憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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序幕

一 冬の桜の樹の上に

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 その日は綺麗すぎる月と星のよく見える冬の夜であった。

 吐く息が白く、風は無いが肌に微々たる刺激を与えるほどに寒い。そんな時期の夜に、咲くはずのない桜の樹が花をつけ、季節外れの仄かに柔い匂いを漂わせていた。

 太い幹の枝分かれした部分が、丁度座るに心地よい形を成し、そこに男が太い枝に背を預け凭れていた。右足を別の枝に乗せ、左足は膝を曲げ、膝小僧に腕を乗せている姿勢である。
 男は、その土地では珍しい服を纏い月を眺めていた。

「おや、奇怪な桜の樹に人がいるとは……怖くはないのか?」

 声をかけた男性が男を再びよく見ると、「ほう」と呟いた。
 桜の樹に乗った男は、自分を見上げる者に視線を向けた。

「どうだ。そこからの眺めはよいものか?」

 男性が腕を組むと左右の筒袖が前で重なり両腕を隠す。
 樹に乗った男は首を傾げた。

「お前、俺が見える・・・のか?」

 樹の男の言葉に乗って、白い息が吐かれては消える。その様子を眺めた男性は、さらに「ほう」と呟いた。
 傍から訊けば疑問を返しても仕方のない問いであるが、男性はその意図を理解していた。

 樹の男は『人間ではない』。

「まあな。そういう立場の人間だ。……この地の連中が、こぞってこんな冬の寒い夜に咲く桜が気味悪いと言って来てな。何とかしてほしいと言うが、幾分面倒事ゆえ、私に鉢が回ってきたので仕方なく。この桜はお前さんの仕業か?」

 樹の男は、話しかけてくる男性がどういった立場の人物かを理解して話した。

「いんや、この場所事態が特殊な【サカイバ】だ。数日すればどこか別の場所へ移る」
 意外と受け答えをきちんとしてくれることに、見上げる男性は気を許した。

「もしよければこのまま話し相手になってくれないか?」
「勘弁してくれ。俺は月を眺めてんだよ」視線を月へ戻し、また枝に凭れた。 
「いいだろ? このまま戻っても退屈な兄貴分と顔合わせて説明しなくちゃならんのだ」
「遅かれ早かれ顔合わすだろうが。俺といても時間の無駄だぞ」
「無駄なものか。むしろよっぽど有意義なものとなるはずだ」

 初対面にも関わらず、軽快に言葉を交わしてくる男性に、桜の樹に乗った男は面倒だと不快感を抱いた反面、若干ではあるが、興味を抱いた。

「…………後で怒られても俺のせいじゃねぇからな」

 男は、退屈しのぎが出来たとばかりに、拒みながらも微かに喜んだ。
 見上げる男性は歯をむき出すほどの笑顔を相手に向け喜んだ。

「私の名は【サネヒト】だ。お前さんの名は何と言う」
 その問いに樹の上の男は、自分には名が無いと返した。


 樹の上の男は、退屈しのぎの一時と思った。
 見上げる男は退屈な日常を抜け出せる不思議な一時だと思った。
 その日が終わればこの一時は終わりなのだと、この時点での二人はそのように割り切っていた。

 しかし、摩訶不思議な樹での出会いは、やがて多くの者達に多大な影響を与えることになるとは、この時の二人には露程も知る由がなかった。
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