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第一話
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(……相変わらずキレイな顔しているわ)
木佐円香は、目の前に座る端正な顔つきの男を見つめる。
円香より十歳離れた大人の男は、今日も今日とて見目麗しい。
声も年々渋みが増してステキだ。
円香の同年代といえばアラサーと呼ばれるカテゴリーに入り、世間一般では大人として認識されている。
もちろん二十代後半となれば、責任ある仕事も任されてプライベートも充実してくる頃だ。
アラサー男性も大人な色気を醸し出していることは確かだ。
だが、目の前の男性を見ると、アラサー男性はまだまだお子ちゃまかもしれないと思えてくる。
大人な雰囲気の彼には、円香は子供のように思われているのかもしれない。
円香は、少しだけ背筋を伸ばしてシャンとする。少しでも大人扱いしてほしいし、印象よく見られたいからだ。
木佐円香、二十九歳、独身。ワンレングスのミディアムボブの髪は黒く、まっすぐだ。
円香が自身で唯一自信を持っているパーツでもある。
背丈はごくごく標準。体型はどちらかというとスレンダータイプだろうか。
だからと言って色気があるかと言われれば、悩んでしまうほどだ。
表情があまり豊かではなく、なかなか感情が伝わらないという欠点が円香をずっと悩ませている。
だからこそ、円香は小説を書く。
心の内では激しいことを考えたり、意思の強いところもあるということを他人に知ってもらいたいという願望から始めた。
初めは趣味の範囲で執筆していた。誰に見せる訳でもなく、ただ自己満足のために書き続けていた。
そんな円香だったが、何をそのとき思ったのか。
A出版が主催する文学賞に気まぐれで応募したのがきっかけ。
二十五歳のときにA出版が主催する文学賞を受賞し、それからはOLと小説家の二足のわらじを続けていた。
だが、小説を書く時間がほしいと思ったことと、ありがたいことにコンスタンスに仕事も入るようになったので、二年前に勤めていた会社を辞めて小説家一本で働き始めたのだ。
先ほどまではA出版の担当、七原という女性も同席していたのだが、すでに席を外している。
何人も作家を持っている七原はいつも忙しそうで、「原稿が上がったみたいなんで、失礼します」と颯爽と出て行ってしまった。
そして、今。目の前にいる大人な色気を醸しだし、常に落ち着いている男性、相宮氏と事務所兼円香の自宅マンションに二人きりだ。
相宮佑輔、三十七歳。有名人気ブックデザイナーである。
ブックデザイナーとは所謂“装丁家”で、出版される本の外装をデザインをする人を言う。
相宮は外装のデザインだけではなく、帯やブックカバーなども手がけていて本の装丁を一手に担っている強者である。
彼がデザインする本はどれも個性的、かつ斬新だ。
そして本の内容とリンクさせるのがうまい。
何より本屋に陳列させたとき、思わず消費者が手に取りたくなる、気になるような装丁に仕上げてくる。
だからこそ、出版社や作家たちからの絶大な支持を集めているブックデザイナーなのである。
相宮は元々デザイン事務所勤めだったが、三十歳のときに独立をし、今はフリーランスで仕事を引き受けているという。
今やひっぱりだこのブックデザイナーで、大御所作家は誰先と彼を指名するというのだからスゴイ。
そんなスゴイ人なのだが、ポッと出である円香作品を手がけてくれている。
それはデビュー作からずっと、だ。
そのことについては、出版業界で七不思議の一つだと言われているとか言われていないとか。
親戚筋だとか、昔からの知り合い。それならまだ周りの納得もいくだろう。
しかし、これといって相宮と円香の接点はない。だからこそ、周りが不思議がる。
もちろん円香自身も不思議だと思っている。
それなりの売上はあるのだとは思うが、大御所作家の足元にも及ばない。それは円香自身が充分認識していることだ。
それなのに、どうして相宮は円香の本を装丁してくれるのだろう。
ブックデザイナーとして、円香クラスの作家ではあまりメリットはないように思うのだが……
円香は、色彩表を手に考えこむ相宮を見つめる。
涼しげな目元、薄い唇。シャープな顎ライン……思わず魅入ってしまうほどだ。
そして、キレイな手。この手が、あの素晴らしい装丁を作り出しているのかと思うと、ドキドキしてしまう。
相宮の仕事の姿勢はストイックだ。
円香の仕事に対する姿勢や内容など、耳が痛くなるような辛辣なことをズバズバ言ってくる。
最初は戸惑ったり、憤りを感じることがあったが、今はそれもない。
それは相宮が、相宮自身にも厳しいからだ。
ダメだしをありがたく聞き入れる円香に対し、相宮は根気よく付き合ってくれている。
だからこそ、二人の間には仕事上において固い信頼関係が成り立っているのだ。
相宮の指がノートをめくる。
円香は不躾に相宮を見つめていたことに気が付き、ハッとして視線を逸らす。
動揺して慌てていた円香は知らなかった。相宮が円香の視線に気が付き、少しだけ口角を緩めていたことを……
円香は自分のノートを見つめながら、目の前にいる相宮に気付かれないよう息を吐き出す。
ベストセラーを出したわけでもなく、これと言って特記することもない円香の作品に、どうして相宮が全力を注いでいるのか。
結局は、いつもその考えに至り、悩みこんでしまう。
円香が悩み続ける理由。それは心ない声が円香の耳には入ってくるからでもある。
相宮が円香の作品を手がけるのは、「円香が色仕掛けをしているからじゃないか」と面と向かって言ってくる猛者も多い。
腹の立つ言葉ではある。だが、あながちそれは嘘ではないことに、円香はため息が零れてしまう。
いつもの永遠ループ。考えても考えても答えに行き着かない悩みに、円香は肩を落とした。
その様子をジッと相宮は見つめていたようで、心配そうに円香に声をかけてきた。
「今日はどうしたんですか?」
「え?」
「心ここにあらず、ですね。お疲れですか? 木佐先生」
「えっと、その……ですから、私に先生は止めてくださいと何度も言っていますよね? 相宮さん」
図星だった。ボーッとしていたことを指摘され恥ずかしが込み上げる。
円香は頬を真っ赤にし、恥ずかしさ紛れに反論した。
だが、相宮は目を少し見開いたあと、その涼しげな目を細めた。
ドキッとするほどの色気があり、円香は視線を逸らす。
だが、次の瞬間。再び相宮を見つめることになってしまった。
「相宮……っさん」
円香の指に、相宮の男性らしい指が触れる。大事なモノに触れるような動きに、円香の身体は震えた。
ゆっくりと円香の指を堪能していく相宮の指。
その動きを見るのが恥ずかしくて目を逸らした円香だったが、今度は指に意識が集中してしまい、ますます翻弄されていく。
甘やかな痺れに、円香は涙目になってしまう。
「先生は先生ですよ。だって、木佐先生は何冊も本をお出しになっているでしょう? それに自分がリスペクトできない作家さんと、私は仕事をしない主義です」
「そ、そんなこと……出版社に言われて無理矢理ってことだって」
声が上擦ってしまう。ただ、指に触れられているだけなのに。
円香は、自分の指に触れ続けている相宮を見つめる。
視線が絡み合うと、相宮は目尻に皺をたっぷり寄せた。
「そうですね。確かに私も仕事ですから。嫌な仕事も引き受けなければならないときがあります」
ほら、やっぱり。円香がムッとして顔を歪めていると、相宮はフフッと声を出して笑う。
「ですが、木佐先生は別格ですからね」
「え?」
「私がやりたいと立候補したんですよ」
「冗談は結構です!」
カッと頬が一気に熱くなる。なんだか愛の告白のようにも聞こえてしまった。
これは相宮のリップサービスだ。
他意はないはずだけど、どうしたって胸の鼓動は高鳴り続けてしまう。
「木佐先生の手は、とてもキレイだ」
「ちょ、ちょっと……相宮さん」
「私好みの手です。ずっと触れていたくなる」
「っ!」
慌てふためく円香の手をギュッと握りしめたあと、名残惜しそうに相宮は手を離した。
すぐになくなってしまった相宮のぬくもりに、円香は寂しさを覚える。
そんなことをまさか本人に言う訳にもいかず、ただただ名残惜しい気持ちを押し殺し円香は手を引っ込めた。
有名ブックデザイナーである相宮佑輔は無類の指フェチだ。
本人は自分で立候補して円香の作品を手がけていると言っているが、ただただ円香の手が好きだから、触れたいからという理由からだろう。
そうでなければ、相宮ほどの人気ブックデザイナーが毎回毎回円香の作品を手がけることはないはずである。
“色仕掛けで相宮を束縛している”と言われても仕方がない現状なのだ。
そう言われるのが嫌なら、円香が相宮の手を拒めばいい。
相宮なら円香が心底嫌がれば、逆上してまで触ろうとはしないだろう。
だけど、円香は相宮の手を拒めずにいる。
それは仕事のためではない。円香は、一途に相宮のことが好きだからだ。
しかし、そんな感情を相宮に打ち明けてしまったら最後だ。今の関係が崩れてしまうだろう。
だからこそ、本音を隠して円香は悪態をつくだけしかできないのである。
円香にしてみたら、相宮が自分の本のデザインを手がけてくれることは嬉しい。
毎回どんなデザインにしてくれるのだろう、とワクワクしていることは確かだ。
だが、それを円香の指に触れたいがために請け負ってくれているのだとしたら……
考えるのはよそう。むなしくなるばかりだから。
円香は腰を上げて相宮に聞いた。
「コーヒーのおかわり、入れますね」
手に触れられたあと、円香は動揺した心を隠して何もなかったように振る舞うのはいつものこと。
円香にしても、相宮にしてもそうだ。
「はい、お願いします」
優しげな笑みを浮かべ、相宮は円香にマグカップを差し出す。
マグカップを受け取ろうとしたとき、再び相宮の指に触れた。
ドキッと胸が高鳴っている円香に、相宮は真剣な表情で口を開く。
「何を不安に思っているのか知りませんが」
「え?」
「私は木佐円香先生の作品が好きなんです。だから、貴女の本のデザインを手がける」
「……」
そういうことです。そう言って目尻を下げる相宮に、円香は曖昧にほほ笑んだ。
(私の作品ではなくて、手が好きなだけでしょう? だから……)
心の中で呟いたあと、円香は相宮に見つからないように息を吐き出す。
言ってはいけない言葉だ。
これを言ったが最後。相宮は再び円香の前には現れなくなる。そんな気がする。
円香はその言葉を無理矢理呑み込んだ。
木佐円香は、目の前に座る端正な顔つきの男を見つめる。
円香より十歳離れた大人の男は、今日も今日とて見目麗しい。
声も年々渋みが増してステキだ。
円香の同年代といえばアラサーと呼ばれるカテゴリーに入り、世間一般では大人として認識されている。
もちろん二十代後半となれば、責任ある仕事も任されてプライベートも充実してくる頃だ。
アラサー男性も大人な色気を醸し出していることは確かだ。
だが、目の前の男性を見ると、アラサー男性はまだまだお子ちゃまかもしれないと思えてくる。
大人な雰囲気の彼には、円香は子供のように思われているのかもしれない。
円香は、少しだけ背筋を伸ばしてシャンとする。少しでも大人扱いしてほしいし、印象よく見られたいからだ。
木佐円香、二十九歳、独身。ワンレングスのミディアムボブの髪は黒く、まっすぐだ。
円香が自身で唯一自信を持っているパーツでもある。
背丈はごくごく標準。体型はどちらかというとスレンダータイプだろうか。
だからと言って色気があるかと言われれば、悩んでしまうほどだ。
表情があまり豊かではなく、なかなか感情が伝わらないという欠点が円香をずっと悩ませている。
だからこそ、円香は小説を書く。
心の内では激しいことを考えたり、意思の強いところもあるということを他人に知ってもらいたいという願望から始めた。
初めは趣味の範囲で執筆していた。誰に見せる訳でもなく、ただ自己満足のために書き続けていた。
そんな円香だったが、何をそのとき思ったのか。
A出版が主催する文学賞に気まぐれで応募したのがきっかけ。
二十五歳のときにA出版が主催する文学賞を受賞し、それからはOLと小説家の二足のわらじを続けていた。
だが、小説を書く時間がほしいと思ったことと、ありがたいことにコンスタンスに仕事も入るようになったので、二年前に勤めていた会社を辞めて小説家一本で働き始めたのだ。
先ほどまではA出版の担当、七原という女性も同席していたのだが、すでに席を外している。
何人も作家を持っている七原はいつも忙しそうで、「原稿が上がったみたいなんで、失礼します」と颯爽と出て行ってしまった。
そして、今。目の前にいる大人な色気を醸しだし、常に落ち着いている男性、相宮氏と事務所兼円香の自宅マンションに二人きりだ。
相宮佑輔、三十七歳。有名人気ブックデザイナーである。
ブックデザイナーとは所謂“装丁家”で、出版される本の外装をデザインをする人を言う。
相宮は外装のデザインだけではなく、帯やブックカバーなども手がけていて本の装丁を一手に担っている強者である。
彼がデザインする本はどれも個性的、かつ斬新だ。
そして本の内容とリンクさせるのがうまい。
何より本屋に陳列させたとき、思わず消費者が手に取りたくなる、気になるような装丁に仕上げてくる。
だからこそ、出版社や作家たちからの絶大な支持を集めているブックデザイナーなのである。
相宮は元々デザイン事務所勤めだったが、三十歳のときに独立をし、今はフリーランスで仕事を引き受けているという。
今やひっぱりだこのブックデザイナーで、大御所作家は誰先と彼を指名するというのだからスゴイ。
そんなスゴイ人なのだが、ポッと出である円香作品を手がけてくれている。
それはデビュー作からずっと、だ。
そのことについては、出版業界で七不思議の一つだと言われているとか言われていないとか。
親戚筋だとか、昔からの知り合い。それならまだ周りの納得もいくだろう。
しかし、これといって相宮と円香の接点はない。だからこそ、周りが不思議がる。
もちろん円香自身も不思議だと思っている。
それなりの売上はあるのだとは思うが、大御所作家の足元にも及ばない。それは円香自身が充分認識していることだ。
それなのに、どうして相宮は円香の本を装丁してくれるのだろう。
ブックデザイナーとして、円香クラスの作家ではあまりメリットはないように思うのだが……
円香は、色彩表を手に考えこむ相宮を見つめる。
涼しげな目元、薄い唇。シャープな顎ライン……思わず魅入ってしまうほどだ。
そして、キレイな手。この手が、あの素晴らしい装丁を作り出しているのかと思うと、ドキドキしてしまう。
相宮の仕事の姿勢はストイックだ。
円香の仕事に対する姿勢や内容など、耳が痛くなるような辛辣なことをズバズバ言ってくる。
最初は戸惑ったり、憤りを感じることがあったが、今はそれもない。
それは相宮が、相宮自身にも厳しいからだ。
ダメだしをありがたく聞き入れる円香に対し、相宮は根気よく付き合ってくれている。
だからこそ、二人の間には仕事上において固い信頼関係が成り立っているのだ。
相宮の指がノートをめくる。
円香は不躾に相宮を見つめていたことに気が付き、ハッとして視線を逸らす。
動揺して慌てていた円香は知らなかった。相宮が円香の視線に気が付き、少しだけ口角を緩めていたことを……
円香は自分のノートを見つめながら、目の前にいる相宮に気付かれないよう息を吐き出す。
ベストセラーを出したわけでもなく、これと言って特記することもない円香の作品に、どうして相宮が全力を注いでいるのか。
結局は、いつもその考えに至り、悩みこんでしまう。
円香が悩み続ける理由。それは心ない声が円香の耳には入ってくるからでもある。
相宮が円香の作品を手がけるのは、「円香が色仕掛けをしているからじゃないか」と面と向かって言ってくる猛者も多い。
腹の立つ言葉ではある。だが、あながちそれは嘘ではないことに、円香はため息が零れてしまう。
いつもの永遠ループ。考えても考えても答えに行き着かない悩みに、円香は肩を落とした。
その様子をジッと相宮は見つめていたようで、心配そうに円香に声をかけてきた。
「今日はどうしたんですか?」
「え?」
「心ここにあらず、ですね。お疲れですか? 木佐先生」
「えっと、その……ですから、私に先生は止めてくださいと何度も言っていますよね? 相宮さん」
図星だった。ボーッとしていたことを指摘され恥ずかしが込み上げる。
円香は頬を真っ赤にし、恥ずかしさ紛れに反論した。
だが、相宮は目を少し見開いたあと、その涼しげな目を細めた。
ドキッとするほどの色気があり、円香は視線を逸らす。
だが、次の瞬間。再び相宮を見つめることになってしまった。
「相宮……っさん」
円香の指に、相宮の男性らしい指が触れる。大事なモノに触れるような動きに、円香の身体は震えた。
ゆっくりと円香の指を堪能していく相宮の指。
その動きを見るのが恥ずかしくて目を逸らした円香だったが、今度は指に意識が集中してしまい、ますます翻弄されていく。
甘やかな痺れに、円香は涙目になってしまう。
「先生は先生ですよ。だって、木佐先生は何冊も本をお出しになっているでしょう? それに自分がリスペクトできない作家さんと、私は仕事をしない主義です」
「そ、そんなこと……出版社に言われて無理矢理ってことだって」
声が上擦ってしまう。ただ、指に触れられているだけなのに。
円香は、自分の指に触れ続けている相宮を見つめる。
視線が絡み合うと、相宮は目尻に皺をたっぷり寄せた。
「そうですね。確かに私も仕事ですから。嫌な仕事も引き受けなければならないときがあります」
ほら、やっぱり。円香がムッとして顔を歪めていると、相宮はフフッと声を出して笑う。
「ですが、木佐先生は別格ですからね」
「え?」
「私がやりたいと立候補したんですよ」
「冗談は結構です!」
カッと頬が一気に熱くなる。なんだか愛の告白のようにも聞こえてしまった。
これは相宮のリップサービスだ。
他意はないはずだけど、どうしたって胸の鼓動は高鳴り続けてしまう。
「木佐先生の手は、とてもキレイだ」
「ちょ、ちょっと……相宮さん」
「私好みの手です。ずっと触れていたくなる」
「っ!」
慌てふためく円香の手をギュッと握りしめたあと、名残惜しそうに相宮は手を離した。
すぐになくなってしまった相宮のぬくもりに、円香は寂しさを覚える。
そんなことをまさか本人に言う訳にもいかず、ただただ名残惜しい気持ちを押し殺し円香は手を引っ込めた。
有名ブックデザイナーである相宮佑輔は無類の指フェチだ。
本人は自分で立候補して円香の作品を手がけていると言っているが、ただただ円香の手が好きだから、触れたいからという理由からだろう。
そうでなければ、相宮ほどの人気ブックデザイナーが毎回毎回円香の作品を手がけることはないはずである。
“色仕掛けで相宮を束縛している”と言われても仕方がない現状なのだ。
そう言われるのが嫌なら、円香が相宮の手を拒めばいい。
相宮なら円香が心底嫌がれば、逆上してまで触ろうとはしないだろう。
だけど、円香は相宮の手を拒めずにいる。
それは仕事のためではない。円香は、一途に相宮のことが好きだからだ。
しかし、そんな感情を相宮に打ち明けてしまったら最後だ。今の関係が崩れてしまうだろう。
だからこそ、本音を隠して円香は悪態をつくだけしかできないのである。
円香にしてみたら、相宮が自分の本のデザインを手がけてくれることは嬉しい。
毎回どんなデザインにしてくれるのだろう、とワクワクしていることは確かだ。
だが、それを円香の指に触れたいがために請け負ってくれているのだとしたら……
考えるのはよそう。むなしくなるばかりだから。
円香は腰を上げて相宮に聞いた。
「コーヒーのおかわり、入れますね」
手に触れられたあと、円香は動揺した心を隠して何もなかったように振る舞うのはいつものこと。
円香にしても、相宮にしてもそうだ。
「はい、お願いします」
優しげな笑みを浮かべ、相宮は円香にマグカップを差し出す。
マグカップを受け取ろうとしたとき、再び相宮の指に触れた。
ドキッと胸が高鳴っている円香に、相宮は真剣な表情で口を開く。
「何を不安に思っているのか知りませんが」
「え?」
「私は木佐円香先生の作品が好きなんです。だから、貴女の本のデザインを手がける」
「……」
そういうことです。そう言って目尻を下げる相宮に、円香は曖昧にほほ笑んだ。
(私の作品ではなくて、手が好きなだけでしょう? だから……)
心の中で呟いたあと、円香は相宮に見つからないように息を吐き出す。
言ってはいけない言葉だ。
これを言ったが最後。相宮は再び円香の前には現れなくなる。そんな気がする。
円香はその言葉を無理矢理呑み込んだ。
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