貴方の想い、香りで解決します!~その香り、危険につき~

橘柚葉

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ときめきの香り

第二話

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「これで好感度が上がりましたか?」
「は……?」
「清貴に負けぬよう、任務を遂行しましたよ」
「な、なぜ……そこに兄様の話題が」
 顔を引きつらせて敦正様から離れようとしたのだが、向こうの方が一枚も二枚も上手だった。
 すかさず私の着物の袖を握りしめ、私に顔を近づけてきたのだ。
「ち、ち、近いーーー!!」
「そうですか? 気のせいでしょう?」
 シレッと言い切る敦正様を見て、私は顔を真っ赤にさせて慌てた。
「近いですってば。だって、さっきまでその辺りに座っていたでしょ?」
 香炉の辺りに確実に座っていたはずだ。その辺りを指差して抗議をしたが、敦正様は相変わらずどこ吹く風である。
「はて、そうだったでしょか?」
「そ、そうですよ。ささ、お戻りください」
 敦正様が掴んでいる着物の裾を引っ張ったのだが、より強い力で握られた挙げ句、引っ張られてしまった。
 その拍子に、私は敦正様の腕の中に倒れ込んでしまう。
 もちろん、すぐに離れようとして起き上がったのだが、敦正様に肩をグイッと掴まれて再び彼の腕の中に導かれてしまった。
「ちょ、ちょっと! 離していただけませんかね?」
「無理ですね」
「!」
 無理ってどういうことでしょうか。
 慌てて助けを求めようと視線を泳がして春子を探したが、すぐに落胆する。
 ここ最近、他言無用な話題ばかりを敦正様と話すことが多いため、人払いをしていたのだった。
 敦正様にお願いをし、春子だけでも事情を話して傍に控えてもらうべきだったかもしれない。
 今更後悔しても遅い。もがけばもがくほど、深みに嵌まっていく気さえもする。
 ギュッと私を抱きしめた敦正様は、私の髪に顔を近づけて息を吸い込んでいる。
 昨日、髪を綺麗に清めたばかりとはいえ、さすがにこれは勘弁していただきたい。
「ん……今日の香姫もいい香りがする」
「っ!」
 なぜかゾクリと甘い痺れが身体中を駆け巡った。
 最初に「ん……」と甘えたように呟いた声が、あまりにセクシーでドキドキする。
 改めて敦正様は男の人だと意識してしまい、どうにかなってしまいそうだ。
 私をスッポリと包み込んでしまう大きな腕も、私の心をより混乱させる。
 兄様とは違う、男の人の香り。ドキドキとしてしまって、どうしたらいいのかわからない。
 抵抗を止めた私の耳元で、敦正様は意地悪に囁く。
「おや、抵抗は止めてしまうのですか?」
 余裕綽々なのがどうにも癇に障る。悔しくてキュッと唇を引いたあと、敦正様の腕の中から彼を見上げる。
「これ以上しましたら、声を上げますわよ?」
「それなら、その唇を奪ってしまおうか」
「っ!」
 まさか、そんな返しでくるとは思ってもいなかった。
 目を見開いて驚く私に対し、敦正様は安定の艶やかさで勝負してくる。
「今、貴女にとって一番身近な男は私ですよ」
「っ」
「意識してくださいね、香姫」
 意識している。しまくっている。だから、その手を離して!
 そう叫べれば良かったのかもしれない。だけど、残念ながら今の私にはそれはとても難しい。
 赤くなったり青くなったり忙しい私の顔を見つめ、敦正様はプッと噴き出した。全く失礼な御人だ。
 ムッとして眉を上げていると、私を抱きしめていた腕は離れ、今度は私の肩に敦正様は顔を埋めた。
 突然のことで呆気に取られていたのだが、なんだか様子がおかしいように思う。
「敦正様?」
 どうしたのかと声をかけると、彼は小さく息を吐き出した。
「心配になる……」
「え?」
 どういうことかと思って首を傾げていると、敦正様は顔を上げた。
 その顔には不安の色と、そして不満げな色も感じる。
 妖しげな雰囲気も感じ、私は慌てて取り繕う。
「えっと、どうしましたか? 春子に白湯を持たせましょうか」
「香姫」
「干菓子も一緒に」
「香姫!」
 敦正様の厳しい声に、思わず身体が震える。
 チラッと彼の顔を見ると、今までに見たことがないほど怒った顔をしている。
 綺麗な顔の人が怒ると、迫力がすごい……
 私は萎縮して、肩をすぼめた。
 敦正様は私の目元に指を沿わせ、眉間に深い皺を寄せる。
 本当なら彼の手を振り払いたいところなのだが、ドキドキしすぎてしまって身体を動かすことができない。
 敦正様の指が何度も私の目元に触れる。
 指先から伝わる熱が、身体中に染み渡るような感覚に、正直な私の身体は一気に熱を持つ。
 目を見開いて敦正様をジッと見つめることしかできず、ただただ彼を見つめ続ける。
 すると、敦正様は再び深く息を吐いた。
「男に警戒心を持って欲しいのは山々なのですが、私には警戒をほどいて欲しい」
「それって、すごくワガママですね」
「そうです。私はとてもワガママなのですよ。特に、絶対に手に入れたいと思ったモノに関しては、ね」
 フフッと色気だだ漏れでほほ笑む敦正様だったが、ふいに真顔になる。
「あんまり根を詰めると倒れてしまうよ」
「え?」
 敦正様の言っている意味がわからず、首を傾げる。すると、私の目元をチョンチョンと優しく触れた。
「クマができてる」
「え!?」
 慌てて目元を隠したが、すでに敦正様にはバレているので遅いだろう。
 カァーッと頬が熱くなるのを感じていると、敦正様は慈愛溢れる声で心配してくる。
「疲れた顔をして……顔色があまりよくない」
「そ、そ、そんなことは……ないはずですよ? たっぷり食べて、たっぷり寝ていますから」
「……」
 無言の圧力が苦しい、痛い。
 だが、敦正様には心配をかけたくない。これは私のプライドの問題だ。
 東宮様御自らが私に依頼をしてきたのだ。薫の少納言の娘として、何が何でも事件解決の手がかりを見つけたい。その一心で必死に解読中だ。
 敦正様の言うとおり、確かに少々無理はしている。
 だけど、少しぐらいは無理をしなければ、いつまで経っても事件解決の糸口はみつからないだろう。
 何より、私自身が知りたいのだ。
 どうして女房は毒を飲んでしまったのか。もしくは飲まされたのか。
 あの料紙に書かれた『あなたをお恨み申し上げます』という遺言のような文にはどんな気持ちが込められているのか。
 純粋に、私は知りたいのだ。
 敦正様を安心させたくて、大丈夫だとトンと胸を叩いた。
「そんなには、根を詰めていませんよ?」
 大丈夫な素振りを見せたのに、目の前の敦正様の厳しい表情を見ると怯んでしまう。
 思わず目を泳がせてしまう。そんなことすれば目の前の敦正様に疑いをかけられてしまうのに。
 ジッと私の様子を見つめていた敦正様は、フゥとわざとらしく大きく息をついた。

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