憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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七幕 獄鬼との対峙

五 凄惨な襲撃と狂気の仇討ち

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 その村は山間に位置する場所に存在した。
 道が険しく荒れてる為、育った作物や蔓や樹皮を加工した袋や籠を売りに行くのに半日はかかる。
 それでも村に住む住民達はその不憫さを苦にも思わなかった。
 確かに不作の年や野獣に作物を荒らされ育たない時期など、何処の町や村にでもありそうな苦難などは当然あったが、山に囲まれながらも豊かな環境が住民達にそう思わせなかった。

 そんな村に幸之助は住んでいた。
 五歳上の兄、三歳上の姉。下に一歳下の妹がいる四人兄弟の三番目である。
 幼い頃から兄について行き、生活に必要な知識は兄から教わった。
 喧嘩をしても負け、腹を立てることもあるが、不思議といつの間にかまた元の関係に治まる。
 兄もまた、幸之助をだらしない男にしないように教育した。
 長男同様に姉も妹に厳しくもあり、優しくも接していた。姉が動けば妹もついて動く、そんな姉妹であった。

 幸之助は姉に傷を癒してもらう事は嬉しかったが、姉の真似をして荒い看病をする妹のそんな所は嫌いである。しかし、幸之助は妹を可愛くも思い、自分が困った時や傷ついた時に気遣ってくれる兄のように、妹にも接した。

 仲が良いと評判の四兄弟であった。

 ある日、普段通りに兄と幸之助は、父と共に山菜採りに赴いた。
 秋になり、冬を越すために必要な木の実や茸などを採取しに向かったが、昼過ぎに異変を感じた。
 それは先に臭い。何かが焼ける煙ったい臭いであった。
 山火事かと思ったが周囲を見回してもその印象はなく、煙から外れ、流れてくる方を確認すると、村の方からであると断定出来た。
 急いで村へと向かったが、村から少し離れたところで父は兄と幸之助を村の惨事に巻き込むまいと残し、村へと向かった。

 まだ原因不明の惨事に妹たちが巻き込まれている事を気に病んだ兄は、九歳になる幸之助をその場に残し、父の後を追った。
 残された幸之助は、半刻後、それを聞いた。
 人の悲鳴。遠く離れた所から、しかし悲鳴は村の方角から聞こえ、無性に向かいたくて仕方ない衝動が彼の身体を向かわせた。
 村に着いた時には、惨殺され、血塗れの村人たちの死体が転がっていた。
 初めて見る死体。それも知っている住民達の変わり果てた姿。
 寒気に嗚咽、恐怖しながらも脳裏に浮かぶ死体達の生前の笑顔と悲痛に歪む死体の顔が頭の中で重なる。

 山に逃げ出したくて、その場から離れたい気持ち。
 山に帰り、一晩すればこれは夢なのだと思い描いた期待。
 そんな気持ちはあったものの、それでも幸之助を突き動かしたのは大好きな家族の安否を確認したい衝動である。

 駆けて行ったいつもの見慣れた道の傍らにも、道の真ん中にも、死体か体の一部か血が散らされていた。
 涙を流し、それを拭い、必死に、息を切らせ、自分の家へ向かった幸之助は、途中でとうとう目の当たりにした。

「ほら! 来いよ来いよ!」
 それは服がボロく、刀を構えた者が、涙を流し必死に足や胴の斬り傷に耐えている村人に浴びせていた。
「早くしねぇとこうなるぞ! っと」近くの縄で手足を結んだ女性の額を突き刺し殺した。
「ああ! ああああああ!!」それは男性の妻である。

 殺された女性の隣には女児が一人、泣き叫んでいた。
 男性は妻を殺した男性を殺そうと立ち向かったが、腕を斬られ、足をさらに刺され、肩を、腹を、腿をと、玩ばれた挙句無残に首をはねられ殺された。
 残された娘も、男を睨み毒づき唾を吐きつけるものの、後ろから寄ってきた同じようにボロい服の男性に背から胸に向け刀を刺し通されて絶命した。

「あんだよ。持って帰って俺の物にするはずだったんだぞ」
「ああ? 醜女の娘は育っても醜女だろ。それより服剥げ。冬が来る前に集めねぇとあとでえらいぞ」
 仕方なく殺した男性の服を剥ぐと、それを着た。
「これは俺がもらうぞ。温ったけぇしでけぇから丁度いい」

 連れの男性は好きにしろと言って、女性の服を剥いだ。
 見かねた幸之助はその場を離れた。しかし、行き着く先で似たように村人を襲う男性の姿や、女性を全裸にし、強姦する同じく全裸の男性の姿。
 どの場面にも近くに村人の死体が転がっている。

 もう嫌だ。
 地獄絵図のような光景に恐怖し、早く家族と合流して逃げたい幸之助は、ようやく家の近くに辿り付き立ち止まった。
 それは、家が近いから止まったのではない。眼前の光景に脱力して止まった。

 衣服を剥がれた母と姉、妹の血まみれの白い肌の遺体。
 全身が無数に斬られ、左腕と両足が切断された父の遺体。
 近くの木には全裸の兄がまるで杭を打たれて張り付けられているように刀が胸を貫き刺さっていた。体中も深い刀傷が無数にある。

 幸之助は愕然とし、間もなく記憶と思考が暴走した。

 今まで楽しかった記憶、
 殺された遺体の姿、
 喧嘩して叱責された記憶、
 また遺体の姿、
 村人たちとの一時、
 その者達の遺体姿。
 そんな交互の記憶が繰り返された。

「ああああ………ああああああああ!!」
 体が震え、泣き叫ぶ幸之助に気付いた者達がいた。その者達は血塗れの村人たちの服を纏った殺戮者達であった。
「おいおい、隠れて逃げりゃぁいいものを」
 人数は五人。 寄っていった一人が泣き叫ぶ幸之助の背から斬りかかろうとした。斬り飽きたのか、子供を玩ぶ気を失せたその者は、一撃で絶命させようとした。

「――あああ! ……ああああ?!」
 振り落とした一刀を素手で受け止めた幸之助は、充血し、真っ赤に染まった目を見開き、頭を後ろに項垂れさせ相手を見た。
「うわ! なんだこいつ!?」
 真剣を素手で受け止めたことにも驚いたが、幸之助の人間離れした動作、見開いた丸い眼の姿に異様で不気味な雰囲気を抱かせた。

「殺すことに飽きたか。なら死んでもみろ」
 狼狽える男性の眉間目掛け、幸之助は刀を持ち替え突き刺した。
 子供の異常なまでの雰囲気や行動力に動転した男性の味方達は、刀を構えた。
「て、てめぇ! 何者だぁ!?」

 返答はなく、幸之助は不敵に笑むと、目にもとまらぬ速さで駆け、男性たちが気づいたころには一人の両手が切断され、次の一人の両足を切り裂いた。同様に残りの二人も即座に斬られると、激痛に悶える者達の顔に、主に口目掛けて刀を突き刺し、また別の男性の顔に刀を突き刺した。
 そうやって五人を殺すと、ようやく呟いた。

「あ……こうじゃない」
 それぞれの男性の所持していた刀を拾い、口元目掛けてそれぞれ突き刺した。
「……こうだった」
 さっきまでの悲しみも、怒りも感じさせない呆然とした顔つきのまま、幸之助は抜き身の刀を引きずり別の場所へ向かった。


 村長の家を奪い取った野党の頭は、縁側で八本の刀の手入れをしていた。
 村長一家は無残な惨殺死体となって敷地の外に雑然と捨てられた。

「頭! 柵の撤去、済みました」
 仲間と集会をしやすくするため部下数人に、村長宅を覆っている竹の柵を取り払わせた。
「頭!」別の部下が寄ってきた。「大方村人は片しました。他の連中も向かってきます」
「よし、皆を集め今後の事を話す。それからここに火を焚け。無駄な柵やいらん物は集会の邪魔になる」
「へい! けど、火を焚くには燃やす物が少なすぎでは」

 この野盗の習慣である集会は、家の屋根まで届きそうなほどの大きな火を起こし、それを眺めて行う。

「足らずは死体を燃やせ! 体の脂でよく燃えるだろうよ」
 部下は返事をし、すぐさま火を起こす準備に取り掛かった。
 半刻もしない内に部下が集まり、大きく燃え盛った火を囲んで酒の入った杯を手元に、全員胡坐を掻いた。
「おい! 伝蔵達はどうした」
 まだ来ない組の仲間を捜した。
「どうせ女どもと遊んでんだろうよ。あの馬鹿共は盛ったら治まりがつかんからなぁ」
 ちげぇねぇ。と、何人かが口々に肯定したのを境に、野党の頭がざわつきを制止させた。

「あ~。ようやく俺たちは自分たちの根城となる村を手に入れた! 運がいい事に食料の常備が行き届いている! あとは女がいれば申し分ないが。誰か捕まえた奴はいるかぁ!」
「頭ぁ! 残念ながら村の女は面がわりぃ! そのくせ喧嘩っ早いから次々死んだぁ!」
「死んだじゃなく斬ったんだろ!」
「ついでにやることやってんだろ!」
「あ、俺いい女犯したぜぇ!」
「だったら生きてんだろうな!」
「自決しやがったんだよ!」

 次々と下劣極まりない強姦話と惨殺話が飛び交った。そして、村の生存者がいない事が判明した。

「ああもういい!! てめぇら美味しい思いした分、倍以上働けよ!! それから! 今後の話だ! 俺たちはこれからこの国の将軍の首を獲る! まずはここから数里離れた町を制覇する! 今度はむやみやたらに殺すんじゃねぇぞ!!」
 部下たちの返事がした。
「頭! いつ行くんですかい!」
「ここいらは雪がよく積もる! その前に済ますから、十日後に襲撃をかける!」
「待っちゃあ酒が尽きちまいます! 女も欲しい! もっと早くなんねぇっすかぁ!」
「ああぁぁ! ちったぁ我慢しやがれぇ! しょうがねぇ。七日後に襲撃をかける。それ以上は減らさねぇ。いいなぁ!!」

 悪行三昧で勢いのついた野盗達から咆哮が上がった。
 しばらくして咆哮が静まり出したとき、誰かが叫んだ。

「覚悟しろ!!」
 野盗一同が声の方を向くと、目を見開き、首を傾げた幸之助の姿を見た。
「お前等の命はここで尽きる」
 その様子に、野盗の頭がため息を吐いた。
「生き残りか? 仇討ち目当てで、もの狂いになりやがって」部下のほうを向いた。「おい! 誰か遊んでやれや」
 すぐに酔った部下数人が挙手して立ち上がった。
「おーい坊主。楽にお父お母の所へ行けねぇぞぉ」
「玩んで泣かせてやるから――」一人の野盗の口目掛けて刀が飛んできて頭を貫いた。

 まさか子供に殺されるとは。
 実感した傍の野盗が刀を抜く前に幸之助が懐に迫った。

「ひぃ! こいつに――」言い切る前に木の棒が顎から脳天を貫いた。
 二人の野盗を殺し、顔色を変えず、見開いた眼に傾げた首の姿勢を変えず、幸之助は木の棒で貫いた野盗の刀を持ち構えた。
「てめぇら構えろ! ただのガキじゃねぇぞ!!」

 叫ぶ傍からさらに一人が心臓を貫かれ、その者が持っていた刀を幸之助が奪い、傍の野盗の首目掛けて貫いた。
 野盗たちは元々戦場に出ていた兵たちが敵の策にはまり仲間から見捨てられ逃げ延びた落ち武者集団でもある。
 本来なら子供相手に後れを取りはしなかった。そのはずが、幸之助の剣撃を躱すことが出来ない。
 油断や酔いもあるが、何より早すぎて対応できない。

「おい何やってる!! 散って相手しろ!! やられるぞ!」
 そうは言っても逃げられない。一定の範囲を黒い煙が覆ってぶつかると、弾力性のある壁のように弾かれた。
「な、何なんだよこれ」
 振り向きざまに刀が口に飛び入り、そのまま貫かれた。別の野盗から奪った刀を使用された。

 幸之助は、次に殺す獲物に目をやった。
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