憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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序幕

二 秋の夕方の惨事

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 それは残暑厳しい秋の夕方。陽光が一面に朱を混ぜた色彩で風景を染めた。
 昼間の蝉の騒音も弱まり、他の虫の鳴き声が静寂を心地よい騒音とばかりに響かせる。

 そこは敷地面積の広い廃れた家屋の庭。五人の子供が一人の子供に暴行を加えていた。実際、加えていたのは一人のふくよかな体格の子供であり、他の四人、標的の子供より小綺麗な服を纏っていた。
 暴行を加えている子供の後ろで四人の子供達は、時々小石を標的の子供目掛けて当てた。

「おい。友達の妖怪の姿でも見たのかよ」

 ふくよかな子供が標的の子供の耳元で囁くとすぐに立ち直り、標的の子の腹部目掛けて踏みつけた。防衛で護った腕に邪魔され胸部に当たった。それでも衝撃と痛みは被害者の子供にうめき声を漏らせた。

 被害者の子は啜り泣き、暑さと痛みで浮き出た汗が、地面の小石や土をへばり付かせた。
「痛い……」と嘆き、垂れた涎と、鼻水、涙が地面に滴る。

 流石に痛みに耐え、苦しむ被害者の姿に命の危機を感じたのか、石を投げつけた子供達四人は、攻撃を止め、執拗なまでに暴行するふくよかな子供に言い寄った。

「な、なあ……。さすがにこれ以上したら死ぬって」
「何言ってんだよ!」勢いよく蹴りつけた勢いで体を反転させ、痛みで腹部を押さえ丸くなる子供の膝と腰辺りに、どん! と座り込んだ。
「こいつは異常者なんだぜ! 泣こうが喚こうが、死んで同然の奴なんだ。きったねぇ姿で生まれたんだ。このまま汚く死んでも文句ねぇって父ちゃんと母ちゃんが言ったんだぜ」
「けどよぉ。死んだら俺たち役所に連れられて殺されるよぉ」
「ああ! 安心しろ! 俺の父ちゃんは役所の御偉方と仲がいいんだ。こいつが異常者だって町中の奴らが言ってんだから、俺らは何も悪いことしてないって言ってくれるさ」
 ふくよかな子供は、尻の下の子供の髪を掴んだ。
「へっ、きったねぇ奴がのうのうと生きてんじゃねぇよ!」

 地面に顔面をなすりつけ、ふくよかな子供は高嗤たかわらった。
 この光景に異様な危機感を抱いた四人の子供達は、視線で互い互いに止めるように促した。しかしそれは誰も出来なかった。

 子供達の在住している町には、【萬場屋ばんばや】と呼ばれる商業通りを統括する屋敷がある。
 町の税収に多大な貢献を成したためか、一商人でありながら庄屋ほどの権力を持ち合わせた家系である。そのため、この一族の機嫌を損ねるか害を成せば、この町で商業は営めず、さらには萬場屋の主人の命令により町中で酷い迫害を受ける。
 大人も子供も、その暗黙の了解を理解しながら生活をしている。
 そんな家に育てられた虐めの主犯格である子供は、我儘で皆がいう事を聞くのは当然と思っている。周りの人間は自分の命令は必ず聞く下僕としか見ていない。

 虐められている子供の悲鳴が極限に達した時、四人の子供達は目を閉じ、他所へと顔を向けた。

 その時、四人の子供達の背後から、草鞋を擦って歩く音が聞こえた。

 真っ先に気付いた一人が振り向くと、そこには頬が獣にでも掻かれたかのような、深く大きな傷をつけ血を流し、四人の服よりも土に塗れ汚れた服を纏った自分達と同い年位の男子が立ち止まって叫んだ。

「命で償う覚悟があるかぁ!」

 四人が抱いていた被害者の死への不安が一時払拭された。なぜなら、前髪で目元が見えず、口元の笑んだ姿に不気味さを覚え、不安が恐怖に染まったからである。

「ああ? てめぇも異常者だな! おい! そいつも連れて来い!」

 命令に逆らえず、自分達でも間違っていると気づいていながらも、従わなければならない状況に根性を振り絞り、後退りを止め、眼前の奇妙な子供に歩み寄った。

 二歩……三歩。ゆっくり歩み寄った途端、事態は急変した。

 不気味な少年は、その年齢では考えられない速さで四人の子供達に駆け寄り、左端の二人の内、一人は腹部を蹴って飛ばし、勢いそのままに二人目の顔面を蹴った。
 腹に一撃貰った子供は木の柵を突き破り、草むらの中に倒れ起き上がらない。
 顔面の一撃受けた子供は顔中が血に塗れ、倒れた。手足が小刻みに震え、まるで死んでいる印象を残りの二人に与えた。

 その驚く間さえも与えずと言わんばかりに、不気味な子供は近くの子供の顔面を殴り、庭の端まで飛ばした。生死は不明である。
 残りの一人は、泣きじゃくり、事態への恐怖から失禁してしまい、へたり込んだ。

 それでも容赦なく笑いながら寄ってくる子供に、何度も何度も詫びつつ庭の大きな岩場まで下がったが、迫ってくる不気味な子供は、逃げ道を失い泣いて詫びる子供の上半身を勢いよく蹴りつけた。
 両腕、両足で防いだが威力があまりにも強く、手足から鈍い破壊音が響き、二撃目で子供の後ろの岩が砕けた。それ程の威力を受けた子供は、人としての形を留めてはいたものの、ピクリとも動かず、もはや生きてはいない様子である。

 人間離れした鬼の様な子供は、その笑みを変えることなく、虐めの主犯である子供の方を向いた。
 自らの悪行の制裁者だと思った萬場屋の息子は、今まで痛めつけていた子供から離れ、震えながら立ちすくんでいた。

「わ、悪かった。お、俺は…お前が飛ばした四人の、指示に従って……仕方なく、嫌々で、こんなことしたんだ」
 擦り付けた罪の言い訳虚しく、返事なく近寄る子供に対する恐怖が、一層膨れ上がった。
「お、俺は! 萬場屋の息子だぞ! ……跡取りだ! ……お前の家族も! お前も! ただじゃ――」言葉を失った。

 萬場屋の息子の沈黙は、どれだけ吠えても無駄だと断言出来た。それはすぐそばまで寄ってきた子供の両目の白目部分が、血でも塗っているほどに赤く、黒い手ぬぐいで目隠ししているような黒い影が、目元周辺に落としていたからである。

 ――人間ではない。鬼の類だ!

 判断して、尻餅をついた萬場屋の息子から漏れた言葉は、「……助けて」の呟きであった。
 命乞いに容赦なく、不気味な子供は萬場屋の息子を蹴り倒し、何度も、何度も踏みつけた。残酷にも、四人の子供よりも中々死なないように、力を加減して踏みつけた。

 気を失いそうな虐められていた子供は、謎の子供の行動を所々、虚ろ眼で見物し、一度だけ正面を確認した。
 萬場屋の息子のように、奇妙な顔には見えなかった。
 不思議と気を失いそうな子供の眼には、笑っているその子供の顔がはっきりと見ることが出来た。

 萬場屋の息子は、痛みに苦しみ、自分が虐めていた子供のように泣きじゃくりながら、震える声で「た、たしゅけて……」と呟いた。その声が、引き金となったのか、虐められていた子供の耳に残り、静かに彼は気を失った。
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