奇文修復師の弟子

赤星 治

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五章 混迷する弟子達

6-過去編(3) ギドとダイク

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 街へ辿り着いたデビッドは激しく息を切らせ、眼前の光景に焦りを覚えた。こういう時、日頃の不摂生により早く動けないことを胸中で嘆いてしまうのは、昔からの事である。
 眼前には、奇文がまるで蛇のように街中を駆けまわっていた。

「――くっそ、早すぎるだろ……」
 呼吸が落ち着くと、早歩きで目的地へ向かった。
「あ、ホークス殿! 今お呼びしようと」
 管理官の女性が焦る様子を露わに駆け寄って来た。
「そんな事はどうでもいい。エミリアとシャイナは?」
「今、この街にいる管理官三名が向かっておりますが、奥様の部屋には入ることが出来ない時点で手詰まりです」
 デビッドの舌打ち後、女性は続けた。
「管理官長がお呼びです。管理官長室まで御同行を」
「言ってる場合か! 妻と娘があの中にいるんだぞ!」
「だからと言って、打てる手が無い状況では不利になるだけですよ!」
 反論の言葉が出ず、さらに女性の気迫に押されて黙った。
「状況把握も兼ね、一度管理官長と話される方がよろしいと思われます」

 渋っていても仕方がなく、デビッドは間もなく女性に従った。

 ◇◇◇◇◇

「いや、すまん。つい力が入りすぎた」ギドはダイクに謝った。

 デビッドが家を出て行き、それを追おうとしたダイクを、体術を用いて押し倒し、それでも抵抗するダイクを力づくで抑え、必死に説得した後である。
 二人は居間の席に向かい合うようについた。

「……いえ、俺こそ取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
 落ち着いているが、もどかしさの残るダイクに、ギドは敬語でなくてよいと伝え、話が進んだ。
「先生はどうなるんですか?」
「俺もハーネックが使おうとする秘術を調べた。それこそ必要な生贄の数や質、時期などもだ」
「一体、この儀式の犠牲になった人数と作品数はどれくらいなんですか」

 ダイクの心境ではこの質問を求める気持ちは無く、心無いが無意識に質問していた。

「人数は男女問わず六人。作品数は六作。これらは【ミルモ―ブカード】におけるカードの絵柄が関係している。占いなどに使用されている。知っているか?」
 そういった事に一切興味を持たないダイクは、いえ。と答えた。
「十二か月の星回りを元に、ある年に置ける星回りとカードの絵柄を合わせ、円形に配置し、その順番通りの犠牲を払っていく」
「そして今、その六作と六人が死んだって事ですよね。方法は分かりましたが、対応策は?」
「秘術には秘術を持って対抗するしかない。それは使い所を間違えれば作品を壊すほどに強力であるため、上級の修復師か管理官長など、修復師の力と資格を備え、国の幹部にまでなった奴が使える。そして、術を持っているという事は、それに見合う規制も強いられるという事だ」
 作品を破壊するほど強い。なのに存在はする。
 ダイクは秘術の使い所を理解した。
「秘術を使った邪な者や、異常とされる、いや、奇文が現実世界に溢れる程の緊急時のみ使用できるとかですね。でなければ存在意義も、使用制限をかける道理も通らない」

 ダイクの理解力に、ギドは笑みを浮かべて感心した。

「けど腑に落ちない事があります」
「なんだ?」
「先生はこの事を予見していた節があります。突然俺に管理官になるように言ったり、急な重大事態なのに偶然ギドさんがここにいたり。それから、ギドさんが先生について行かないのも先生の策かと」
「俺がここにいる事に問題が?」
「ええ。これは誰が見ても分かる程の重大事態です。もし先生が失敗した時、貴方がここにいる意味は何か? 考えられる可能性は、もしもの時の事後処理だけど、それだとギドさんは秘術を使える存在だ。先生も含め、二人は秘術を使える前提で話を進めている気がします。なぜこうなる前に対処しないのかとか、どうして二人で対処に当たらないのかとか、色々思う事があって纏まりませんが」

 ここまで聡明なダイクに、ギドは感服し、末恐ろしくも思えた。

「見事だ。君の推理通り、俺もデビッドも秘術を使える。ただ、あいつは公式に国から秘術を授かった。理由は家族がハーネックの犠牲になった事が原因だ。前回の儀式で妻を寝たきりにされ、娘の記憶が失われた」
 病気と教えられてた二人の容体に、ダイクは言葉を失って驚いた。
「調べにより、当然俺も国から事情聴取を受け、全容を話した。デビッドも犠牲になるならと、秘術を教えることが提案された。これが秘術をデビッドが使える理由だ。俺は裏事情で覚えた。違法行為なため、黙ってもらうぞ」
「法に触れてまで覚えた理由は何ですか? 返答次第で考えますよ」

 溜息を吐き、仕方ないと思いつつ、ギドは上着のボタンを外した。
 しっかりと身についた筋肉質な肌が露わになると、ギドが違法を犯す理由にダイクは絶句した。
 ギドの身体に、奇文が蔓植物のように蔓延っていた。

「これが国に気づかれると俺は研究対象となる。自分の身は自分で護らなければならん。それが理由で違法を犯しているという訳だ」
 ダイクは納得し、ギドも理解してくれた事に安堵した。
「……じゃあ、どうしてもシャイナさんを守れないんですね」
 そこにデビッドとエメリアの名前が無い事で、ギドは気づいた。
「あいつの娘に惚れてるのか?」
 突然の発言に、顔を赤くしてダイクは否定した。
「安心しろ、俺も男だ。女を好いて何が恥ずかしいものか」

 不敵な笑みが、揶揄われそうだとダイクに警戒心を抱かせた。

「絶対言わないでくださいよ」
「俺は口が堅い、安心しろ。しかし問題はどうするかだ」
 急に神妙な表情をギドが表し、ダイクは不安になった。
「そんなにまずいんですか?」
「俺はデビッドが失敗すると思い、ここに来た。あいつも覚悟を決めて事に当たる次第だろう」
「どうして失敗すると言いきれるんですか!」
「理由はハーネックが一度、聖女の儀をやり過ごした事にある。前回から今回までの空いた期間がそれにあたる。本来なら四~六年周期で行われるが、奴はこの期間を空けた。理由として上げられるのは、国の秘術が強力と知った為に力を蓄える期間を設けたと思われるが……まぁ、俺の調べた資料の情報不足なのでは? と突かれればなんとも言えんがな」

 なら、ハーネックに奥の手があってもおかしくない。自然とダイクはそう思えた。
 手の打ちようも、何よりどう対処して良いか分からないダイクは、頭を抱えた。

「ギドさん、俺にも手を打つ方法が無いんですか」
 ギドは黙ったまま流した。しかし、暫く沈黙した時間を過ごすと、ギドは意を決した。
「一つだけ。とても危険な方法ならある」
 ダイクは藁をも縋る程にギドを見た。
 ギドは血のように紅い墨壺を取り出した。

「デビッドの妻子がいる世界に現れたハーネック目掛け、この墨壺の奇文をぶちまける」
 それだけでいいのかと思った。その拍子抜けした表情を、ギドに読まれた。
「簡単と思うな。この中には別質の奇文が詰まってる。この方法の原理は、ハーネックの性質に同化した奇文に別物の奇文を混ぜ、儀式を妨害する方法だ。しかし問題もある」
「なんですか?」
「妨害後、奇文はお前と二人を襲うだろう。襲われる前に三人揃って外へ出なければならない。さらに、妨害成功率は高いが、失敗の率も含んでいるという事だ」
 ギドはダイクに墨壺を手渡した。
「総合して成功率は低い。しかしお前が彼女を救える方法はこれしかない。やるやらんはお前次第だ」
 ダイクは墨壺を握りしめた。
「もし成功して、そんな事したら、奇文が溢れるんじゃないですか?」
「事後処理担当者に向かってそれを言うか?」

 余裕の笑みが浮かぶギドの様子を見て、その心配は杞憂であると確信した。


 突きつけられた選択肢は二つ。
 やる。か、やらない。か、である。
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