憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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七幕 獄鬼との対峙

六 悔しい

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 幸之助の中に永最の意識が入った。
 途端、眼前の光景に絶句し、暫く事の有り様を傍観するしかできなかった。
 次々にボロい服の小汚い男性たちを、今まで旅をしてきた幸之助の面影ある少年が、常人とは思えない速さで次々に斬り、刺し殺していった。
 トドメには特徴があり、首から上、主に口に刀が突き刺され、墓標か人間と地面を繋げる杭のように見えた。

「てめぇ!! 何なんだよぉ!」

 恐怖で引きつった顔をしても、異常なまでに早い幸之助の剣捌きに、野盗の頭は対応した。
 不思議と笑みを漏らす幸之助に、渾身の一撃を振るった野盗の頭の攻撃が頬に縦の切り傷を刻んだ。しかしその痛みをものともせず嗤った幸之助の一撃は、男性の右腕を切断した。

「た、助けてくれぇ!! なんでもいう事を聞くからよぉ!!」
 幸之助の表情が真顔に変わった。
「お前達は俺たちの訴えを無視して殺した。あたしたち・・・・・の明日を無慈悲に奪った。の家族を。妻を。夫を。兄妹を、友を………」絞り出すように漏れた。「……殺したんだ」

 発言がおかしい。まるで複数人を代弁してるかのように。

「な、なに言ってんだ?」野盗の頭は恐れ、必死に後退った。
「あなたは……貴様は……救わなかった」
 幸之助の眼つきが変わった。それどころか顔半分が黒く陰り、真っ赤に光る眼が相手を捕らえた。まさに化物に睨まれた野盗の頭は恐怖に失禁し、泣き叫んだ。
「許さない。俺の家族を殺した事は断じて――」

 幸之助の一撃が相手の肩を突き刺した。
 更に引き抜き、反対の肩を、次に腹を、腕を、また腹を。
 初めは悲鳴を上げていた野盗も、絶命すると、仕上げと言わんばかりに開いた口目掛けて思い切り突き刺した。

「お前達は嘘ばかりで口が汚い……」

 燃え盛る炎が、野盗たちを眺める幸之助の虚しさを引き立たせた。

 ◇◇◇◇◇

 獄鬼に憑かれた幸之助の刃を振り下ろした一撃が、宗兵衛に命中せず地面に直撃すると、小さな爆弾が爆発するかの如く土が弾けた。

「おいおい永最急げ。こっちもそろそろ限界が近い」

 力を取り戻しつつある相手の動きと力が一手一手打ち合うごとに実感した。このままいくと、負けと同時に自身の遺体がどこまで無事で済むかが危ぶまれる。
 そんな窮地にて、周辺に霧が発生するのを捉えた。
 離れたところにて、永最の意識を繋ぎ止めている志誠も、霧の発生に危機を抱いていた。
 ススキノ達の八卦葬送の効果が表れだしている証拠だからである。
(さっさと戻せ永最!)
 念じる事しかできないもどかしさの中、さらに集中する他何もできなかった。

 ◇◇◇◇◇

 野盗を一掃した幼い幸之助が家の居間に家族五人の遺体を並べ、布団をかぶせ、自分も間で寝ている光景が映し出された。

 それを眺めていた永最の耳にその声が聞こえた。

「……殺してやる」

 その声は聞き覚えがあった。
 その声は夕方に聞いた。
 その声の憎しみは、恨みは、自分が一番よく知っていた。

 声に気付いたのは永最だけではなく、幼い幸之助も気づき、虚ろ眼のまま家族を放置し、引き寄せられるように声の方へ向かい、前方に出現した紫と黒が混ざったような靄の中へ入って消えた。

 辺りが暗くなり、暫くするとまた遺体の並べられた居間の場面が映し出された。
 今度は大人になった幸之助が永最と向かい合う形で立っていた。
 それは、幸之助本人なのだと自然と直感した。

「……幸之助殿……帰ろう」

 どう言っていいか分からず、出た言葉がそれであった。
 こんな言葉で動いてくれない事は何となくだが分かっていた。
 その思いを見透かしたように即答で、さらに鋭く真っ赤な眼の睨み越しに、「嫌だ」と返ってきた。

「そちらに行っても何も解決しない。どこかで誰かが暴力で生活を脅かされるんだ。粉々に幸せが破壊されるんだ。俺はこの力で奴らを粉々に潰す」
「駄目だ幸之助殿! お主がそのような立場になることは誰よりも家族が望んでいないはずだ!」

 どこかで誰かが言ったことのあるような説得であった。
 手酷い仕打ちを受け、暴力による仕返しを否定する言葉。
 内に広がる闇を痛快に発散させることの出来ない制止の言葉。

 無駄な言葉だと分かっていた。こんな言葉、微かでも響きはしないと。

「望むも何も、野盗共に俺の幸せも、家族も、村も滅茶苦茶に破壊されたんだぁ!!」

 案の定の結果だが、さらに状況は酷い。
 幸之助の眼力が強くなり、さらに幸之助を紫と黒が混ざったような靄が、幸之助の家族事包み始めた。

「突然現れ、突然暴れ、無慈悲に奪い、節操なしに自分たちの意見ばかりを正当化させ押し通す。あんな奴らが生きていていいわけがない!!」
 憎しみにかられ、野盗達が殺されていく光景を見た。
 後は今まで聞いたことのある野盗達の所業の情報を元に考えただけでも、幸之助の憎悪は至極真っ当だと言えた。
「そういえば、お前はなぜ殺さなかった?」
 睨みから不思議なものを見るような、見開いた真っ赤な眼を向けられ永最は躊躇した。
「お前は望んだ。自分に手酷い害を成す者達を。そしてそいつらが死ねばいいと。なのになぜ殺そうとしなかった?」
「……わ、私は……」

 言葉がまとまらない。
 言いたいことがあるにはあるが、やらなければならない事、目の前の幸之助の姿、押し迫った時間など。
 焦り、混乱してしまった。

「俺の力を使って殺さなかった。なぜだ! 気でも引けたか? 結果としてお前は生きているが、本来なら殺されてもおかしくなかったんだ! 臆病者が力を求めるな。腑抜けが相手の死など望まず怯え、泣いて、死ねばいいんだ!!」

 それは幸之助の本心では無い。その確証は何処にもないが、どのような罵声を内に抱いてようと、最後に死を望むはずがない。
 弱者であったがために不幸になったのなら、力を振るって弱者を助けたいと思うのなら、他者の死を望むはずがない。
 これも確証はない。
 何時しか、自然と冷静になり、僅かに落ち着いた気持ちで幸之助と向き合った。そして気付いた。

 幸之助の顔中を靄の色と同じ色の網のような血管が浮き出て、顔半分以上を覆って脈動していた。
 最早、本心を利用して鬼が自分を説き伏せようとしているようにしか思えなかった。

「確かに、私は殺さなかった。しかし、殺せなかったんだ。「助けて」と言われ、なぜか身体が動かなくなり、虚しくなった。お主の言う通り腑抜けか臆病者だったのかもしれん。……しかし、あの時殺せなくて良かったと思う」
「なに?」
 思い出される。廃屋敷前で正三郎との約束を。
「許してくれと言われたんだ。こっちは死んでいたと思っていた者から。そして、話を聞けばその者達は憎しみ嫌う者達ではなかった。私の向き合いたくなかった過去は、私が向き合わなければならなかった過去だと分かった」
 胸中で意志が固まり、物怖じすることなく向き合った。
「今度酒を飲んで話をしようとまで言われたんだ。心底、自身の思い込みで殺めようとしたことを怖いと思った。『助けて』の言葉で殺める行為を止めた昔の自分に激しい感謝を抱きもした」
「全部結果ではないか!! 良い結果だっただけ死んでいた結果を見逃すのか!! 助けて良かっただと? 俺の家族は殺された! 村人も環境も何もかもだ! それで許せばよかったのか!! あの時助けてと言った野盗を救えば元に戻ったというのかぁ!!」

 ふと、志誠が浮かんだ。
 彼なら余裕のある振る舞いのまま説得できたであろう。
 次いで蓬清も浮かんだ。
 蓬清なら生命の大事さ尊さを語り、死についても語り、最後には説き伏せ、今後の生活まで指示するであろう。

 しかし、齢二十前半の永最に真っ当な説教、説法が出来ようものか。稚拙で安直な感情むき出しの訴えが関の山である。
 その自覚を胸に、ようやく落ち着いた心情で出した答え。それは、右手を差し出した。
 その行動の真意が不明であり、幸之助は黙って様子を伺った。

「私は確かに幸せな結果を与えられた。幸之助殿の苦労、不幸を理解しろと言われても、手酷く誰かに私の幸せを搾取されたことが無く、理解出来ようもない。志誠や蓬清様のように語る口も私には無い。だが、これだけは言える! お主の居場所はそこではない!! 私の手を掴んで戻ってきてくれ幸之助殿!!」
「まだ言うか!! 俺はこの――」
「悔しいのだ!!」

 今度は幸之助が気圧され黙った。

「私が知っている幸之助殿は能天気で無邪気で、剣の腕が立ち、宗兵衛殿をからかってるのか本気なのか分からんが困らせている。頑固なところもある。剛一郎殿を兄のように慕いついて行く。極々普通に幸せを掴んで生きている人間。生きたいと動く人間なのだ!! そんな者が、憎しみに捕らわれ暴力を働いて生きる人間にはなってほしくない! 虐殺の果てに、今度は幸之助殿があの野盗と同じように誰かに憎悪され、命を狙われる存在になってほしくないのだ!!」
「お前の願望などで俺の幸せは戻らん!!」
「願望で何が悪い!!」

 幸之助の表情は変わらないが、両の目から涙が流れた。

「……幸之助殿、お主は幸せではなかったのか? 村を壊された後、出会った者達との生活は、志誠との共生、私や、宗兵衛殿と旅をしたこと、それはお主の中で忌むべき記憶と払拭し、殺戮の未来を手にさせるほど容易い記憶か?」
 反論は無い。
「獄鬼よ、お主にも言いたい。殺しを望んではいるが、ではなぜあの時、私に憑いたお主は人を殺さなかった?」
 返答はなく、呼吸が乱れ始めた。
「助けて。と、幼い私がこの一言でお主の支配を解いたとは考えにくい。現に数刻前、内に残ったお主を呼び出した。あんな力強い存在に私が抗えたとは到底思えん。それに志誠の説教に負け、私の中から出て行った。お主も共感したはずだ」
「そうでは無い! 俺はぁぁ!!」

 突然、差し出した右手を掴まれた。その手は引き込もうとする力ではなく、握り潰す力も無かった。
 救いを求める力の籠り具合であった。
 しかし、幸之助の顔にはまだ黒紫の血管が払われていない。

「獄鬼よ、私はお前にも救われた。あの時幸之助殿を介して私の元に来なければ、私は幼いながらに死んでいた筈だ。お前が私に入らなければ志誠や幸之助殿といった者達にも会えなかった。だから、お前にも悔しい思いを抱いている」
「俺の……どこが……」
「救いたいのに裏目に出る。集めに集めた憎悪の結晶がお前なら、同時に救う気持ちもあるのだろう。それを生かせないことが、こんな存在にしかならなかったことが。私にはとても悔しいのだ」

 幸之助の顔に浮き出た黒紫色の血管が、付着物が剥がれるようにメリメリと剥がれだした。同時に、真っ赤な眼も白く戻った。

 その様子に、永最は右腕を掴んだ手を両手で引っ張った。
 ゆっくり、しかし確実に幸之助が獄鬼から抜けていくのが分かる。

(――あと半身)そう思った時だった。
 居間の光景がまばゆく輝いた。
 眩しさに眼を閉じた永最に、何かがドカッと当たってきた。
 手の力もなくなり、半開きの眼でそれを幸之助だと確認した。
 光源の正体を突き止めようと前方を見たが、まるで突風に吹き飛ばされる紙切れの如く、激しい勢いで後方へ飛ばされた。
 一方の幸之助も、眩しさに右手で陰りを作り光源を捜そうとしたが、ぼやける視界に影を見た。それは人影のように見え、一度瞬きをすると五人の人間の影だと判断した。
 高さの変化が少ないのが四体。
 それ等より半身程の高さの影が一体。幸之助の前に並んでいた。
 細かい表情は分からないが、見知った顔であり、笑っているようにも見えた。

 内から何かがこみ上げ、自然と涙が零れると、永最同様に激しく飛ばされた。
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