憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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序幕

三 鬼に関する依頼

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『――そういう訳でだ、お前にはこの事について調べてきてもらいたい』
 女は、ある男との話を思い出した。
 囲炉裏の火で沸かした湯を、茶葉の入った急須に入れる最中の事である。

 思い出された記憶の男の、一番印象的なのは”目”だ。
 言動、互いの立場、会話した環境など、印象に残りそうな所は多々あるが、女が群を抜いて気になるのはその目である。

 時に剣呑けんのんであって、それでいて酔いしれて見ているようでもあり、笑みを浮かべながらも挑発的でもある。
 酔狂。とも言えるが、変化を間近で傍観し、堪能している。そんな様子が、酔狂の枠を突き破っている様にも思える。
 その眼差しに抱くのは、畏怖でも心ときめくものでもない。嫌悪に近い。
 しかし女は、長年の付き合いであるため、その目を仕向ける時点、男はある意味で正常なのだと思っている。

 男は女に二つの頼み事をしてきた。その二つとも、種類の違う【鬼】に関する内容であった。
 それを女は、上がり框に腰掛ける別の男性に話して聞かせた。

「それでだ」湯呑みに淹れた茶を渡した。「ほぼ高い可能性として、【葬術そうじゅつ】を使うであろう」
 男性は茶を飲む前に驚き、上がり框の上に湯呑を戻した。
「なぜその――……いえ……」

 反論の熱が冷めた理由は一つではない。

 女が決めたことをとやかく言った所で、聞き入れる筈もない。それは、ただ単に女が意固地なのではなく、その反論を通すだけの情報や要素が少なすぎ、押し通せるのは不可能に等しいからである。
 他の理由としては、この依頼を持ちかけて来た男の事を思うと、疑問ばかりが残った。

「察してくれるなら有難い。【一作いっさく】よ、この任を受けるに当たって、やってもらいたい事がいくつかある」
「その前にお伺いしたい。なぜあの男は、”この鬼”の討伐を? しかも……」視線で続きを語った。

 依頼主の男が、この女に命を失う危険性の高い仕事を命令する事が不思議であった。なぜなら、その男が女に抱く感情は、好意と言っても過言ではない程、気に掛けているのは傍目に見ても明らかである。

 男が変わり者であり、あらゆるもの事を道楽感覚で見ている事も、分かるが、なぜ好意を抱いている者へ、死ぬ可能性の高い依頼を与えるのか。
 一作には皆目検討もつかない。

「まあ、あの男の事は気にするな」
 女が依頼主の男に好意を抱いていない事も知っている。
「人を試して喜ぶ変わり者だ。考えた所で徒労に終わるのは目に見えている。奴の事はさておき、葬術を行うにあたり、死ぬ覚悟のある者を、お前を含め七名集めてもらいたい」

 一作は、十歳の頃の女性と長年の付き合いであり、死ぬ覚悟はとうの昔より出来ている。その心意気を把握しているため、女は一作を数に入れていた。
 無論、一作は躊躇うことなく了承をした。

「次に、私が合図するまで、私の事を【ススキノ】と呼んでもらう。これも皆に伝えておけ」

 『合図があるまで』とは、長期に渡る依頼の時に使われる事であり、滅多に下される命令ではないのに、なぜ使うか疑問が残る。

「なぜです? 人気ひとけのない所で会えば、その命令を下さなくとも」
「他でもない、この依頼があの男のモノだからだ。普通の依頼ならこんなことは必要ないだろうが、今回はあの“鬼”が絡んでいる。あの男に良からぬ企てを含む者が、もしも“ゲンタイ”や“イネンタイ”を用いて付けられでもすれば面倒だ。無駄かもしれんが、この小屋にも“シラカゼ”除けの術式を施し、その茶も特別な薬膳茶だ。一作の腹の内もそう易々と探れん」

 小屋は依頼主の男の恩恵で特別に五日ほど借りている。
 その恩恵すら女は少々の不快を抱きながらも、公私混同せず、現状のことを考慮して、盗聴・監視除けの術式を一日がかりで施した。
 そうまで警戒しなければならない依頼に、一作の身体に緊張が走った。

 了承すると、茶を一口啜ったが、温度が温く、飲めると判断するや、一気に飲み干した。

「ではススキノ様」
「敬称もいらん。年齢的にも呼び捨てであって申し分は無いだろ。集めた者にもその旨を伝えろ。年齢差により、自然な呼び方を意識させてだ。念押しで言うが、今この時をもって、私の名はススキノとしろ」
「……では……」少し恐縮した。「ススキノ」
 ススキノは顔色一つ変えず、訊き返した。
「確認だが、情報交換はいつもの方法で。別件の鬼を見つけた場合はどう対処すれば?」
「そうなった場合、鬼には近づくな。私が行くまでは手出し無用。そして、複数名で行動するよう伝えておけ」

 一作は了承すると立ち上がった。

「後々、他の者を経由してお前にもある命令を与える。届いた際には、そのまま従ってもらいたい」
「どのような依頼で?」
「まだ纏まっておらんから、委細には追々だ。まあ、情報収集とだけ伝えておこう」

 了承し、「では」と告げて、一作は出て行った。

 ススキノは、懐から封書を取り出し、一枚の紙に記された文章を読み終えると囲炉裏の火にくべた。
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