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七幕 獄鬼との対峙
九 伝説が消えた真実
しおりを挟む――約九十年前、ある山が真っ白に染まった。
常人の目には代わり映えのしない山に見えるが、見る者が見ると、その山だけに雪が積もり真っ白に染め上げられたようであった。
勿論それは雪ではない。白風が異常発生してその山だけに密集した結果である。
そんな山中を志誠が走り回っていた。
「実独! どこだ! 返事しやがれ!!」
どれほど叫んでも目的の人物は見当たらない。
もどかしさに舌打ちし、しゃがみ込み、地面に手を置いた。
「手間かけさせやがって」
鳳力を籠めようとすると、後方上から声がかけられた。
「やめよ。ここでそれをすると白風が詰め寄って殺されるぞ」
振り返ると、木の上にいた人物が飛び降りて目の前で着地した。
「実独!? こんなとこに入る馬鹿があるか、正気か貴様!!」
法衣姿の実独は、暫く黙って顔を伺った。
「……やれやれ、十五年前に突然消えたと思ったら突然現れて説教か。そういうのを自分勝手と言うのだぞ志誠」
声は穏やかで、どこか弱々しさを抱かせる。
「転祈だったんだ、仕方ねぇだろ! 俺らが現世に長居した分、反動で向こうの世界へ戻されるってことはお前がよく知ってるだろ! それよりこれは何だ」
「これは、二ノ祓師に与えられた使命だ」
「どういう事だ」
実独は周囲を見回し大きく息を吸い、吐くと同時に説明した。
「四導師には各々使命が与えられる」頭を掻いた。「二ノ祓師には異念体の異常発生。まあ、こういった現象だ。それをどうにか祓う役を担わされている。”四導師”など、聞こえのいいように祭り上げられた生贄なのだよ」
「だからって、お前だけでどうこう出来るもんじゃねぇだろ! 導師や弟子たちと協力すれば」
「これはなぁ志誠。大人数で攻めれば解決する問題ではないのだよ」
「どういう事だ?!」
「今の世は邪念に染まっている。戦、差別による迫害、身分格差による偏見や憎悪。この異念体達もその人間達の邪念により溢れた。ここに集まったモノを苦闘の末祓ったところでまた発生するに決まっている」
様子がおかしい。何かを悟っていて気力が乏しい。
虚しさが現れた実独の背を見て志誠は焦った。
「とにかくここを出るぞ実独」
彼の身体に憑いて逃げようとしたが異変が起きた。
”志誠が実独の背に触れた”
幻体である志誠が人間に触れる事は出来ない。それはつまり、一つの答え導き出した。
「お前、何しやがった」危機を抱き、下がって距離をとった。
「私はお前と同じ幻体になったのだよ」
確かにそのような術はある。しかし、正確には幻体になったのではなく、悪性の無い異念体に自分の魂を憑依させ象る。
短時間だけ可能な疑似幻体。
だが、周りの白風は悪性に満ち溢れており、本来はその術が使えない。
「お前……命を絶ったのか……」
それ以外考えれなかった。どういった術かは分からないが、そうとしか思えない。
「私はなぁ志誠。もう、この世の連中に嫌気がさした」
「だからと言って死ぬ必要はねぇだろ!! どうした。十五年前までは上手くいっていたではないか」
実独が二ノ祓師に就任し、数多くの異念体や幻体が干渉する事例を解決していき、各国の将軍様達の評価も上々であった。
「……十五年はそれ程までに複雑だという事だ」
まるで実独の感情に干渉しているかの如く、白風が吹き乱れた。
「――何をする気だ実独!!」
「覚えてるだろ志誠。鬼は人の邪念から生まれる事を」
嫌なことを思い出した。
初めて志誠が実独と共に対峙した鬼は、子供に憑いた小鬼。それを祓ったが子も亡くなってしまった。
その後、原因を追究し、鬼の邪念を分散させ、それぞれを祓う術を見出したことを。
「察しのいいお前ならこれからしようとしていることが分かるはずだ」
「やめろ! そこら中で鬼が生まれて地獄になるぞ!」
「この程度の白風が造る鬼はたかだかしれている。それでも今のうつけ連中に現状を見せるには十分な災害は起こせる」
「馬鹿野郎! お前もただじゃ済まないぞ」
「覚悟の上だ。それよりも志誠、覚えているか? 祓う以外で異念体や幻体を無くす方法を」
それは、志誠の世界の話を聞いた実独が試しに行った新たな祓い術である。その術で祓われた異念体や幻体は浄化され、もとの世界に戻る。
従来の祓い技による消滅を免れる方法であるが、確立されるほど確実性は乏しい。
「出会った頃、お前はこの現世を戯れる自由な幻体に見えた。私もそれに興じ、お主に鳳力のいろはを教え込み、共に過ごせた」
「お前……」
「突如消えたお主を恨みはしないが、寂しい感情がすぐに勝った」
「これから一緒に生きればいいだろ! 幻体でも俺のように生きれる」
「私はお前と出会えたことで、短い間だが退屈な、先の見える現実から救われた。……そして十五年……寂しく、つらく、苦しい日々の毎日であった」
更に白風の暴風が激しさを増した。しかし、実独の声ははっきり聞こえる。
「……また救ってくれぬか志誠」
「ちっ。だったら俺の手を取れ馬鹿野郎!!」
「お主がこの世にいる間だけでいい。私の邪念を祓い、私を救ってくれ」
風に邪魔されながらも少しずつ歩み寄った志誠は、ようやく実独の腕を掴んだ。
途端、煙を掴むように感覚が無く、視界の実独も実態が煙が風で払われるように消え去った。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと、志誠は濃い霧の中に仰向けで倒れていた。
消えていないことを実感し、白風の溜まった山での夢を思い返し、大きく深呼吸のような溜息を吐いた。
暫くして、自分の元に歩み寄る足音が聞こえた。
傍まで来た人物の顔を見て、あからさまに嫌気を表情に滲ませた。
濃く、白い霧の中から露わとなった姿はススキノであった。
「あからさまに嫌な顔を晒すものではないぞ」
「そう思う原因はてめぇの心にでも訊いてくれ」
そうか。と返し、ススキノは志誠の傍らに座った。
「我々の生存はやはりお主が関係していたのだな」
志誠はそっぽを向いた。そんな彼の胸部と腹部の間にススキノは手を乗せた。
「何しやがる」
「強がるな。そのような残りカスの鳳力では消えてしまうぞ」
ススキノの手が仄かに光り、緩やかな連続する波紋が生じた。
「少し時間が掛かる。その間、お主の事について聞きたいことがある」
志誠は観念し、溜息を吐いた。
「私はある御方の命により獄鬼を祓う事となった。当然、八卦葬送を行う事を覚悟した。しかし、その御方は『獄鬼の場所と、天邪鬼・志誠を探せ』と文に認めててよこした。なぜそのようなまどろっこしい事をと思ったが、お主に会って事情が分かった。お主は只者ではない。加えて、幸之助の鳳力の歪さから獄鬼を塞いでいる役を担っていると判断した」
「ちっ、初見で気づいてやがったな」
「獄鬼と判断したのは、廃神社で寝ていたお主を永最が見つけた時だ。獄鬼と幻体を人間の身体に宿すなど本来不可能。それを成し得た原因は、何らかの事情で獄鬼が分裂した。それで合点がいったよ」
獄鬼が分裂し、片割れが永最の中にいる。だから鳳力の乏しい人間の永最が境場にいる幸之助を見つける事が出来た。
分かれた獄鬼が引き寄せたのだと。
「それでお前は部下を使って俺らの出方を伺った。檜魔の国で野盗に襲われた幸達を救ったのも、如月孟親の屋敷を燃やしたのもお前等だろ」
「屋敷の火災は私の命だ。野盗の件は部下の独断。宇芭実独の情報収集を頼んだつもりが、いつの間にかお前達を探っていた。その結果だ」
宇芭実独の名を上げた時、視線を逸らした志誠の素振りを、ススキノは見逃さなかった。
「八卦葬送を行う前、宇芭実独とお前の事で部下と話し合った。獄鬼が宇芭実独か、いつからか宇芭実独がお主に変わったか」
「くだらねぇ。死を伴う八卦葬送を行う連中の覚悟か? 過去に死なない例があったってんで、俺に探りを入れて生存方法を探してたって所だろ」
「蔑んでくれるなよ。有能な部下達を死なせたくないのでな。しかし八卦を行う前、お主に宇芭実独と八卦葬送の名を出せば、何かしらの反応を示すと思っていたが、鳳力の淀みで知っている事が分かったくらいで、生存の糸口は見つからなかった。正直、死を覚悟したぞ」
ようやく志誠も腹を割る決心をした。
「八卦葬送は、本来死を伴う技じゃねぇ。ただ単に鳳力が少なすぎるんだよ。『八卦』と記すから、八人と解釈されたのが原因だ。まあ、鳳力の必要数は祓う対象によって変動するから、どれくらい必要かは判断しかねるがな」
この発言で、ススキノはある仮説を持ちかけた。それは、自身が抱いたものである。
「やはりお主は宇芭実独と関係がある。私の仮説は、ただの主従関係と見ている」
「鋭いな。そっちの部下は”実独が俺”と言ってんじゃないのか?」
「それには無理があると私は読んだ。お主の性格だと、現世で面倒な二の祓師になってまで担うとは考えにくい。鳳力にしてもそうだ。宇芭実独の技は鳳力を多く使う。幻体であるお主がそんな技を使用し続ければ必ず転祈を迎え、逸話が残る程留まり続ける事が出来んからな」
改めて志誠はススキノを侮ってはならないと心に思った。
「聞かせてもらいたいものだ。伝説になった二の祓師・宇芭実独の事を」
志誠は鼻を鳴らした。
「実独はそこまで大それた人間じゃねぇよ。どこか抜けてるとことか、集中できるもんが見つかりゃ一直線とか、幸と永最を足して割った様な奴だ。ただ、真面目すぎただけだ」
ようやく手を動かせるまで回復したのを確認する為、左手の肘を曲げ、手を上げたが、すぐに下ろした。まだ本調子ではない。
「白風山って知ってるか?」
「ああ。祓い手界隈では修行の名所だ。何をしても白風が祓われん不思議な山だ」
「どういう技か分からんが、実独は二の祓師であるが故に寄ってくる人間共の態度や発言に苦しみ、心を病み、死んで幻体になった」
ススキノの驚きは、注がれる鳳力が強まった事でどれほどか判断出来た。
「幻体になった実独があの山で消え、俺も強制的に転祈され、次に現世へ現れたら鬼が蔓延する始末だ」
歴史書に載る、白風山暴風災害と、悪鬼大発生の時代の原因となる話であった。
「さっき言ってたろ、実独が獄鬼とかって。ありゃ、案外そうかもしれねぇな。奴はあの山で恨み辛みを発散して消えた。それから鬼が現れ、獄鬼が出だしたのもその位の時期だ。俺はあいつを救うため、獄鬼を浄化し続けてる」
「此度の八卦、アレはどうやって皆の命を救った?」
「獄鬼に憑かれ過ぎた反動で鳳力垂れ流し状態の幸と永最を使って亜界を開いた。八卦は円陣内で鳳力を圧縮して敵を浄化する荒技だ。死ぬ理由は、技を終え、圧縮した鳳力を分散させるのに術者の鳳力が反動で抜かれることが原因。陣内で無理矢理亜界を開き、そっちへ獄鬼共々流せば、浄化されつつ鳳力も流し、そっちの反動も抑えれる。鳳力の変動に弱い奴はそれなりの反動を受けるがな」
彩夏、伊生、楼雅の状態が悪かったのはその為だと分かった。
志誠への鳳力が注ぎ終わると、ススキノは立ち上がった。
「これで貸し借り無しだ。夜明けには動けるだろうから、それまでは安静にしていろ」
返事をせず、真上を見た。
「これは助けてもらった次いでの忠告だ。亡き者に干渉するのはいいが、見切りを付けて現世から離れよ。お主の様な存在は人間の飼い犬となるやもしれんぞ。気を付けることだ」
言い終えると、志誠の返事を聞かず、ススキノは去っていった。
そうこうしている内に霧が晴れ、星空を眺めれるまでになると、深いため息を天に向けて吐き、自分が浄化を行うと決めた日の事を思い出した。
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