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六幕 あの日の真相
十 約束
しおりを挟む宗兵衛は竹筒に入った水を正三郎に渡した。
「まあ飲め。幼子の頃のことなど悔やんでも仕方ない。俺も自らの誤解で喧嘩して泣かした奴らの事に申し訳ないと思いもしたが、今となっては笑い話にしかならんよ」
過去の光景が終わり、『こいつはすぐ起きる。言いたいことがあるならその時しろ』と言って志誠は敷地の外に消えた。
志誠の使った結界は元々、幼い幸之助に憑いた獄鬼と幼い永最に憑いたモノにより、この屋敷に漂う気流が傷んだため、妖怪が見える術を起こせた。
志誠の姿を正三郎が捉えることが出来たものの、結界が消えると志誠の身体は霧が晴れるように消えたように見えた。
「庄之助はあんなものをいつも見てたんだな」
悲壮感が漂う正三郎に、掛ける言葉を捜しつつ、宗兵衛は頭を掻いた。
「お主が悔やむ必要はない。過去は過去、今できる事だけすれが良いではないか」
突然、永最が呻きだし、身体をよじりだした。暫くして、安定する寝相が決まったらしく動きが止まり、ため息のような大きな呼吸を三度すると、ようやく目を覚ました。
重い瞼を何度も瞬かせ起き上がると、まだ意識がはっきりしないのか、周囲を寝ぼけ眼で見回した。
「大丈夫か永最」宗兵衛が訊いた。
まるでひどい酔いから醒めたように、頭を傾げ、事態の把握に苦労していた。
「あ…ああ。…………なんとか。……でも、はっきりしない」
額と目を交互に何度も摩った。
「……さて、この先で志誠が待ってる。先に行くから落ち着いたら来い」
永最の肩を二度軽く叩いてその場を歩き去った。
気まずい沈黙の中、宗兵衛の姿が見えなくなると、正三郎が土下座した。
「庄之助。本当にすまなかった!」
憑かれながらも本心を訴えた永最に、どうしても言いたかった言葉を率直に告げた。
記憶がはっきりしないせいもあり、突然の正三郎の土下座姿に困惑した。
「何が何であれ、弁明のしようもないことは分かってる。けど、どうしても謝らないといけないんだ!」
とはいえ、憑かれて以降の記憶がまだはっきりしない。
「まぁ、待って頂きたい。まずは……本当に沼田正三郎でいいのか?」
頭をあげた正三郎は素直に頷いた。
「今までの記憶が無いのか?」
「あ、ああ。記憶といえば記憶だが……」
所々断片的に印象に残った記憶が浮かんではいるが、ゆっくり整列されていく不思議な感じであった。
永最がようやく正三郎と向き合うと、怒声で責めていた記憶が整ったのを思い出した。
「……本当に誤解していたのだな……」大きくため息を吐くと項垂れた。
「誤解でもいい。俺はお前に死んでほしいと思われても仕方ないことをしたんだ」
整理された記憶は、自分が嫌っていた妖怪が自分をいたわる姿と、志誠が自分に何かを告げている所だが、その部分がどうしても思い出せない。
「沼田殿」
正三郎は余所余所しい言い方に、これが今の自分と永最の距離感と察した。
過去に同じ時を過ごした同年代と言う風に思われていないと痛感するも、それでもいいと受け入れた。
「確かに私は自分に危害を加えた者達が死ねばよいと思っていたそうだ。認めてなくても、誤解した記憶で皆が死んでいると記憶していた」
また、正三郎は黙って頭を下げた。
「止めてくれ、そういう事ではない」頭を再び上げる正三郎を見て続けた。「結局、私は何かのせいにして自分を正当化しようとしていただけなのだとはっきりした」
生まれて初めて妖怪を、過去の再現光景とは言え、見たことを思い出した。
「奇妙な術で昔のあの日を見た。お前が妖怪を見えている事をそこで知った。…………本当に……妖怪が見えるんだな」
間をおいて返答した。
「……ああ。物心ついた時には見えていた。その前からも見えていたのだと思う」
「苦しんでいたのに、追い打ちをかけることしてすまんかった」
まだ記憶がはっきりしない。憑かれていながらも罵詈雑言を浴びせていたことは憶えているが、自分の声にも拘らず自分の声でない。
酒に酔ってフラフラしている時に自分の身体を操られたような奇妙な感覚である。
「………止めよう。今更昔の話を蒸し返しても何の意味もない」
ゆるりと立ち上がると立眩み、二呼吸程で元に戻った。同時に、記憶すべてがはっきりと整った。
これもまた、過去の過ちが招いた結果だとしたらやむを得ず受け入れるしかない。
正三郎が決心すると、突然名前で、しかも下の名前で呼ばれ、永最の顔を見た。
「今度、一緒に酒でも飲まないか?」
………許された。今まで何の重しを抱いていたわけでもないのに、不思議と何かが外れ、解放された気がした。
「………ああ。ああ! 飲もう! 来てくれるか分からないけど、弥七や重太や満明にも声をかけて、集まったみんなで飲んで、話をしよう!」
嬉しい。気分がすごくいい。嫌な事ばかりだったのに、今は凄く、凄く凄く胸が温かい。
二人は握手で別れと再会の約束を交わし、永最はその場を去った。
去ってゆく背に向かい、正三郎は深々と頭を下げた。
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