憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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六幕 あの日の真相

七 死んだはずの知人

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 夕方になる前に、志誠は宗兵衛と共に帰ってきた。
 目当ての人物と話すには、さすがに誰かに憑かなければ話せなかった。そのため宗兵衛は付き人ならぬ憑き人として赴いた。
 部屋に入るや否や、志誠は永最の傍まで歩み寄り、見下ろす形で睨みつけた。

「なぜ睨む? それに、何を怒っている」
 あからさまに嫌悪感を漂わせ、深呼吸のような大きなため息で返事された。
「――だから何だというのだ!」

 無視して志誠は蓬清のほうを向いた。

「この間抜け持ってくぞ」
「な、なにが間抜けだ! 変だぞ、一体私がお前に何をしたというのか教えろ!」
「ついてこい。お前のデカすぎる誤解が解消すれば大方片が付く」

 まったく何が何だか分からず、仕方なくついて行くしかなかった。
 寺の階段下には、この辺では珍しい荷物運び専用の馬車が待っていた。それは、無理言って町までの経路を変えてもらってのことである。
 荷台に乗ると、志誠は宗兵衛に憑いた。

「理由を説明してくれ。なぜ私が関係しているのだ」
「正確にはお前の誤解を解けば幸の居場所が分かる」
「だからなぜだ。と言うより、なぜ幸之助殿の居場所が私に関係している?」
「すぐ着く。それまで黙ってろ」
 それ以降、志誠は何も語らなかった。何より、こうなっては頑として語らない事は今までの旅で理解している。

 馬車に揺られ、幼い頃の断片の記憶の景色と現在の景色とを比較し、懐かしんでいた。
 すると、馬車の向かっている場所を予測し、腹からも胸からも熱くなるもの感じた。加えて、苦い記憶も思い出された。

「もうこの辺でいいだろ。止めてくれ。私はここで降りる」
「もうすぐ着く。黙って待ってろ」
 ちょうど夕日で空の色が淡い水色から薄い朱色に染まり始めていた。
「嫌だ。なぜ私が行かねばならん。理由を早く言え!」

 返答は、「着いたぞ」と、質問を無視した言葉であった。
 着いた場所は永最の嫌う場所の近く、今は使われず荒れ地となった広い畑である。

「お前の馴染みを待たせてる。我慢して着いてこい」
「誰かは知らんが行く必要も行く気も無い! 私は帰らせてもらう」
「だったら幸が化物のまま死んでもいいってんだな」
「なぜ幸之助殿がここで出てくる。何一つとして関係ないだろ」
「なら、お前は幸の居場所を知ってるのか?」

 黙って否定を示した。

「まあ、じっとしてても時が来れば幸は獄鬼に完全に乗っ取られ、祓い手連中や役人共の手にかかって死ぬ」
「なぜ言い切れる。化物になっても現れた所をお前が化物だけを退治すればいいだけだろ」
「そんな生易しい奴じゃねぇんだよ獄鬼は。六赫希鬼より祓う手段は限られる上に命を使う禁術を何度も使い、それでようやく四導師ほどの手練れが命がけの大技で祓える。そうなった時には幸はとっくに死んでいる。仮に各国の御上が総出で軍を率い、宿主の身体を殺せば方はつく。結局、幸は身体の原型を留めず死ぬ」

 それ程までの化物がなぜ幸之助に憑いているのか?
 何より幼い時に自分を助けてくれたのは幸之助だとは知っているが、その時を思い出しただけでどうして幸之助の居場所が分かるのか?
 仮に見つけて、どのように対峙出来るのか?

 謎だけが次から次へと増える一方、この状況で永最への嫌がらせをして気晴らしをしているとも思えなかった。
 ぐうの音も言えない中、仕方なく目的の廃屋敷へと向かう羽目となった。


 遠くから目的の廃屋敷を確認すると、またも断片的に壮絶な苛めを受けた記憶を思い出した。

 屋敷の周囲には雑草が生い茂っているものの、屋敷の敷地内は昔と同じ姿を留めており、その敷地だけが時の経過から干渉を受けないような不自然さを抱かせた。
 屋敷の扉の無い正門の奥、服装と体格、髪型から男性であると判断できる人物が近くの岩に腰かけていた。

「待たせたな」
 志誠が声をかけると、男性は立ち上がって二人に近寄ってきた。そして、門を出たところで立ち止まり、永最の顔を、物悲し気な表情でじっと眺めた。
 記憶の奥で何かを思い出せそうだが、どうしても思い出せない。そんな混乱の中、男性から訪ねて来た。
「…………庄之助……」
 なぜこの男性は自分の幼名を知っているのか。疑問に対する答えの見つからないまま、永最は疑問を表情に表した。
「……本当に庄之助なのか?」
 男性は視線を永最と志誠(本体である宗兵衛)、交互に送った。

「ああ。今は永最って名になってるが、正真正銘、庄之助だ」
 声は永最の後ろからした。振り返り声の主である志誠の姿を見るや、永最は宗兵衛と二人を確認した。
 混乱を解消するため、志誠が事態を説明し始めた。
「こいつは導師が使う結界の類だ。つってもあらゆる条件が整ってないと一般の人間が俺を認識することは出来んよ」

 そう言われ、男性と宗兵衛を見ると、三人を通過して屋敷に向かった志誠に視線を送っているのが分かる。
 男性に驚く素振りが無いことから、予めこの事を知っていると思われた。

「この術の説明は後だ。それより永最。そろそろ思い出したか? そいつが誰か」
 改めて向き合ったが、やはり誰かは思い出せない。
「……沼田正三郎だ……覚えているか?」

 名を聞いた途端、次々と思い出される。
 萬場屋の息子に一番気に入られ、何処に行くにも傍にいた人物であり、幼い幸之助に岩が砕けるほど蹴られた。
 つまり――

「冗談はよしてください。確かに沼田正三郎はいました。しかし、彼は死にました。私の目の前で。ですから人違いです」
「そんなことは無い。こんな言い方ですまないが、俺は萬場屋の息子・武弘と共にお前を虐めていた。俺の他に三人いた」
 男性の言う通り、虐めの主犯格の名も虐めていた人数も同じ。
 戸惑う永最の記憶を思い出させようと男性は必至に訴えた。
「この屋敷で、武弘に死にそうなまでに踏まれ、蹴られ、命令に従ってお前に石を何度も投げつけた。それをどこかの子が止めに入ったんだ。どうだ、思い出したか」
「ま、て……待て待て」

 頭が変になりそうであった。正三郎は何度も記憶に残る惨劇を語るが、だったらなぜ生きてるのか。
 頭を左右に振って正三郎から離れる永最に、混乱解消と言わんばかりに志誠が告げた。

「そいつがお前の大きな誤解だ」
 三人が志誠のほうを向いたが、志誠は一貫して永最だけをしっかり見続けた。

「俺にはさっぱりだ。沼田殿と永最の意見はなぜこうも食い違う? しかも沼田殿が永最の中では死んでいる」宗兵衛が訊いた。
「それがその時のこいつが強く願ったことであり、幸に憑いた獄鬼がそう思わせるように仕向けた」
「待て待て。百歩譲って永最が化物の力で錯覚していたとして、現に沼田殿が生きているならこんなことにならない筈だ」
「どうだろうな。現に起きているんだ。ここでの虐めの後、お前さんはなぜ永最と会おうとしなかった?」

 視線は正三郎に向けられた。

「お、俺は……」
 気まずそうに永最を一瞥し、視線を落として話した。
「あの日、重症を負った俺らは気を失って十数日が過ぎた。あの場で怖くなって逃げた武弘が大人たちを呼んで来たそうだ。その場はそれで終わったみたいだが、萬場屋の悪事が御上に露見したせいで武弘と両親は処刑されさらし首になった」
「この国では親の処刑に子も巻き込まれるのか!?」
 訊いたのは宗兵衛である。
 国が違うとこれほど法が違うものかと驚いた。

「偏見が酷い証拠だ。実際武弘も犯罪者と同等の悪ガキだったから悪人扱いされた。俺が目を覚ました時には処刑は終わり、武弘から解放されたから庄之助に謝りに行こうと思ったんだ」
 許しを請うような訴えが永最に向けられた。
「本当だ! 俺も弥七やひち重太じゅうた満明みつあきもお前に謝りたかったんだ! ……けど、お前の家族は夜逃げして、噂では人買いにあっただ、死んだだとか。嫌な噂ばっかり流れた」
「沼田殿はその噂を信じたのか?」

 素直に頷く。

「けど……それで少し………安心もした」声が小さい。
「安心? 永最があなた方を責めるのを恐れたという事か」
「違う。また、庄之助に襲われる・・・・・・・・んじゃないかと」

 更に混乱する事態に陥った。
 何があれば多勢に無勢の状況で、虐められ満身創痍な永最が正三郎達を襲えたというのか。
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