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六章 あの子をお願いします
2 昔の話
しおりを挟むデビッドは膝が崩れたように座り、項垂れた。
「……エメリア………すまん」
エメリアの笑顔を見て、デビッドの耐えていた何かが崩壊した。
脱力してエメリアへ弱弱しい声で謝罪をすると、自分がしようと思っていた事全てが実行不可能となった事を思い出し、無力さを痛感した。
「………もう、シャイナを………」
(救えない……)その言葉が出なかった。
「やれやれ、久しぶりの再会なのに、仕方ないわね」
エメリアは立ち上がると、デビッドの傍まで歩み寄った。
「こうやって隣同士で座るのも久しぶりだから座るわね」
項垂れるデビッドの左側に座り、凭れるように寄り添った。
デビッドはまた謝った。
「俺は……何も出来なかった。何も……取り戻せなかった」
震えている。
エメリアはデビッドの手を優しく握った。
「それは謙遜しすぎよ。貴方は今まで多くの事を成し遂げて来たじゃない」
「買いかぶるな、全部何の意味もない事だ」
「意味はあるわよ。……あったじゃない」
優しくかけられる言葉でもデビッドは負担となる感情が解消されなかった。
「何もないさ。君とシャイナを助けられなかったなら……意味がない」
「……バカ……。貴方は私とシャイナの為に必死になって救う方法を探した。奇文修復も熟し、色んな国へ行って奇文に関する資料を読み、集め、解決策や秘術の考案に一役買ったりもした」
「けど……結果は……」
「貴方の知らない所で貴方の残した資料が奇文の問題解決に繋がる糸口になった」
エメリアは続け、デビッドは聞いていた。
「興味本位で読んだ人も綴られた言葉に影響され、誰かを救う道を歩み、今も人助けに貢献している。貴方に助けられた人が、今を生きてる人達が、別の誰かを助ける。何かを調べ、何かを書いたり作ったりして人々の心に大きく響かせる何かを築き上げる。それはさらに影響を与えて新しい何かを生んでいく」
「そんな他所の出来事なんてどうでもいい事だ。俺は、一番にお前達を助けたかったんだ」
「貴方を慕う者達が貴方に手を貸してくれてるじゃない」
ダイクとモルドの事が浮かんだ。
すると、どこかへ消えたモルド、自分を庇ったダイク。それぞれの最悪の未来を予想してしまい、両手で顔を覆った。
「でも失った。……ダイクはこんな俺とハーネックとの縁を切ろうと、管理官長までのし上がったのに、率先してシャイナを救おうとしたのに、俺は手助けすら出来なかった。モルドも一人立ちすらしていないのにシャイナを必死に助けようとしていた。そんないい弟子達を、俺は……」
エメリアはデビッドの背にそっと手を乗せた。その温もりがデビッドの背に溶けるように伝わった。
「ギドには敵わない。ずっと怪しいとは思っていたんだ。けど確証が無かった。確実に成果が実る時が来るまで無関係を装い続けたんだ。それが本当か嘘かが分からなかった。ずっとずっと……いや、あいつは失敗もやり過ごし、諦めることが出来る程の心構えでいる。だから隙を見せない。一辺倒で俺の兄弟子で居続けた。最後の最後まで味方でいた。あいつはきっと俺の使える秘術も、手の内も知っている。……勝てない」
エメリアは立ち上がり、心地よい風が吹く窓際まで歩み寄った。
外の海の風景を眺めていると、大きく一息ついてデビッドの方を向いた。
「貴方、こっちへ来てくれる?」
意気消沈のデビッドは、悲壮感を漂わせながらも窓際へ向かった。
不思議と、柔らかく吹く風が心のつっかえを和らげる。
「覚えてる? 貴方が私と出会った時の事。こんな部屋かからじゃないけど、波止場で師匠から盗んだパイプ煙草を貴方が吸う振りをしてたのよね」
デビッドは思い出した。
人間だったハーネックからパイプ煙草を盗み、その仕草に惚れて自分も同じことをした。けど当時十六歳のデビッドは煙草の良さが分からず、一度試しに吸ってみると咽てしまい、吸うのを止めた。だから振りだけである。
風の強い晴れた日の波止場。
昔、映画で見た、主人公が一仕事終えて波止場で一服する場面をデビッドは真似ての事だ。
丁度その場面同様の風が吹き、天気も良好。波の打ち寄せ具合も抜群。この機会を逃すまいと訪れた次第であった。
エメリアとの出会いは、散歩がてら立ち寄った波止場で、煙草に火が付いていないのに吸っているデビッドが気になって話しかけたことがきっかけだ。
二歳年上のエメリアは、年上らしい態度をデビッドに振る舞わず、女性らしい話し方や気遣いを続け、デビッドはそんな彼女が気になり、次第に惚れていった。
結婚し、シャイナが出来てからもエメリアの雰囲気は穏やかで、陽気で、明るい女性のままであった。
「ああ。格好つけた素振りが映画の真似事だって君はすぐに見抜いた」
「だってあの映画、結構有名だったから。でもそのおかげであの時、映画のことに気づいて貴方に話しかけることが出来た。ここだけの話、あの時話しかけようかどうか迷ったんだから」
「――本当か!?」
「一応、なんでも話せる乙女じゃかなったからね、当時は。あの映画がきっかけで、思わず声を掛けることが出来たの。で、アレがあったから私はずっと幸せだった」
しかし、シャイナが五歳の時からエメリアは人としての生活が出来なくなった。
「あ~、『元師匠のせいで、私が人間としての生活が出来なくなって、幸せは断たれたんだぁ』って嘆いてる顔だ」
デビッドはそっぽを向いて誤魔化した。
「貴方は知らないだろうけど、私、結構作品世界で悠々自適に堪能してたんだから」
当然知らないデビッドは、驚きを露わにエメリアを見た。
「一応、肉体は現実世界にあったけど、あの時はちょっとだけハーネックみたいだったから、作品世界と現実世界を行ったり来たり。喉乾いたから起きて、また寝たら別世界。夢みたいだったわ。けど、二度目の聖女の儀で完全に奇文に馴染んだ存在となった。肉体は現世で大事に保管されてたけどね」
それはつまり、ハーネックと同じような体質である。そして、そうある事がどういう事かをデビッドは悟った。
「何度も貴方達の仕事ぶりを見たし、シャイナの成長も見て来た。こんな体だけど我が子の成長はすごく嬉しかった。貴方の怠け癖のおかげかしらね。シャイナは立派な働き者の女性になった。見た目は私そっくりで、自分の本心を言わずに淡々と仕事に励む所なんて貴方そっくり。ある日突然病気に罹って倒れるタイプね」
エメリアの勘に、おかしくなって笑みが零れた。
「モルド君がいた時はあなた達の前に現れたりも出来たけど、どうしても相いれない存在だからか、分かってもらえないし覚えてももらえなかった。それはちょっと寂しかったかな」
スノーとして出会ってからの事をエメリアは思い出した。
「嘘だ。そんな特異な存在を忘れる事は……」
「忘れるのよ。だから今、貴方はここ一年間の修復作業で誰と出会ったとか覚えてないでしょ?」
言われてみて思い出そうとするが、確かにそんな変わった存在とは会っていない。
必死に回想しても微塵として思い出せない。かといって、エメリアが嘘を吐いているとも思えなかった。
「でも楽しかった。本当に……すごく楽しかった」
しみじみと漏らすと、エメリアは改めて視線を海からデビッドへ向けた。同時に、身体も向けた。
「貴方。今度は二人であの子達を助けましょ」
「……でも」
「もう、私の事気づいてるでしょ?」
デビッドは一呼吸吐いて同じように向かい合った。その表情は、エメリアの言葉の意味を理解してのものである。
「今度は私達の力であの子達の事を救うの。恐らくモルド君もそのつもりよ?」
「え、モルドは……」
「ハーネックが守った。どういう訳か、ハーネックはモルド君に肩入れしている。あの子の性格とハーネックの歪んだ性格だったら、必ずシャイナとダイク君の救出に加担してくれる」
これ以上悩んでも仕方がない。
考えが読めないギドとハーネック。両者に臆していれば大切な者たちを失う恐れしかない。
デビッドはエメリアの手を両手で握った。
「エメリアすまん。力を貸してくれ。それで、今度は皆一緒に帰ろう」
エメリアは微笑んだ。
「ええ。今度は一緒よ」
彼女の頬を涙が伝った。
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