憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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二幕 思惑の旅路

三 昨晩の現象

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「ここですか?」
 そこは、宿から二枚分の田を挟んだ太い畦道である。
「今からお主には結界を張ってあの宿を見ていてもらう」
 百姓一家の時に見せた優しい女性らしい一面はすでになく、素っ気ない印象が戻った。
「見るって……。何かを見つけるのですか?」
「今回の目的は異念体や幻体を祓う事ではない」

 そう言われると、ますます混乱した。本当にここへ何しに来たのだろうか。

「では、何の意味があって……」
「私が宿に入り、お主が宿に何かしらの変化が無いか観察してもらう」

 永最はその行為の意図が全く理解できなかった。
 幾人もの手練れの祓い手が訪れ、何度も原因究明にあらゆる手を尽くしたのなら、今自分たちが行おうとしている事はただの繰り返し。
 永最は、自らは術に関してはまるっきり素人同然であるから、尚の事観察する意味が無いと思った。

「意味があるのでしょうか?」
「さあな、今回の目的はお主の鳳力の修業だ。この集落の異変は、いわば自然現象のようなもの。もし何かしらの変化を伺えるのならそれは儲けだろうな」
 ススキノは途中で拾った木の枝で円を描き、永最にそこへ座るよう命令した。
「お主には色々説明を端折はしょったが、この村での用事と言うのは嘘だ」
「嘘……ってなんの意味があって?」
「竹藪でのことを覚えているか?」

 それは、幸之助と天邪鬼が炎の人間と熾烈な争いを繰り広げていた時、自分はススキノの援助で結界を張り、白風を凌いだ。

「お主が唱えていた結界譜は白風を凌ぐにはうってつけのものであった。宗教事に身を置く者は出来て当然のものをお主は出来なかった」
「それって、私が修行を怠けてることに対しての説教ですか?」不貞腐れた表情でススキノへ視線を向けた。
「そうではない。出来ぬ事を責めはせんが、別の問題があるのやもしれんのでな。あの場は咄嗟に嘘を吐き、それを確かめるためここへ来た」

 嘘を吐いた理由に、天邪鬼に勘繰られる事を防ぐ理由もある。
 そして、一つの賭けではあったが、あの場で幸之助が着いて来れば、別の言いわけを考えなければならなかった。その手間が省けた事をススキノは、内心で安堵している。

「今回は結界を維持するところから始めよう。そうすれば自然と鳳力に慣れ、次第にできてくる」
「過去にも出来なかった人がいるのですか?」
「例を挙げるなら、献身的に修行に励んだが、初歩の鳳力術が出来ん者も、お主のように神仏を崇める寺や神社、霊峰と謳われる場所などに身を置きながらも出来ん者もいた。原因は、出生や心に異念体や幻体が憑いているなどが主だったものだ。他にも出来ん理由はあるが、一番可能性が高いのはそれらだ」
「私にも何か憑いていると?」
「さあな。憑かれれば大体は異常と判断出来る人間性をしていたりするが、お主にはそれが無い。私にはお手上げだが、そういったものはまた今度、手練れの祓い手にでも調べてもらうといい。それより始めるぞ」

 ススキノが永最の肩に手を乗せ小声で呟くと、木の棒で円を描いた部分から光の柱が立ち昇った。その光の柱は永最の頭頂から頭一つ分の高さまで伸びた。
 光の揺らぎが安定すると、ススキノが手を放した。

「どのような感じだ?」
「えっ……と、気を抜くと、倒れそうな……安定しない、フラフラしたような……」
「気を抜けば結界は消える。体感が安定しないのは集中していない証拠。何を唱えてもいいが、自分は光の柱にいる想像を定着させるんだ」

 言われた通り光の柱にいる想像を明確にさせ、自然と経を唱えるように口が動いた。声は出ていない。
 数十秒後には体感が安定し、普段通り座っている感じがした。

「それを維持していろ。私は宿へ行く」

 そう言い残すと、淡々と宿へ向かって突き進んだ。
 呼び止めようにも、気を抜くと結界を消してしまう焦りが、どうにかこうにか精神を安定させた。

 あれよあれよと、ススキノは宿まで辿り着くと、躊躇うことなく戸を開けて中へ入る。

 間もなく、異変らしい現象が眼前で起きた。それが眼前だけではなく周囲一面、集落全体で起きている事に気付いた。
 突如地面から染み出るように現れた白風が、地面を白く染め上げ、一面が真っ白に変わると、天目掛けて上昇した。
 結界への集中どころか、異変が集中を断ち、即座に白風の柱に呑まれた永最はそのまま気を失った。


 突如、視界に映し出されたのは夕日の朱に染め上げられた広い庭園。

 四人の子らが一点を黙視している。その先には二人の子。
 一人が一人を椅子のように座していた。

 その六人を永最は知っている。
 暫くしてもう一人増えた。途端、光景が連続して瞬間を映し出した。

 蹴り飛ばされる一、二秒。
 何度も蹴られる一、二秒。
 恐怖する子ら個々の表情。泣き顔。
 一人の子の上に座っていた子の怯える顔。
 蹲る姿。それを何度も蹴り、踏みつける光景。

「…………起き………最」

(………た………)蹴られる子の声が聞こえそうだ。

「……おい…………永……」

 どこかで声が聞こえる。(――たしゅけて)
「――違う!!」

 強い感情を露わに叫んだつもりが、目を開けた途端、そうでないことが明らかとなった。
 視界には溜息を吐き安堵するススキノの姿が飛び込んだ。

「驚いた。まさかお主がうなされるとはな」

 叫んで飛び起きたのなら、ススキノも驚いている筈。つまり彼女の驚きはそれではない。
 不思議と、そんな他愛ない事に気が回り判断できた。が、気に留めれるほど、頭の中に余裕はない。

 昨晩の出来事。
 夢の内容。
 思考が上手く回らない。

「……あれ、ここは?」起き上がり周囲を見回した。「村の外?……あれからどうなったのですか?」

 そこは村を見渡せる台地の上である。

「さあな。案の定起きたら日の出の翌日だ。宿の戸を開けて入った後の記憶が無い。お主は何を見た?」

 覚えてることは限られている。何より、たった今見た夢の光景が強烈すぎ、その前の記憶が曖昧ではあったが、一つはっきりしていた。

「自分の視界に入る分の地面が白く染まった。それだけしか」

 それを聞いたススキノは、目を見開いて驚いた。

「なんと、変化を見たのか?!」
「そこだけですよ。後は夢ぐらいで、何一つ解決に繋がるものは……」
「いや、それだけでも大収穫だ」
「と言いますと?」
「お主はあの村に入った時、どのように感じた? 竹藪での緊張感があったか?」
「いえ、とても穏やかだった。変な言い方ですけど、夕餉を頂いたあの家が前から住んでいる自分の家のような安らいだ気持ちでした」
「この件は解明が困難な分、幾つかの仮説が浮上した。そのうちの一つの可能性を証明させる手がかりを得た。それは、この村自体に異念体群が憑いている。それは悪意を働くのではなく、守護に近い性質を担っている」
「守り神……という事ですか?」
有体ありていに言えばそうなる。作物の出来も良い分、他の村や町に行く回数も減る。そのため来た道に鬱蒼と草が茂り、道らしいものが無かった。この集落はまさに楽園のような場所。そういった仮説はいくつもあるが、核心を得る証拠にはなる」

 村の変化に驚いているが、それとは別にススキノが抱いていた仮説は、この出来事をもって証明された。
 それは永最に関する内容なのだが、この時点では口外せずに伏せた。
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