憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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六幕 あの日の真相

八 永最の恨み

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「出鱈目を言うな! こっちは……、あなたが本当に沼田正三郎かどうかも分からないのに、虐められてた私が……。仮にあなたが正三郎本人だとしてですよ。いつどこで襲えたというのですか! 萬場武弘が生きてる間は報復一つが命取りのあの状況で!」
「覚えてないのか?! お前はここで俺を襲ったんだ」
「無理だ! 私は武弘の暴行で身体を動かせなかった。誰も分かってもらえないだろうが、意識も飛びかけたんだ! そんな奴がどうやって襲えたんだ!? 別の奴が来たのを見てた筈だ! それが分からないのなら、あなたの言っている庄之助は、私ではない別人だ」
「別じゃない! 確かに奇妙な子供は来た。「命で償う覚悟はあるか」と叫んで、弥七と重太は襲われた。子供ながらに蹴って殴ってであそこまで人が飛ぶのかと、今思い返しても信じられないことだ。けど、見かねた武弘がそいつの元へ向かった時に、お前が立ち上がって襲ってきた。屋敷内に逃げようとお前の傍を通った満明をお前は捕まえて投げ飛ばした」

 混乱で永最は反論できない。

「それは無理では?」
 激昂した言い合いに割って入ったのは宗兵衛である。
「二人の話は食い違えど、萬場武弘なる子の暴行は同じと見た。なら、さすがに手ひどい仕打ちを受けた永最がそのような力技に出るのは不自然だ。反撃できたとして、その満明なる子があまりに小柄で痩せているならどうにか考えれるが」
「満明は、背は俺より少し低かったが、小太りで軽くはなかった。だから不思議だった。飛ばされた満明は地面を転がって擦り傷だらけで泣いて逃げた。庄之助の近くにいた俺が次の標的だと震えながら実感した。半べそで詫びて許してもらおうとしたら、凄まじい速さで俺の口を鷲掴みにして塞ぎ、屋敷の敷地へ放り投げた。続けて武弘も放り投げた後、見知らぬ子どもが庄之助に襲い掛かったんだが、まるで狼か熊同士の喧嘩のように殴って蹴って引っ掻いての争いが暫く続いて、庄之助が雄叫びのように叫んだら、その子供がどこかへ吹っ飛んだ。それ以降、そいつは戻って来なかった」

 正三郎の話は、まるで化け物同士の争いを抱かせた。

「違う……私はただ虐められただけだ。お前達をやったのは幸之助殿だ………」
「本当だ。顔半分に黒い影が掛かって赤い眼をむき出しにしていた庄之助に俺が先に襲われた。胸倉掴まれて岩に投げられ、勢いよく蹴られた。二度目が来ると覚悟したら、来なくて、武弘の方へ向かい、安心して気を失ったんだ」
「違う違う違う…………。私は……私は…」

 頭を押さえ、後退り、焦点の合わない目で地面のあちこちを何度も見、戸惑う永最の頬を涙が伝った。

「まだ逃げるか? 虐めの被害者でありたいがために、妖怪俺達を嫌いたいがために、恨み妬みを正当化したいがために。信じがたい真実を受け入れたくないのだろうが、お前はお前の手で仕返した」
 志誠が言いつつ正三郎と宗兵衛の前に立ち、永最に木刀の切っ先を向けた。
「私は………本当にやってないんだ……」絞り出すような訴え。
「そろそろ思い出せ。お前は虐めた連中が死ねばいいと思ってたんだろ?」冷酷に訴えを否定した。
「違う…違う。私は……本当に………」
 視界が突然暗がりだし、身体の奥から激しい憤りを感じ熱くなってきた。
「………」

 次第に呼吸が乱れ、三人に怒りに満ちた目で睨んだ。

「――殺したくて殺したくて仕方なかったんだよ!!」

 声色が重く、二つの声が重なっているように聞こえた。さらに、永最の顔、上半分を影が覆い、真っ赤に染まった目で三人を睨み付けた。
 過去の変貌した庄之助を思い出した正三郎は、怯えて後退った。

「宗兵衛、そいつの傍を離れるな」
 頷いた宗兵衛はいつでも刀を抜けるように構え、正三郎を自身の傍へと寄せた。

「当然だ。何一つ害を加えていない者を集団でいたぶり、何の罰か分からんのに何度も何度も許しを請い、何度も何度も救いを願ったものの、誰一人として助けようとしなかった! 慈悲すらも与えなかった! そんな連中を殺したいと思って何が悪い!!」
「違う! 俺たちは武弘に逆らえなかっただけだ!!」
「やかましいわぁぁぁ!!」

 鳳力による突風が三人を襲ったが、志誠が木刀を横に構え、鳳力の壁を作って防いだ。
 風が止むと正三郎は再び叫んだ。

「聞いてくれ! お前も知ってるだろ。萬場屋の者に逆らえば自分たちが目の敵にされ迫害を受ける。俺たちも仕方なかったんだ!」
「弱者ぶるな! それでも気分が良かったのだろ? 共通の敵を見つけ、厄除け代わりに殺さず生かし、自分たちの保身となる生贄に仕立て上げた。気に入らなかったんだろ! 人とは違う存在が! 不気味だと偏見を持ち、こいつならどうなってもいいと思っていたんだろ!!」
「待て、何の話だ?! 俺たちはお前を不気味だと思っていない!!」

 自分たちの心情の叫び合いの食い違いに、志誠は何かを納得した。

「……そういう事か」
 呟いた後、永最に志誠は睨み付けられた。
「元はと言えばお前達の存在が悪い!」
 目に籠った力強さは、正三郎に向けていた比ではない。
「何が悪い? 俺はただいるだけだ。お前に何一つとして害を与えてはいないぞ」

 志誠に恐怖も焦りもない。平然と、堂々と構えている。

「黙れ妖怪が!! 貴様らの存在が! 貴様らが見えるせいで私が! どれだけ迫害を受けてきたと思っているんだぁぁぁ!!!!」

 怒りに呼応し、まるで台風のように吹き荒ぶ鳳力を防ぐのに、志誠も宗兵衛も足を広げ力を入れて踏ん張った。
 鳳力の強さを表してか、宗兵衛は苦悶に満ちた表情で耐えていたが、志誠は表情を崩さず、一貫して永最に視線を反らさなかった。
 暴風が止むと、永最は志誠に殴りかかったが、難なく木刀で防がれた。さらに殴り、蹴りを繰り出したが、躱され、受け流され、挙句体制を崩され転がされた。
 転んだ先に拾った棒きれに鳳力を纏わせ、咆哮と同時に斬りかかったが、これも受けられ、腹に一撃の拳を貰い、体制を崩している隙に木刀で背中を叩かれた。
 木刀による一撃の筈が、巨人の張り手のように背中全体から弾き飛ばされる勢いで屋敷の庭へと飛ばされた。

「志誠……お前……」
「鳳力は俺の方が上という事だ」庭へ向かいながら、正三郎を一瞥した。「お前も見ろ。過去を罪と思うなら最後まで見届けろ」

 何が起こるか分からないが、言われなくても見届ける覚悟は正三郎にあった。
 庭に入ると、起き上がって体制を立て直した永最が、木の棒を構えた。

「話の続きだ。お前は俺たち妖怪が憎いと言った。それは他の人間には見えず、自分が見える特異体質と言うだけで偏見を持たれたという事だろ」
「そうだ! そのために私は虐められ、親にも捨てられ、寺でも遣いの先でも周りの目を気にして生きていかなければならなかったんだぁ!」
 木刀の切っ先が永最に向けられたが、顔は正三郎のほうに向けられた。
「だそうだ。お前さんはこいつが妖怪を見えていたことを知ってたのか?」

 正三郎は頭を左右に振った。

「ならなぜ虐めた?」
「詳しくは憶えてない。多分、武弘は貧乏人を奴隷か、痛めつけていい獲物のようにしか思っていなかったから……そのせいだと」
「そいつは嘘つきだ! 自分は言い逃れしたいがために! 自分は救われるがために死んだ人間に罪を着せてるだけだ!!」

 言い返そうとした正三郎に、志誠が左手を向けて黙らせた。

「えらく一方的な意見だな。責任を転嫁して救われたいのはお前だぞ」
「何がだ! 私は救われなかったんだ! 危害を加えた連中を殺したいと思っても殺せなかった弱者だ。どこに責任が生じる。どこに私を否定できる点があるんだ! 私に罪などない!!」
「周りの人間の心情を理解しなかった。そうせず自信が被害者である前提で物事を見続けた。それがお前の罪だ」
「なんだと!」

 訊きかえしを合図に、志誠は木刀を地面に刺し片膝をつくと、右手で柄を、左手で刃を掴み、鳳力を籠めた。

「地に生じ歪みよ、地に刻まれし記憶よ、我が鳳力によりその情景を再現せよ」

 すると、木刀を中心に白い光の輪が敷地内に広がった。
 初めの大きな輪に続き、一回り小さい輪、さらに小さい輪、暫くしてまた大きい輪と、水面に石を投げると広がる波紋のように淡い光が広がった。

「ここの記憶と人間の記憶と、鳳力垂れ流しの憑モノの記憶が揃ったんだ。結構確実なもんが観れるぞ」

 志誠以外が周囲の変化を見回しながら驚いた。

 やがて、正三郎、永最の言う過去の出来事が映し出された。
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