別病棟へ訪れていた。
 二階の海を見渡せる病室に、シャイナの母、エメリアが寝ていた。
 彼女は約十数年前、修復の際奇文に呑まれてしまい寝たきり状態となってしまった。月に数回、目を覚まして外を眺めるだけの時間を過ごすが、すぐに寝てしまう。
 食料摂取は不思議といらず、水分も見舞いに来た際、口の小さい水差しでゆっくり、少量飲む程度で済む。
 こんな状態で十年以上このままなのだから、現状が維持されているのは、奇文が関係しているのだと思われる。

「お母さん、今日はとってもすごい話があるの」
 シャイナはいつもなら見せない上機嫌でエメリアの手を握って語った。
「なんとダイク君が管理官になりました。しかも優秀だって」
「止めて下さいシャイナさん。なったって言っても”仮”の状態だし、採用試験もまだ受けてないのですから」
 笑顔がダイクに向けられた。
「いいじゃないですか。ダイク君は真面目だし働き者だし、皆ダイク君の事良いように言ってますよ」

 恥ずかしくなり、ダイクは顔が熱くなるのを感じ、視線を他所へ向けた。
 丁度、窓から潮風が吹き込み、薄くて白いレースのカーテンを揺らした。
 シャイナは海に視線を向け、昔の事を思い出した。

「お母さんが目を覚ましたら、お父さんと私と、それでダイク君も一緒に、昔みたいに浜辺を歩きましょうよ」
 ダイクは今の言葉が気になった。
「シャイナさん、記憶が戻ったのですか?」

 現在、シャイアは幼い頃の記憶の大半を失っている。
 覚えている事はエメリアとデビッドが自分の両親である事ぐらいなのだが、忘れている記憶に関して言えば、さほど日常生活に支障をきたさない。
 彼女が母親と浜辺を歩いていたのは、記憶を失ってから以降の出来事であった。
「ええ。全てではありませんが、なんとなくお母さんと一緒にいた所がちらほらと」
 だから機嫌が良いのかと、ダイクはその時思った。


 午後三時、家に帰宅したのはダイク一人だけであった。
 シャイナはもう少し母親と一緒にいたいと要望し、珍しく病室に残った。
 ダイクはこれから熟す家事の順序を頭の中で構築し、帰宅した。

「先生、今戻りました……」

 玄関に客人と思われる男性の革靴が置いてあり、ダイクは声を弱めた。
 きっと応接室で話をしてると思ったが、台所へ向かうとそこから見えるテーブルを置いてある居間にデビッドがいた。客人はデビッドの向かいの席に腰掛けていた。
 紳士服を着ているが、筋肉の付いた頑丈な腕っぷし、しっかりとした体格、肌の色は浅黒く口ひげを生やし逞しい男性という印象が強い雰囲気を醸し出している。
 デビッドと比べると、男気というものが溢れている者と僅かばかりしか出ていない者、雲泥の差が伺える。

「え、あ、すいません」ダイクは少し下がった。
「いいぞダイク。こっちに来なさい」
 デビッドの指示に従い、ダイクは居間へ入りデビッドの後ろに立った。
「紹介する。俺の兄弟子のギド」続いて客人の方を向いた。「こいつは俺の弟子のダイクだ」
 ギドはジッとダイクの顔を伺った。
「え、あの……なにか」
「いや失礼。しっかりした面構えの若者だなと思ってな」デビッドの方を向いた。「デビッドの世話をきちんとしてると思える」

 デビッドは、うるせぇ。と返すも、ギドの言葉はダイクに向けられていた。

「デビッドの不思議な才能だ。縁とも言えるだろうが、弟子時代、こいつの下にはしっかりした者がよく付いた。一人立ちしても君の様なしっかり者が付くなら羨ましい限りだよ」
「俺、そんなにしっかり者に見えますか?」つい、許可なく聞いてしまった。
 答えはデビッドがした。

「ギドの観察眼は的中率が高い。人相ならそれぐらいは分かる。ギドの下に付いた奴らは大体、こいつの男気と修復師としての実力に惚れた連中ばかりだ」
 紹介を兼ねた雑談に興じてしまい、ダイクは重要な事を忘れていた。
「すいません。すぐお茶を――」
「いやいい」
 デビッドがダイクを止めた。
「今日はお前にも聞いてもらう重要な話だ」
 席につくよう指示され、ダイクは素直に従った。

「先生、重要な話とは……」
「俺とギドの師匠、ハーネックという奴の事だ」
 ダイクはじっと、デビッドの話を聞き入った。
「奴は奇文を用いた特異な秘術を用い、【聖女の儀】と呼ばれる儀式を行おうとしている。これは、多くの作品、特定の人間達を犠牲にし、一人の女性を生贄とする儀式だ」
「その儀式を行うと、何が起こるんですか?」
「聖女とされる人間を生贄に、奇文を操れる力を得て、更に願いを叶えてもらえるそうだ」
 そんな、幻想奇譚小説のような話を俄かには信じられなかった。

 続きをギドが説明した。

「願いを叶える。というのは文献に記された内容だが、奴の目的は人間の身体を手に入れる事に重点を置かれている」
「どういう事ですか? その人、人間じゃないんですか?」
「元、人間だった男だ。俺達は奴が人間だったころの弟子でな、奴はある秘術を行おうと試みていたらしい。それで多くの弟子を従えた」
「弟子の数と秘術との関連って……え? それって」
 多くの弟子、それを必要とする秘術。その前に人を犠牲にする儀式の話。
 ダイクは気づいてしまった。

「勘のいい弟子だな。ハーネックはその秘術を成功させるため、弟子達を犠牲にして人間の身体を捨て、奇文に身を投じた。【奇文特異体】。我々も管理官連中もそう呼んでいる。この存在となった奴は人間として立ち回るには誰かに憑かなければならず、行動も制限が課せられる」
「じゃあ、そのために人間の身体を欲して? 矛盾してませんか? 人の身体を捨て、また欲するって」
「奴の真の狙いは、奇文特異体を経て奇文を操れる力を持ち、それで人間に戻る。しかも若くなった姿でな。こうなったら力を得た化物同然だ」

 説明の区切りとばかりに、デビッドがダイクに伝えるべき本題へ移った。

「奴は儀式の下準備を済ませたと情報が入った」
 顎でその情報源がギドである事を示された。
「俺はこれから聖女候補とされる者の所へ行ってくる。もしもの時はギドと一緒に事態の収拾に当たってくれ」
「ちょっと待って下さい。聖女候補って誰なんですか? それに、そんな死にに行くような先生を見送れませんよ」
 ギドが説明した。
「ハーネックの狙いはデビッドだ。奴の身体を長きにわたる儀式の終着点にしようとしている」
「何の保証があって先生なんですか。ギドさんだって、他に生き残った弟子の方だっていますよね」
「ハーネックの弟子は俺とデビッドだけになった。奴が身体を捨てた時、デビッドは奴の指示で遠征に出かけてな。俺は奴の企てに気づき難を逃れただけだ。そして、血塗れの仲間達の死体の山の中央で歓喜する奴に目的を訊いた。そしたら嘲笑あざわらいながら語ってくれたよ。余程秘術の成功を確信したのか、俺に止めれないと踏んでいたらしい」
「じゃあ、尚更先生が立ち向かうのはまずいですよ! 秘策は無いんですか」
 デビッドが答えた。
「俺も幾つか秘術を使える。それに奴を止めるのは俺でしか駄目だ」
「なぜですか!」
「聖女候補、それが妻のエメリアだからだ」

 それを聞いて驚いたダイクの中で、即座に焦りと恐怖が悪寒と共に迫って来た。
(今、エメリア=ホークスと共にいるのは……)
 答えの解っている問いが頭に浮かんだ。

「どうした?」
 ダイクの異変にギドが気づいた。
「……奥さんの病室に……シャイナさんが……」
 ダイクと同じ驚きと焦りと恐怖を、デビッドも感じ取り、急いで特別病棟へ向かった。
「先生!! 俺も――!?」

 向かおうとするのをギドに腕を掴まれて止められた。
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