マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言

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Tier105 見落とし

 代々木公園の近くで起きた通り魔事件は渋谷のスクランブル交差点で起きた通り魔事件の犯人と同じ人間、マイグレーターであるとマノ君は断定するように言い放った。

「仮ではないだと? その判断を下すのは、まだ早計だ。思い込みで捜査にあたると事実を見落としかねない」

 今回の事件とスクランブル交差点の事件が同一であると言い切れる根拠は薄弱であると深見さんがマノ君に忠告を加える。

「そうですかね? なら、深見さんはここ最近になって通り魔事件が起き始めて、通り魔犯全員が犯行後に自殺をしているって言いたいんですか?」

「そうは言っていない。ただ、僅かでも他の可能性が残っているのなら、それを簡単に切り捨てるべきではないと言っているんだ」

 深見さんの能面な表情にマノ君は顔立ちには似合わない鋭い眼光で睨みつける。
 二人の間の空気がピリピリと険悪な雰囲気を放ち出した。

「ちょっと、マノ君も深見君もその辺にしておこうね。二人が言っていることはどちらも間違ってはいないんだから、ここで言い争ってもしょうがないよ」

 そんな空気を緩和するために手塚課長が二人の間に割って入った。
 手塚課長の温和な雰囲気がピリついていた空気を一気に和らげる。

「……そうですね。申し訳ありません。年甲斐もなく意地を張ってしまいました」

「……わかってますよ、そんぐらい。もうこの話は無しにしましょう」

 そのおかげもあって、二人は一応の和解となった。
 人間関係で軋轢あつれきが生じた時にこうやって上手く調整ができるのは、手塚課長が課長たる所以かもしれないな。

「でもさ、マノの言う通り、それぞれの通り魔事件で犯人が全員自殺しているなんていう共通点があるんだから、少しは同一犯の可能性を考えても良くない? それに捜査一課ってエリート集団なんでしょ?」

 マノ君の意見に共感する部分が多かったのか、美結さんが同調した上で疑問を抱く。
 ここ一連の通り魔事件が同一犯、同じマイグレーターによる可能性があるという話が六課に上がってきたのはつい最近の話だ。
 逆に言えば、これまでは全て捜査一課の管轄で捜査が行われていたことになる。
 つまり、美結さんは一連の通り魔事件にこれだけわかりやすく共通点があるのに、なぜ捜査一課はそれに気づかないのか疑問に感じたということみたいだ。
 でも、美結さんは一つ大きなことを見落としている。

「お前な~それは――」

「それはね、私達以外にマイグレーターの存在を知っている人がいないからだよ」

 美結さんの見落としを指摘しようと口を開いたマノ君に市川さんが押さえつけるように言葉を重ねた。

「あ、そっか」

 美結さんはうっかりしていたと口に手を当てる。
 一方で、マノ君は少し不服そうに市川さんを一瞥した。

「私が美結に言った方が口論とかに発展しなくていいと思ったんだけど、ダメだった?」

 マノ君に一瞥されていたことに気づいた市川さんが会話に割って入ったことの意図を説明する。

「……いや、大丈夫だ。むしろ、助かった」

「それなら良かった」

 手塚課長並みの調整手腕を見せた市川さんにマノ君も思わずうなった。

「マイグレーションの存在を知らなきゃ、さすがに天下の捜査一課でも同一犯による連続通り魔事件だなんて発想は出てこないよね。だって、各事件の犯人は全員自殺して死んじゃってるんだもんね」

『……』

 あの那須先輩が何の前触れもなくまともなことを言い出したので、その場にいた全員が驚きのあまり声を出せずに那須先輩へ視線を向けた。

「あれ? どうしたの皆? 急に黙ちゃって。私の顔に何か付いてる?」

「それはこっちのセリフだよ、波瑠見ちゃん。どうしたの? 何か悪い物でも食べた?」

 一番復帰の早かった丈人先輩が何事かと那須先輩を心配する。

「え、どうして? 私、そんな顔色悪い?」

「そういうことじゃなくて、波瑠見ちゃんが急に的を射たことを言い出すから悪い物でも食べたかと思って」

「悪い物なんて何も食べてないよ! ひどいよ、皆! 私のことなんだと思ってるの!?」

「う~ん、変わってる残念な子かな」

「奇人変人……いや、変態だな」

 丈人先輩とマノ君が即答して、残りの僕達は曖昧な笑みを浮かべておいた。

「一人ぐらい私を擁護してよ!」

 孤立無援な状態に那須先輩は、か弱い小動物のように目に涙を浮かべる。

「那須……」

「え……深見さん?」

 こういう時、あまり会話に入らずに事態を冷めた表情で傍観している深見さんが珍しく割って入って来た。
 そんな深見さんから名前を呼ばれたことで、那須先輩は救世主を崇めるかのように深見さんを見上げる。
 唯一、自分を擁護してくれるのではと期待の込めた熱い眼差しでキラキラとしている。

「話を進めたいのだが、問題ないか?」

 希望に満ち足りた眼差しは一瞬で光を失い、那須先輩は絶望を通り越して無の境地に達したことが傍から見ていた僕達にも痛いほど感じ取れた。

「……あ、はい。大丈夫です」

 ノックアウトされたボクサーのように真っ白になった那須先輩を気に留めることなく、今回の事件の被疑者の素性を深見さんは説明し出した。
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