憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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二幕 思惑の旅路

二 夕餉の団欒

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 歩みの方向は、村人が指差した宿の前を悠然と通り過ぎた先。そこには周辺の民家と変わらぬ家屋があった。
 小窓から湯気や煙が昇っている事で、人は住んでいることを察した。

「……ここは……民家?」
「何よりまずは腹ごしらえ。このような集落ではこの方法が一番だ」

 そう言うと大きめの声で、「すまない。誰かいますか?」と戸を叩くと、いかにも農作業を終えたばかりのボロ服、膝部分に別の布を継ぎ接ぎしたものを穿いた男性が対応に出てきた。
 男性はススキノの顔立ちと肌の色合いから異国の者だと察し、面倒ごとに巻き込まれたと言わんばかりに眉間の皺が物語った。

「すまない。旅の途中道に迷ってしまい、二人分の夕餉を頂きたい」
 男性が拒みそうに一言発した時、腰に下げた布袋を手渡した。
「勿論タダではない。二人分でこれくらいだがよいだろうか」

 袋の中には銭が入っており、男性が中身を確認するや感心しながら何度も頷き、二人を家の中へ案内した。

「寝床は用意できんぞ。ワシと妻と子供達で寝るところが無いんでな」
「構わない。野営でどうとでもなるゆえ、食事だけをお願いしたい」

 家に入ると、囲炉裏に焚いた薪火と、その上に吊るされた鉄鍋、木の棒で刺した餅か団子のようなものが、火に翳すよう灰に棒の部分を突き刺して立てていた。

「ああ……。家族四人分しか作ってないから待っててください。野菜切って入れますから」
「すみません突然」永最が謝った。
「安心しろ。焼き団子はそんなにないが、飯も漬物もある。田舎臭いもんで良ければ食うに困らんよ」男性は言いつつ自分の席に胡坐をかいた。
「どうも、感謝します」さらに深々と何度も頭を下げた。

 男性は子供を呼ぶと、庭先で、竹細工の玩具で遊んでいた男児と女児の二人が元気よく入ってきた。
 縁側を上がった途端、永最とススキノを見るなり、男性の足元まで駆け寄ってしがみ付いた。
 珍しい者に怯えながら眺める二人の頭を撫で、男性が宥めた。

「大丈夫、大丈夫だ。夕餉を一緒に食べるだけだ」

 それでも怯える子供達を安心させようと、ススキノは小さな独楽を二つ取り出し、子供たちの気を引いた。
 一つの独楽は爪楊枝よりも太めの棒が刺さっているが、もう一つの一回り大きな独楽は、棒の部分が末広がりの小さな平面がある珍しい形の独楽である。

「さて、見た目は変でも独楽は独楽」
 珍しい方の独楽を、両手の小指と掌の側面を上手く擦り合わせ独楽を回した。
 子供達は興味を持ち、独楽の傍まで寄った。
「こっちは当然回る独楽」
 右親指と人差し指で摘まんで擦り、独楽を回した。
「さて御立会い。この紐を使ってこっちの独楽にこの小さい独楽が乗るかどうか……」

 子供達はその状況を楽しみに、興奮した眼差しでススキノの行動に注目した。
「出来るかい?」と子供達に訊くも、二人とも「出来ない」と返し、独楽とススキノに視線を移動させ結果を催促した。

「では」

 ススキノは紐を小さな独楽の芯を中心にして間隔を空けて一周回し、紐の両端を少し高い位置に構えた。
 体制も片膝を立て、真剣な眼差しで独楽に集中すると、ここぞと言わんばかりに紐の両端を引っ張った。すると、独楽を囲うように構えていた紐の輪が急速に縮まり、高い位置で引っ張った分、同時に持ち上げられた。
 紐が完全に輪を無くし、一本の張りつめた紐を他所に、宙を舞った独楽は、もう一つの独楽の小さな台の上に着地し、二段重ねの独楽が回る状況を作り上げた。

「おお~!! すごい!」
 子供達は歓喜の視線をススキノと独楽に行き来させて向けた。
「へぇ。器用なもんだなお前さん」
「いえいえ、私などこれが限界。曲芸にもなりません」

 ススキノの謙遜を他所に、子供達は男性に言い寄った。

「ねぇ、父ちゃんも出来る?」「できる?」兄に続いて妹が言葉を真似るように訊いた。
「馬鹿野郎、父ちゃんがんなもん出来るわけねぇだろ」柔らかい物言いである。

 子供達のススキノと永最へ向ける警戒は解けたが、今度はススキノの傍で夕餉を頂こうと、子供達の場所取り合いが始まった。

「ねぇ、もっと見せて」「みしぇてぇ」
「仕方ないねぇ。けど、先にご飯にしよう」
 視線の向きで、母親が追加した葉物野菜を鍋に投入してかき混ぜている所であった。
「ささ。出来たから先に食べるよ」

 六人分の椀に汁を入れると、二人には続いて椀に入った飯と漬物が添えられて渡された。
 ご飯は男性も女性も子供達も食べた。さらに焼き団子を四人は食べたが、食べないススキノと永最を見かねて、子供達は自分たちの焼き団子を半分にしてそれぞれ渡した。

 僅かな家族というものの団欒の席。
 大昔のように感じられた父と母との貧しいながらも温かく穏やかな憩いの思い出を、部分的に永最は思い出した。

 ◇◇◇◇◇

「すいません。夕餉を頂くだけでしたのに随分長く御暇いたしまして」永最が礼を言った。

 一方のススキノは、別れが惜しくて抱き着く女児を抱き上げ、背を撫でて泣き止むように宥めた。

「いえいえこちらこそ、片づけに子供らの相手、申し訳ないです。それに、お坊さんの方だったとは存じ上げねぇで無礼ばかりを」
「いえいえ。正式にはまだ就いてませんので。修行僧です」

「ほぉら。永最様とススキノさんが行けないでしょ」
 男児は膨れながら母の足にしがみ付いた。
「ほら、おっかさんを困らせないの」
 女児は頭を振ったが、父親に引き剥がされ大泣きしてススキノから離された。
「いい加減にしろ。ススキノさんが困ってんだろ」
 それでも泣きじゃくる子供の頬にススキノが手を添えた。
「寂しくない。また会えるから。今日はこれでさよならだよ」
「……また……」

 すすり泣きながらも大人しくなった女児に、「いい子」と告げると、男児にも別れの挨拶を告げ、その百姓一家を後に目的の場所へと向かった。
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