43 / 56
六幕 あの日の真相
十 約束
しおりを挟む宗兵衛は竹筒に入った水を正三郎に渡した。
「まあ飲め。幼子の頃のことなど悔やんでも仕方ない。俺も自らの誤解で喧嘩して泣かした奴らの事に申し訳ないと思いもしたが、今となっては笑い話にしかならんよ」
過去の光景が終わり、『こいつはすぐ起きる。言いたいことがあるならその時しろ』と言って志誠は敷地の外に消えた。
志誠の使った結界は元々、幼い幸之助に憑いた獄鬼と幼い永最に憑いたモノにより、この屋敷に漂う気流が傷んだため、妖怪が見える術を起こせた。
志誠の姿を正三郎が捉えることが出来たものの、結界が消えると志誠の身体は霧が晴れるように消えたように見えた。
「庄之助はあんなものをいつも見てたんだな」
悲壮感が漂う正三郎に、掛ける言葉を捜しつつ、宗兵衛は頭を掻いた。
「お主が悔やむ必要はない。過去は過去、今できる事だけすれが良いではないか」
突然、永最が呻きだし、身体をよじりだした。暫くして、安定する寝相が決まったらしく動きが止まり、ため息のような大きな呼吸を三度すると、ようやく目を覚ました。
重い瞼を何度も瞬かせ起き上がると、まだ意識がはっきりしないのか、周囲を寝ぼけ眼で見回した。
「大丈夫か永最」宗兵衛が訊いた。
まるでひどい酔いから醒めたように、頭を傾げ、事態の把握に苦労していた。
「あ…ああ。…………なんとか。……でも、はっきりしない」
額と目を交互に何度も摩った。
「……さて、この先で志誠が待ってる。先に行くから落ち着いたら来い」
永最の肩を二度軽く叩いてその場を歩き去った。
気まずい沈黙の中、宗兵衛の姿が見えなくなると、正三郎が土下座した。
「庄之助。本当にすまなかった!」
憑かれながらも本心を訴えた永最に、どうしても言いたかった言葉を率直に告げた。
記憶がはっきりしないせいもあり、突然の正三郎の土下座姿に困惑した。
「何が何であれ、弁明のしようもないことは分かってる。けど、どうしても謝らないといけないんだ!」
とはいえ、憑かれて以降の記憶がまだはっきりしない。
「まぁ、待って頂きたい。まずは……本当に沼田正三郎でいいのか?」
頭をあげた正三郎は素直に頷いた。
「今までの記憶が無いのか?」
「あ、ああ。記憶といえば記憶だが……」
所々断片的に印象に残った記憶が浮かんではいるが、ゆっくり整列されていく不思議な感じであった。
永最がようやく正三郎と向き合うと、怒声で責めていた記憶が整ったのを思い出した。
「……本当に誤解していたのだな……」大きくため息を吐くと項垂れた。
「誤解でもいい。俺はお前に死んでほしいと思われても仕方ないことをしたんだ」
整理された記憶は、自分が嫌っていた妖怪が自分をいたわる姿と、志誠が自分に何かを告げている所だが、その部分がどうしても思い出せない。
「沼田殿」
正三郎は余所余所しい言い方に、これが今の自分と永最の距離感と察した。
過去に同じ時を過ごした同年代と言う風に思われていないと痛感するも、それでもいいと受け入れた。
「確かに私は自分に危害を加えた者達が死ねばよいと思っていたそうだ。認めてなくても、誤解した記憶で皆が死んでいると記憶していた」
また、正三郎は黙って頭を下げた。
「止めてくれ、そういう事ではない」頭を再び上げる正三郎を見て続けた。「結局、私は何かのせいにして自分を正当化しようとしていただけなのだとはっきりした」
生まれて初めて妖怪を、過去の再現光景とは言え、見たことを思い出した。
「奇妙な術で昔のあの日を見た。お前が妖怪を見えている事をそこで知った。…………本当に……妖怪が見えるんだな」
間をおいて返答した。
「……ああ。物心ついた時には見えていた。その前からも見えていたのだと思う」
「苦しんでいたのに、追い打ちをかけることしてすまんかった」
まだ記憶がはっきりしない。憑かれていながらも罵詈雑言を浴びせていたことは憶えているが、自分の声にも拘らず自分の声でない。
酒に酔ってフラフラしている時に自分の身体を操られたような奇妙な感覚である。
「………止めよう。今更昔の話を蒸し返しても何の意味もない」
ゆるりと立ち上がると立眩み、二呼吸程で元に戻った。同時に、記憶すべてがはっきりと整った。
これもまた、過去の過ちが招いた結果だとしたらやむを得ず受け入れるしかない。
正三郎が決心すると、突然名前で、しかも下の名前で呼ばれ、永最の顔を見た。
「今度、一緒に酒でも飲まないか?」
………許された。今まで何の重しを抱いていたわけでもないのに、不思議と何かが外れ、解放された気がした。
「………ああ。ああ! 飲もう! 来てくれるか分からないけど、弥七や重太や満明にも声をかけて、集まったみんなで飲んで、話をしよう!」
嬉しい。気分がすごくいい。嫌な事ばかりだったのに、今は凄く、凄く凄く胸が温かい。
二人は握手で別れと再会の約束を交わし、永最はその場を去った。
去ってゆく背に向かい、正三郎は深々と頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる