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六幕 あの日の真相
九 あの日、違えた真実
しおりを挟む「おい。友達の妖怪の姿でも見たのかよ」
それは、武弘が幼い永最に暴行を与え、弱っている耳元で囁いた場面である。
正三郎の証言では妖怪が見えている事を知らないと言ったが、どうやら武弘だけは知っている様子が伺える。
突然の再現に戸惑いながらも、正三郎は武弘が永最の秘密を握っていたことを理解した。
武弘の暴行に、命令とはいえ小石を投げつける幼い正三郎達。
思い出したくない過去の光景に目を背けた彼へ、宗兵衛は静かに告げた。
「背けるな。詫びる事だけが償いではないぞ。自らが傷つけた者と向き合い、苦しむのも償いの一環だ」
言葉を受け入れ、正三郎は自らの愚行と向き合った。
子供達が投げつけた小石は、何度も幼い永最に命中したが、衣服の部分が多く、懐の当たっても痛くないであろう箇所や、近距離であれ外す石も多く伺えた。
改めて見ると、誰の目で見ても判るように、武弘以外の子供たちは幼い永最目掛け、嫌悪感を本気でむき出して石を投げつけていない様子が伺えた。
「こうして見ると、存外虐められた側が優遇できる言いわけでもなさそうだなぁ。投げる石の勢いが弱い。まあ、服の下の傷に当たってお前が痛がっている意見を尊重出来るかは判断しかねるがな」
憑かれながらも永最は小刻みに震えながら自分の過去と向き合った。
「な、なあ……。さすがにこれ以上したら死ぬって」
「何言ってんだよ!」
武弘が腹部の痛みを押さえるように丸くなった永最に座った。
「こいつは異常者なんだぜ! 泣こうが喚こうが死んで同然の奴なんだ。きったねぇ姿で生まれたんだ。このまま汚く死んでも文句ねぇって父ちゃんと母ちゃんが言ったんだ」
「けどよぉ。死んだら俺たち役所の連れられて殺されるよぉ」
「ああ! 安心しろ! 俺の父ちゃんは役所の御偉方と仲がいいんだ。こいつが異常者だって町中の奴らが言ってんだから俺らは何も悪いことしてないって言ってくれるさ」
武弘は幼い永最髪を掴んだ。
「へっ、きったねぇ奴がのうのうと生きてんじゃねぇよ!」
地面に顔面をなすりつける場面、止めようにも止めることのできない四人の子供達。
見守る宗兵衛、正三郎、志誠、憑かれた永最は、じっと眺めた。
「命で償う覚悟があるか!」
その言葉に過去の者達、そして過去を観る四人も向いた。
幼くも狂乱者のように目を見開き笑みを浮かべ、頬に獣に掻かれたような傷口から血を流す子が現れた。
「あれが憑かれた幸だな」
子供の内二人が蹴飛ばされると、ここからは正三郎のように一人の背の低い男児が屋敷内に逃げ込んだ。しかし、痛みで悶絶していた筈の永最に蹴り飛ばした光景が再現された。
「――嘘だぁぁぁぁ!!」
叫んで小刻みに震える永最。志誠は再現された光景の後、ゆるりと彼に視線を向けた。
「どうやらこっちが真実みたいだな」
飛ばされた子供は痛みに苦しみ、泣きながらその場を去った。そして、互いに憑かれた幸之助と豹変した永最が対峙した。
「こんなのは偽りだ!! 所詮は鳳力が見せる幻だぁぁ!」
志誠は幼い彼らのやり取りに眼を向けつつ浮かんだ疑問を問うた。
「そういえば……」
まるで憑かれた永最の訴えは聞いていない様子である。
「お前は虐めた連中を殺したくて仕方ないんだったよなぁ?」
真っ赤な眼の睨みが志誠に向けられた。
「幼いながらにこれだけ鳳力を発して暴行を加えたお前が、どうして特別な力も無い正三郎と武弘を殺せなかった?」
睨んだ目が見開いた。
「そうだろ? 武弘が死んだのは御上の命による処刑。正三郎はこの通り生きている。この光景から同一人物だと判る。正真正銘この時分の子供だ」
「何が言いたい」
宗兵衛も正三郎も志誠に目を向けた。丁度過去の永最が鳳力で幸之助を吹き飛ばしたところであった。
「お前はこの時から。いや、今でもそうだ。どう足掻いても自分を虐めた奴らを恨みはしろ、殺すことは出来ない」
「戯言を! 何なら今から殺してみせようぞぉ!!」またも鳳力を使おうとした。
「殺せん理由はここからだ」
それは、幼い正三郎の胸倉を掴んで投げ飛ばし、一度目の蹴りを加えた場面。
正三郎の背にした岩に激しい亀裂が走ったものの、正三郎自身は腕を痛め、激痛に泣きべそをかいていた。
「制御しきれん鳳力が出鱈目に流れたが、二度目の蹴りが加われば、確実に正三郎は死ぬ。……これが出来ん理由だ」
光景を見定めよと捉えれる発言に、一同、その後の光景に気を取られた。
「………助けて……」
正三郎の言葉に、二度目の蹴る行動を、幼い永最は止めた。
攻撃を止め、標的を武弘に変えた永最は、標的を睨み付けてゆるりと歩み寄った。
その間、負傷し、恐怖と痛みに苦しむ正三郎は気を失い、失禁して股が濡れた。
「違う! 私は殺したかったんだ!! 助けもせず、私の苦しみも知らず、呑気に強者の言いなりであった連中をどうしても!!」
「いい加減にしろ!!」
志誠の怒声に、現実の永最は黙り見開いた眼を向けた。
「お前は弱者であったが故に、危害を加える者達の心情を自分の解釈で決めつけた。それ故に真実から目を背け、自分のいいように解釈した」
見開いた永最の目から涙が流れた。
幼い永最は、自分がやられたことへの仕打ちと言わんばかりに初手で腹部に危害を加え、悶絶する武弘を踏みつけていた。
「けどなぁ、お前はどうしても人を殺せない。その理由――」
「た……しゅけて……」
べそをかき、失禁する武弘の言葉を聞き、幼い永最は踏みつける行為を止めた。
すかさず逃げる武弘を見逃し、その場に立ち尽くした幼い永最の真っ赤に見開いた眼からも涙が流れた。
「”助けて”。その一言でどうしてもとどめを刺せなかった」
永最は言い返せず、肩が上下するほど呼吸した。
「お前は窮地に救いを求めた。だから自分の暴行で救いを求める者に、被害者である自分を重ね、どうしても殺せない」
永最は今にも泣きそうなほどに眉根を垂れ、眉間に皺を寄せ、頭を左右に振った。
そんな様子に容赦なく追い打ちをかけるように志誠は続けた。
「両親にしてもそうだ。蓬清の話から分かった。確かにお前の両親はお前が普通の人間には見えないものを見えていたことを理解していた。さらに虐められている事も知って対策を練っていた。そして、貧乏にも関わらず下した選択が、蓬清の寺に預け、自分たちは他の地で生きていく選択をした。当然だ。寺で子供を預けても、自分たち大人が養ってもらえる環境ではなかったからなぁ」
幼い永最は、暫く呆然と立ち尽くすと涙を流して倒れた。
「大事な一人息子を手放し、他所で生きていくと決めた両親が、本当に妖怪が見えるお前を嫌って逃げたと思ったのか?」語気に力が籠る。
永最は思い出した。父が引きつった笑顔で寺の階段にまつわる話をしてくれたことを。
母が別れ際に抱きしめ、泣き顔を見せずに、隠すように父が自分の前に立ちはだかって別れの言葉を掛けたことを。
「………違う…違う違う違う!」
「妖怪が見えていた。お前は自らが嫌われるのは妖怪のせいと決めつけることで楽になった。両親に捨てられることも、妖怪が見えたせいで嫌われたと思い込み楽になった。全てを妖怪のせいに、憎む対象を妖怪に。それで真実と向き合う事を拒んだ!」
「違う!!」
過去の行いと庄之助の苦しみを痛感した正三郎の目からも涙が溢れた。
「なら、お前の見えてる妖怪達はどうしているか見てみろ」
虐めとその解決の光景に捕らわれていたため気づかなかった妖怪達の姿を、永最はようやく気付いた。
この光景は正三郎と宗兵衛にも認識できた。
幼い頃、痛めつけられ悶絶しながらも、薄れゆく景色の中で子供の手のひらほどの小さな毛むくじゃらな妖怪が、傍に寄って眺めていたことがあった。
現在、鳳力による再現だが、映し出された過去の毛むくじゃらの妖怪は、気を失った永最の身体を撫で、あるモノは痛む箇所を撫で、あるモノはその場所に覆いかぶさり、小刻みに体を震わせた。
「連中には何の力も無い。ただ、お前を気遣う事だけに尽力した」
永最は表情を歪ませ頭を振った。
「互いに干渉できないことは知っていた連中もお前同様、見る事だけは出来た。意味を成さないが、せめて傷を癒そうと、必死に手当てをしたんだ」
「……あああ……ああ……うあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
永最が泣き叫ぶと、暫くして黒い霧が放出され、一塊の形を保つと、彼方へ飛び去った。
黒い霧が抜けた永最は意識を失い倒れた。
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