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第二話
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(うわぁ……やっぱり背が高い。それに凄くカッコいいし、色気がハンパない!)
あまりの艶っぽさに言葉をなくしてしまう。
遠目で見ていたときにも思わず視界に入れたくなってしまうほどのかっこよさだったが、こうして彼の目の前に立つとそのオーラに圧倒されてしまう。
きっと声は低くて、ゾクゾクしちゃうほど色っぽいんだろうな。あ、男らしくて大きな手。
あの大きな手で髪を撫でられ、頬を包み込まれたら……ああ、蕩けてしまいそう。
まっすぐに自分を見つめられたら眼福なんだろうなぁ。
いつものクセで、本人目の前にして妄想に浸ってしまった。
きっと変な女だと思われただろう。
慌てて妄想の世界から抜け出したが、いらぬ心配だったと胸を撫で下ろす。
だって目の前には色気とフェロモンがたっぷりのフジコがいるのだから、私になんて目がいくはずがない。悲しいかな、それが現実だ。
商工会の集まりに参加したり、信用金庫の本部会議などにフジコと出席しても、みんなの視線はフジコに集まる。
私としては慣れっこだし、そういう感情を抜きにしてもフジコは魅力的な子だと思う。皆の視線が集まるのも当然なのだ。
フジコと私は真逆の性格だし、容姿だ。だけど入社以来、仲良くしている。人生って不思議だなぁと思う瞬間でもある。
持っていないモノを相手は持っている。だからこそ惹かれたり、好きになったりするのかもしれない。それは恋愛にも同じことが言えるんだろうけど。
目の前の見目麗しい彼にロックオンしたフジコは、いつもの調子で彼に話しかけた。
「こんばんは。私、春ヶ山信用金庫の緑支店に勤めています、鹿島です」
「こんばんは」
彼はフジコを見ると、優しく目を細めた。きっとフジコを見て好印象を受けたのだろう。
その瞬間、なぜか胸がチクンと痛んだ。そのことに自分自身驚きを隠せない。
こんな場面、今までだっていくらでもあったはず。
フジコは魅力的だし美人だ。その上積極的な人である。男性なら誰もが好意的な態度を示してくる。それが常だし、私もそのことについてとやかく思うことはない。
ただ、「フジコはいいなぁ。私も人見知りなんてしなくて話せるようになりたいなぁ」と思うぐらいだった。それなのに―――
グルグルとドロッとした感情と胸の内で戦っている間も二人の会話は続いていく。
「ああ! 澤田先生の息子さんなんですか」
「ええ。本当は今日も父が出席する予定だったんです。父はこういう集まりが大好きで」
「ふふ。澤田先生、いつも商工会の行事には参加されますものね。私も毎回出席しているので、澤田先生とはよくお話するんですよ」
「そうなんですか。実は今朝、ぎっくり腰をしてしまいましてね。さすがにぎっくり腰を患っておいて総おどりの練習は無理でしょう?」
「そうですよね。澤田先生は大丈夫なんですか?」
「お気遣いありがとうございます。今はだいぶ痛みが取れたと言っていますから、大丈夫だと思いますよ」
ああ、やっぱり想像していたとおり。低くて男らしい色気を含んだ声だ。
彼に耳元で囁かれたら、一体どんな気持ちになるのだろう。想像しただけでも、赤面してしまいそうだ。
この男性の父親である澤田先生は私もよく知っている。
私が勤めている緑支店から徒歩五分のところにある税理士事務所の先生だ。
澤田先生は人当たりもいいし、優しい先生である。一見穏やかな人物に見えるが、どうやらお祭り男らしく、祭りと聞くと血が騒ぐと言っていた。
毎年市民総おどりには必ず参加している澤田先生だから、今年はリタイヤすることになってさぞかし悔しがっていることだろう。
しかし、何度か澤田税理士事務所に行ったことはあるが、この男性を見るのは初めてだ。
フジコも同じようなことを思ったらしく、彼に質問をする。
「澤田先生の息子さん……えっと何とお呼びすれば?」
「失礼しました。私は澤田尚と言います」
さすがはフジコ。さりげなく名前を聞くとか、私には高度テクニックすぎる。
感心している私を余所に、二人の会話は続いていく。
「尚さんも澤田税理士事務所で働いていらっしゃるのですか?」
「はい。と言っても、先日から働き出したばかりなんです。もともとは県外の税理士事務所に勤めていましたが……そろそろ父の手伝いをと思いまして」
「では税理士さんなんですね」
「はい」
ニッコリとほほ笑む彼に、「じゃあ、尚先生とお呼びします」とフジコはサラリと告げた。
こういうことができるのはスゴイ。さすがは肉食系女子、フジコの手腕だ。
これからは商工会の行事に顔を出すようになるという尚先生に、フジコは笑顔で返事をした。そして、フジコの隣にいた私も納得して頷く。
きっとこの尚先生が、澤田税理士事務所を継いでいくのだろう。
フムフムと納得していると、視線を感じる。どこからの視線だろうとキョロキョロと辺りを見回していると、頭上でクスクスと笑う声がした。
「鹿島さん、こちらの女性は?」
「へ……?」
ポケッと間の抜けた顔をして頭上を見上げると、突然影が出来た。
ハッとして目を見開いていると、超絶イケメンの尚先生が私の顔を覗き込んでいるじゃないか。
どうしてこんなに至近距離なのですか。思わず叫んでしまいそうになるのをグッと堪え、
慌てて後ずさる。
すると尚先生は目を丸くしたあと、プッと噴き出した。
「鹿島さんと一緒にいるということは、春ヶ山信用金庫の方ですか?」
「えっと、はい。木佐と申します」
ペコリと頭を下げる私に、尚先生はジッーと私の顔を見つめたあと、「緑支店でお勤めですか?」と聞いてくる。
「そうですけど……」
戸惑う私に、尚先生はたたみ込むように続ける。
「下の名前をお聞きしても?」
「は、はぁ……珠美ですが」
なんだろう、このやりとりは。さっぱり訳が分からない。
商工会の集まりで顔を合わせた初対面同士。勤めている会社、そして名字がわかれば今の時点では事が足りるだろう。
それなのにどうして私の名前を聞きたがるのか。
頭の中で疑問が浮かぶ私に対し、尚先生はまたもや訳が分からないことを聞いてきた。
「ところで、緑支店で他に珠美さんという方は? もしくは名字や名前に“たま”がつくような女性は?」
尚先生は腰を屈め、私の顔を覗き込んでくる。
ビックリして視線を泳がせていると、大変なモノを見てしまった。
尚先生が前屈みをしているせいで、浴衣の合わせからチラリと胸元が見えたのだ。
慌てて視線を逸らせば、今度は袂から男らしい腕が見える。
声にならない叫び声をあげてパニックを起こしている私の前に、フジコが立ち塞がった。
「フジコ?」
急の出来事に考えが追いつかない私を振り返り、フジコは困ったように、だけどどこか警戒したような表情を浮かべた。
どうしたの、と聞こうとしたのだが、フジコは再び尚先生に向き直った。
「緑支店には、他に“たま”が付く人はいませんよ。では、失礼いたします」
それだけ尚先生に言い放つと、フジコは私の腕を掴んだ。
「行くわよ」
「え? フジコ?」
どうしたの? という私の問いには答えず、フジコは私の腕を掴んだまま大ホールを出て行く。
依然、フジコの表情は困惑と緊張の色が隠せない。
男性と話しているとき、フジコは決してこういう表情を見せない。
それも尚先生は、フジコがロックオンした男性だ。そんな相手にありえない態度だろう。
もしかしたら、尚先生が私の顔を覗き込んできたことが許せなかったのかもしれない。
フジコがヤキモチを焼いたのだろうか。
ありえないことの連続で呆気にとられていると、フジコは困惑した様子で私の顔を覗き込んできた。
「珠美……貴女、尚先生のことポッーと見つめていたわよね」
「えっと、まぁね。だけど尚先生カッコいいから、誰でもそうなっちゃうんじゃないかな?」
あれだけ目立つ人だ。誰しもが私と同じ行動をしてしまうのではないだろうか。
現に尚先生をチラチラと見ている女性もたくさんいた。
フジコだって尚先生がカッコいいと思ったからこそ、ロックオンして声をかけたのだろうし……。
そういう言うと、フジコは顔を渋く歪めた。
「尚先生……確かにいいなぁと思ったけど」
「思ったけど?」
なんだかフジコの歯切れが悪い。首を傾げる私を見て、心配そうにフジコはため息をついた。
「話してみてわかったけど……ああいう男は私の趣味じゃないし、射止めたくないわね。手に負えないわ」
「え……?」
尚先生はフジコの趣味じゃなかったということなのだろうか。
フジコの手に負えないって、一体どんな人だというのか、尚先生は。
きょとんと目を丸くする私の両肩を掴み、フジコは私に忠告した。
「珠美。尚先生が超絶カッコいいからって絆されちゃだめよ」
「は?」
「珠美が警戒しても、相手があれじゃあなぁ……珠美なんてひとたまりもないかぁ」
「フ、フ、フジコ?」
なんだか怪しげで危険な香りがするのは私だけでしょうか。
顔を引き攣らせる私に、フジコは容赦ない。
「いい? 珠美。気をつけるのよ。あの男に目を付けられたら厄介だわ」
「ん? 目を付けられたのはフジコの方でしょう?」
「はぁ!?」
「だって、尚先生。フジコと楽しげに会話していたじゃない」
一方の私には、訳が分からない質問をしてきただけ。
どう見ても、尚先生が気にしていたのはフジコのことだと思う。
そういう言うと、フジコは脱力したように大きくため息をついた。
「とにかく気をつけるのよ。イヤだったらイヤって拒否しなくちゃダメ!」
「は、はぁ……」
フジコがどうしてこんなにむきになっているのか、さっぱりわからない。
ただ一つ分かったのは、肉食系女子でも苦手な男がいるということ。尚先生はフジコのタイプではなかったということだ。
「珠美、ボケッーとして妄想していると、知らないうちに食われちゃうからね」
「食われるって……何が?」
フジコが言おうとしていることが全くわからない。はて、と首を傾げる私を見て、フジコは脱力している。
(あれ……?)
さきほどまでザワザワしていた胸の内がすっきりしている。
そして、淀んでいた胸が今度はキュンと音を立てた。
その理由はわかっている。フジコが尚先生に関心を向けないとわかったからだ。
ゲンキンな自分に思わず苦笑いしてしまう。
もしかして、もしかして……尚先生に一目ぼれというヤツだろうか。
しかし、あの尚先生だ。モテないわけがないし、彼女だっていることだろう。
私が出る幕ではないことは確かだ。
それなら、尚先生を私の妄想恋愛の相手にしちゃおう。
想像だけで一人でキュンキュンなっていたって誰にも迷惑はかけない。
ただ、尚先生に知られたらドン引きするだろうけど。
私はフジコの注意を流しながら、そんなことを考えた。
だがしかし、フジコの忠告をしっかり聞かなかったことを後悔することになるとは……
このときの私は知るよしもなかったのだ。
あまりの艶っぽさに言葉をなくしてしまう。
遠目で見ていたときにも思わず視界に入れたくなってしまうほどのかっこよさだったが、こうして彼の目の前に立つとそのオーラに圧倒されてしまう。
きっと声は低くて、ゾクゾクしちゃうほど色っぽいんだろうな。あ、男らしくて大きな手。
あの大きな手で髪を撫でられ、頬を包み込まれたら……ああ、蕩けてしまいそう。
まっすぐに自分を見つめられたら眼福なんだろうなぁ。
いつものクセで、本人目の前にして妄想に浸ってしまった。
きっと変な女だと思われただろう。
慌てて妄想の世界から抜け出したが、いらぬ心配だったと胸を撫で下ろす。
だって目の前には色気とフェロモンがたっぷりのフジコがいるのだから、私になんて目がいくはずがない。悲しいかな、それが現実だ。
商工会の集まりに参加したり、信用金庫の本部会議などにフジコと出席しても、みんなの視線はフジコに集まる。
私としては慣れっこだし、そういう感情を抜きにしてもフジコは魅力的な子だと思う。皆の視線が集まるのも当然なのだ。
フジコと私は真逆の性格だし、容姿だ。だけど入社以来、仲良くしている。人生って不思議だなぁと思う瞬間でもある。
持っていないモノを相手は持っている。だからこそ惹かれたり、好きになったりするのかもしれない。それは恋愛にも同じことが言えるんだろうけど。
目の前の見目麗しい彼にロックオンしたフジコは、いつもの調子で彼に話しかけた。
「こんばんは。私、春ヶ山信用金庫の緑支店に勤めています、鹿島です」
「こんばんは」
彼はフジコを見ると、優しく目を細めた。きっとフジコを見て好印象を受けたのだろう。
その瞬間、なぜか胸がチクンと痛んだ。そのことに自分自身驚きを隠せない。
こんな場面、今までだっていくらでもあったはず。
フジコは魅力的だし美人だ。その上積極的な人である。男性なら誰もが好意的な態度を示してくる。それが常だし、私もそのことについてとやかく思うことはない。
ただ、「フジコはいいなぁ。私も人見知りなんてしなくて話せるようになりたいなぁ」と思うぐらいだった。それなのに―――
グルグルとドロッとした感情と胸の内で戦っている間も二人の会話は続いていく。
「ああ! 澤田先生の息子さんなんですか」
「ええ。本当は今日も父が出席する予定だったんです。父はこういう集まりが大好きで」
「ふふ。澤田先生、いつも商工会の行事には参加されますものね。私も毎回出席しているので、澤田先生とはよくお話するんですよ」
「そうなんですか。実は今朝、ぎっくり腰をしてしまいましてね。さすがにぎっくり腰を患っておいて総おどりの練習は無理でしょう?」
「そうですよね。澤田先生は大丈夫なんですか?」
「お気遣いありがとうございます。今はだいぶ痛みが取れたと言っていますから、大丈夫だと思いますよ」
ああ、やっぱり想像していたとおり。低くて男らしい色気を含んだ声だ。
彼に耳元で囁かれたら、一体どんな気持ちになるのだろう。想像しただけでも、赤面してしまいそうだ。
この男性の父親である澤田先生は私もよく知っている。
私が勤めている緑支店から徒歩五分のところにある税理士事務所の先生だ。
澤田先生は人当たりもいいし、優しい先生である。一見穏やかな人物に見えるが、どうやらお祭り男らしく、祭りと聞くと血が騒ぐと言っていた。
毎年市民総おどりには必ず参加している澤田先生だから、今年はリタイヤすることになってさぞかし悔しがっていることだろう。
しかし、何度か澤田税理士事務所に行ったことはあるが、この男性を見るのは初めてだ。
フジコも同じようなことを思ったらしく、彼に質問をする。
「澤田先生の息子さん……えっと何とお呼びすれば?」
「失礼しました。私は澤田尚と言います」
さすがはフジコ。さりげなく名前を聞くとか、私には高度テクニックすぎる。
感心している私を余所に、二人の会話は続いていく。
「尚さんも澤田税理士事務所で働いていらっしゃるのですか?」
「はい。と言っても、先日から働き出したばかりなんです。もともとは県外の税理士事務所に勤めていましたが……そろそろ父の手伝いをと思いまして」
「では税理士さんなんですね」
「はい」
ニッコリとほほ笑む彼に、「じゃあ、尚先生とお呼びします」とフジコはサラリと告げた。
こういうことができるのはスゴイ。さすがは肉食系女子、フジコの手腕だ。
これからは商工会の行事に顔を出すようになるという尚先生に、フジコは笑顔で返事をした。そして、フジコの隣にいた私も納得して頷く。
きっとこの尚先生が、澤田税理士事務所を継いでいくのだろう。
フムフムと納得していると、視線を感じる。どこからの視線だろうとキョロキョロと辺りを見回していると、頭上でクスクスと笑う声がした。
「鹿島さん、こちらの女性は?」
「へ……?」
ポケッと間の抜けた顔をして頭上を見上げると、突然影が出来た。
ハッとして目を見開いていると、超絶イケメンの尚先生が私の顔を覗き込んでいるじゃないか。
どうしてこんなに至近距離なのですか。思わず叫んでしまいそうになるのをグッと堪え、
慌てて後ずさる。
すると尚先生は目を丸くしたあと、プッと噴き出した。
「鹿島さんと一緒にいるということは、春ヶ山信用金庫の方ですか?」
「えっと、はい。木佐と申します」
ペコリと頭を下げる私に、尚先生はジッーと私の顔を見つめたあと、「緑支店でお勤めですか?」と聞いてくる。
「そうですけど……」
戸惑う私に、尚先生はたたみ込むように続ける。
「下の名前をお聞きしても?」
「は、はぁ……珠美ですが」
なんだろう、このやりとりは。さっぱり訳が分からない。
商工会の集まりで顔を合わせた初対面同士。勤めている会社、そして名字がわかれば今の時点では事が足りるだろう。
それなのにどうして私の名前を聞きたがるのか。
頭の中で疑問が浮かぶ私に対し、尚先生はまたもや訳が分からないことを聞いてきた。
「ところで、緑支店で他に珠美さんという方は? もしくは名字や名前に“たま”がつくような女性は?」
尚先生は腰を屈め、私の顔を覗き込んでくる。
ビックリして視線を泳がせていると、大変なモノを見てしまった。
尚先生が前屈みをしているせいで、浴衣の合わせからチラリと胸元が見えたのだ。
慌てて視線を逸らせば、今度は袂から男らしい腕が見える。
声にならない叫び声をあげてパニックを起こしている私の前に、フジコが立ち塞がった。
「フジコ?」
急の出来事に考えが追いつかない私を振り返り、フジコは困ったように、だけどどこか警戒したような表情を浮かべた。
どうしたの、と聞こうとしたのだが、フジコは再び尚先生に向き直った。
「緑支店には、他に“たま”が付く人はいませんよ。では、失礼いたします」
それだけ尚先生に言い放つと、フジコは私の腕を掴んだ。
「行くわよ」
「え? フジコ?」
どうしたの? という私の問いには答えず、フジコは私の腕を掴んだまま大ホールを出て行く。
依然、フジコの表情は困惑と緊張の色が隠せない。
男性と話しているとき、フジコは決してこういう表情を見せない。
それも尚先生は、フジコがロックオンした男性だ。そんな相手にありえない態度だろう。
もしかしたら、尚先生が私の顔を覗き込んできたことが許せなかったのかもしれない。
フジコがヤキモチを焼いたのだろうか。
ありえないことの連続で呆気にとられていると、フジコは困惑した様子で私の顔を覗き込んできた。
「珠美……貴女、尚先生のことポッーと見つめていたわよね」
「えっと、まぁね。だけど尚先生カッコいいから、誰でもそうなっちゃうんじゃないかな?」
あれだけ目立つ人だ。誰しもが私と同じ行動をしてしまうのではないだろうか。
現に尚先生をチラチラと見ている女性もたくさんいた。
フジコだって尚先生がカッコいいと思ったからこそ、ロックオンして声をかけたのだろうし……。
そういう言うと、フジコは顔を渋く歪めた。
「尚先生……確かにいいなぁと思ったけど」
「思ったけど?」
なんだかフジコの歯切れが悪い。首を傾げる私を見て、心配そうにフジコはため息をついた。
「話してみてわかったけど……ああいう男は私の趣味じゃないし、射止めたくないわね。手に負えないわ」
「え……?」
尚先生はフジコの趣味じゃなかったということなのだろうか。
フジコの手に負えないって、一体どんな人だというのか、尚先生は。
きょとんと目を丸くする私の両肩を掴み、フジコは私に忠告した。
「珠美。尚先生が超絶カッコいいからって絆されちゃだめよ」
「は?」
「珠美が警戒しても、相手があれじゃあなぁ……珠美なんてひとたまりもないかぁ」
「フ、フ、フジコ?」
なんだか怪しげで危険な香りがするのは私だけでしょうか。
顔を引き攣らせる私に、フジコは容赦ない。
「いい? 珠美。気をつけるのよ。あの男に目を付けられたら厄介だわ」
「ん? 目を付けられたのはフジコの方でしょう?」
「はぁ!?」
「だって、尚先生。フジコと楽しげに会話していたじゃない」
一方の私には、訳が分からない質問をしてきただけ。
どう見ても、尚先生が気にしていたのはフジコのことだと思う。
そういう言うと、フジコは脱力したように大きくため息をついた。
「とにかく気をつけるのよ。イヤだったらイヤって拒否しなくちゃダメ!」
「は、はぁ……」
フジコがどうしてこんなにむきになっているのか、さっぱりわからない。
ただ一つ分かったのは、肉食系女子でも苦手な男がいるということ。尚先生はフジコのタイプではなかったということだ。
「珠美、ボケッーとして妄想していると、知らないうちに食われちゃうからね」
「食われるって……何が?」
フジコが言おうとしていることが全くわからない。はて、と首を傾げる私を見て、フジコは脱力している。
(あれ……?)
さきほどまでザワザワしていた胸の内がすっきりしている。
そして、淀んでいた胸が今度はキュンと音を立てた。
その理由はわかっている。フジコが尚先生に関心を向けないとわかったからだ。
ゲンキンな自分に思わず苦笑いしてしまう。
もしかして、もしかして……尚先生に一目ぼれというヤツだろうか。
しかし、あの尚先生だ。モテないわけがないし、彼女だっていることだろう。
私が出る幕ではないことは確かだ。
それなら、尚先生を私の妄想恋愛の相手にしちゃおう。
想像だけで一人でキュンキュンなっていたって誰にも迷惑はかけない。
ただ、尚先生に知られたらドン引きするだろうけど。
私はフジコの注意を流しながら、そんなことを考えた。
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このときの私は知るよしもなかったのだ。
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