憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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七幕 獄鬼との対峙

七 危機迫る対峙

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 幸之助の中から飛ばされた勢い止まず、意識が自分の身体に戻った永最は、反動で後ろへ飛ばされ二、三度転がった。
 気怠さを感じつつ起き上がった。
 前方には、自分の中に入っていた筈の志誠が胡坐を掻いていた。

「志誠……これは…一体」
 永最を無視して前方の何かを発見した志誠は立ち上がった。
「遅せぇんだよ」
 言いつつも笑っているように、永最の目には見えた。

 志誠の策では自分の意志を飛ばして幸之助を助ける予定であった。しかし意識を飛ばされてからの記憶が無く、状況を訊こうにも志誠はもう次の行動に移ってしまった。けど口ぶちと様子から幸之助は戻ったと思われる。
 仕方なく永最は、薄ら霧がかる中、志誠の元へ向かった。

 突然体を震わせ、黒紫の風船のようなものを体全体から噴き出した幸之助と距離をとってた宗兵衛は、やがて黒紫の塊から幸之助が吐き出されるように捨てられるのを確認すると駆け寄った。
 急いで幸之助を担いで塊から遠ざかった。すると、いきなり眼つきの悪い状態で幸之助が起き上がった。

「無事か幸之助!」 
「ああ。こいつは無事だ。すぐ目を覚ます」
「天邪鬼! 馬鹿者脅かすな!!」
「それよりまずい事態だ。宗兵衛、お前はさっさとこの岩場から逃げろ。岩壁を抜けてもさらに走り続けろ」
「なっ! どういう事だ」
「予測より規模がデカい。下手すりゃ巻き込まれるぞ。早く逃げろ」

 冷静ながらも語気が荒く、事態を悟って宗兵衛は一目散に駆けた。

「おーい幸之助殿。無事か」
 入れ替わりで来た永最が、幸之助の顔を見るや、その人物を当てた。
「え、志誠?! どうして。何よりこれは何だ」
 離れた所で黒紫の塊が人の形を作り出していた。
「幸が目覚めた。お前の身体を借りるぞ」

 え? っと、事態を把握する前に憑かれ、虚ろ眼の幸之助が取り残された。

「おい。しっかりしろ! 幸」
 頬を、粉をはたく様に叩かれ、ようやく幸之助は目を覚ました。
「あれ……天邪鬼は?」
「俺はここだ」
 まさか永最の中にいるとは思いもしなかった幸之助は驚いた。
「え? なんで!? 永最様は?」
「ちゃんといる。それより急用ができた。しっかり聞け」

 とはいえ、記憶も曖昧で何が何やら分からない。一度も自分から離れたことのない志誠が、永最の中にいる状況に戸惑う。
 ただ、隣に危険でしかない印象の化け物がいる事ははっきり分かる。大人より二回り大きな巨人の姿。巨大な刀を持っている。 

「混乱するのは分かる。けど難しい事を考えるな。いつもの要領であの巨人を斬ろ」
「あれは何?」
「面倒な幻体だ。ススキノが今封印術を掛けようとしているが、奴の形が纏まりすぎて効きやしない状況だ。お前が斬れば効く」
 雑で真実を曖昧にした説明をされた。
 幸之助の思考で小難しい事を言われても、理解出来ないことを志誠は承知している。ましてや、これ程混乱状態なら尚更であった。
 そうこうしている内に、容赦なく巨人の一振りが二人を目掛けて振り下ろされた。
 勢いはやや早く、一撃の威力は地を大きく抉るほど凄まじい。
 それぞれ飛び退いた二人は、巨人との間合いを取った。

「行けるか幸!」
「何とか! ……あの刀使っていい?」
「使えるもんはなんでも使え!」
 宗兵衛が渡そうとした刀を拾い、構えた。
 周辺の霧が一層濃く白くなった。すでに永最の位置から幸之助も巨人も見えない。

(志誠、これから一体何をするのだ)
「あの鬼を祓う。不本意ではないが、あの化物を消すには祓うしか選択肢はない」
(なにをたわけた事を言う。ススキノ殿が命がけで封印するといったではないか)
「これしか手がねぇんだよ。お前も手伝え永最」

 これもその場しのぎの出任せである。
 永最は場違いでも、納得するまで理由を求めようとする。よって、短い説明でやり過ごした。
 志誠は胡坐を掻き、地面を両手で押さえた。

「お前は自分の両手に集中しろ。それでかなりの鳳力が流れる」
(そんな事より早く逃げねば)
「いいから言われた通りやれ! 全員死ぬことになるぞ!!」

 自分の身体の支配権を奪われただけでなく、転々と事態が変わる現状に混乱しながらも、なぜここまで命令されるのか?
 不服に思いながらも『全員死ぬぞ』の危機しに迫る怒声が鳳力を注ぐことに集中させた。
 志誠も同様に手に鳳力を集中させると、地面に光輝く円陣が出現した。そこに書かれた字が何を描いているかは分からないが、いろんな形の星模様や文字が緻密で複雑な組み合わせの模様を描いているが、どことなく効果のある円陣に思わせた。

 刀を構えると、獄鬼も標的を幸之助に絞って攻撃を仕掛けてきた。
 獄鬼の攻撃は早いわりに単調で、一撃振り下ろすと次の行動までに二、三秒を要する。僅かな時間であれ、幸之助には長く実感できた。
 驚異的な破壊力をもたらす一撃一撃の動きさえ見極めれば、やり過ごした後に相手の懐に潜り込み斬り払える。
 戦闘の勘が冴えるまま、両足を、後ろや側面に渡って側腹部や腕、背を斬り鬼の動きを鈍らせることが出来た。
 しかしどれほど斬れど、獄鬼の皮膚が硬い為か、鳳力や念の塊を斬っても元に戻ってしまうためか、幸之助の行為は結果を見いだせないでいた。

(気功を籠めて深手を負わせろ!)
 志誠の声が聞こえた。
 不思議がるとさらに声が続いた。
(さっきお前に入った時に鳳力の調整ついでに疎通できるようにしただけだ。んな事より集中しろ!)
 難しい事を考えても仕方ないと切り替えた幸之助は、剣先に意識を集中した。

 獄鬼が右斜め上から刃の大きな刀を振り下ろしてきたが、それを難なく躱し、鬼の左腹部目掛けて斬り上げた。まるで血が飛び散るように黒紫の靄が飛び散った。
 すかさず獄鬼も幸之助目掛けて斬り込んだが寸前のところで躱され、今度は左腕から肩にかけてを斬られた。
 黒紫の靄が飛び散った分、身体が軽くなったように獄鬼の次の攻撃までの停滞時間が短くなり、三回目の鬼への攻撃が終わる頃には手練れの剣客と刃を交えるように、なかなか胴体へ攻撃することが出来なくなった。
 幸い、動きは早くなったが、強烈な破壊力は途絶え、剣激を受ける事が可能となった。

 ◇◇◇◇◇

 一方で、鬼の封印のため八卦葬送の儀式を続けていたススキノ達は、封印の準備がいよいよ整った。

「悪いが、逃げ遅れてもどうにもならんからな」
 八卦葬送の一連の流れは、下準備、鳳力の円陣を張り、封印範囲内に白風を漂わせ、真っ白な円柱を完成させる。
 本格的な封印を執り行うには、最終の詠唱を唱えなければならない。
 下準備から締めの詠唱までに暫く時間を置いてもよいが、あまり置きすぎると広範囲に出現させた白風が分散し、周辺に異念体が原因で起こる危害、災害が発生する。

 ススキノとその部下は、目の前白い壁のような円柱に手を翳し、鳳力を籠め、新たな詠唱を唱えた。その声は円柱の中に響き、それはつまり仕上げの儀式であることを示した。

 ◇◇◇◇◇

 まだ鬼と対峙している幸之助を見かねた志誠は、一度永最から離れた。

「おい志誠! 何を」
「お前は集中してろ! すぐ済む」
 別の地面に手を翳し、自らを包むように光を放出させた。
「幸、俺のとこへ来い」
 突然呼ばれ、何をするかは不明のまま、幸之助は獄鬼の攻撃を払うと同時に足を斬り、そのまま志誠の所へ駆けた。

 体制を立て直した獄鬼も、幸之助目掛けて迫る。
 速さは一目瞭然で獄鬼のほうが速く、跳躍がてら標的へ斬りつけた。
 それを払い、また駆けたが、執拗に追いかけては斬ってきた。しかし、時に躱し、時に受けては払いを繰り返し、ようやく志誠の所まで辿り着けた。
 しかしそのまま行くと、志誠ごと斬られると判断した幸之助は、円陣手前で再び獄鬼と対峙した。

「これ以上は無理だ天邪鬼! お前も斬られる!!」
「いいから俺のとこまで来い!!」

 何を考えているかが分からず、どうなっても知らないぞ! と怒鳴って幸之助は獄鬼の体制を崩してすぐさま駆けた。
 当然、即座に戻った獄鬼も追いかけて来た。
 志誠目掛けて飛びこんだ幸之助は、小さな光の柱に入り志誠とぶつかったが、志誠を通過して、そのまま転がり光の柱を通過した。
 衝突の瞬間、志誠は幸之助に憑き、中へ入った。
 二度転がると、後方から獄鬼が迫っていると意識し、刀を構えた。
 案の定、獄鬼も幸之助の後を追うように光の柱に飛び込んだが、宙に浮いたまま止まり、地面に到達しなかった。

(気休め程度の足止めだ。急いで永最のとこまで走れ!)

 直感で危機は回避されていないと判断した。それは、真っ白さが濃くなったこの状況に、謎の経が唱えられている事態が、志誠の焦りに直結させたのだと思わせた。
 急いで支持された場所へ来ると、今まで彫刻していた木彫りの仏像を置くよう命令され、続いて永最同様、円陣に触れ、鳳力を集中させろと志誠に命令された。
 二人が集中していると、志誠の足止めの効果が切れ、獄鬼は再び飛び上がって永最と幸之助に斬りかかった。しかし、突然地面から吹き上げた突風が、宙に浮いた獄鬼の速度も体制も崩し、天へ突き上げた。


「――の穢れよ、吹き荒ぶ風に散れ!!」
 獄鬼が上がった途中、ススキノと部下達の締めの一文が唱えられ、周囲が目を覆うほどの眩い光に包まれた。
 間もなく、つむじ風か台風のような暴風が吹き荒ぶ。その勢いは、遙かに離れた町や城にまで届く暴風であった。
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