若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい

ささゆき細雪

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chapter,1 New York

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 幼い頃のカナトを知る伊瀬は彼がシンガポールでマツリカを見初めたことも当然知っている。
 このことは父も知っていたはずだが、その後に起きたケミカルタンカー事故によって有耶無耶にされてしまった。

「キャッスルシーの運営は城崎浬が引き継いだんだってな。もし彼女とアイツがデキているとすれば……考えたくもないけど……」

 中谷真理香にマツリカの所在を知らされたとき、すでに結婚してしまったのだとカナトは絶望していた。
 だが、彼女の身元を調べていくにつれて、それが両親の再婚によるものだとわかり、安心したのだ。
 とはいえ彼女には同い年の血のつながりを持たない義弟がいる。カナトの高専時代の後輩でもあった城崎浬だ。彼に義理の姉がいるというはなしは聞いたこともなかった。もしかしたら隠していたのかもしれない。血のつながりを持たない義理の姉弟同士が恋愛関係に陥り結婚にいたっている可能性だってあるのだから。そのことを確認したところで、もはやどうにもならないが。

「カナトさまがなにを考えてらっしゃるのかは存じませんが、タイムリミットは着実に近づいてますよ――若き海運王」

 あのときから十五年、二十五歳になったカナトは老いた父に結婚を迫られている。
 自分が花嫁にしたいと思うのは、シンガポールで出逢った彼女、ただひとりだというのに。
 果たしてマツリカはライバル企業のスパイなのだろうか。鳥海の海運王の名に、彼女は引っ掛かりを覚えるだろうか。
 もしこれが、鳥海の若き海運王――俺だとしたら?

 ノックの音とともに応接室の扉が開かれる。
 その瞬間、カナトは伊瀬に視線を向け、満面の笑みを浮かべる。
 いいことを思いついた、と言いたそうなカナトと、伊瀬ではなく、BPWの副社長兼COOの西島が顔を合わせた。

「そうだ、俺が乗ればいいんだ! 今日だって足が痛い腰が痛いって騒いでいた親父だぞ。三か月近い船の旅なんぞ到底無理だ。それで、彼女が何者なのか正体を見極めればいい。なんなら」
「――カナトさまっ」

 顔面蒼白になる伊瀬と、勝ち誇った表情の西島を前に、カナトは硬直する。

「俺、何かへんなこと言った、か……?」
「若き海運王さま直々にハゴロモの視察をなさるとのことですね、それはありがたい!」

 好々爺然とした西島の登場に、まさかこうなることを想定していたのか、と愕然とするカナトだったが、ずっと迎えに行くと約束した初恋の彼女にようやく手が届きそうな予感には抗えない。

「ああ。よろしく頼むよ、西島さん」
「光栄です、若き海運王」

 ハゴロモのコンシェルジュを差配している西島は高齢の海運王ではなく若き海運王が代わりに船に乗ることに浮足立っているようだ。

「それで、ひとつ頼みがあるのだが……」

 父親には船旅を諦めてもらって年末年始をカジノで過ごしてもらえばいい。そのあいだに会社を揺るがす疑惑を潰し、初恋の彼女を手に入れたい。そう考えればハロウィンからクリスマス、ニューイヤーまで一緒に過ごせる72泊73日の長期間豪華客船クルーズは恋の舞台に最適だ。
 カナトは笑いを嚙み殺しながら、西島とはなしを詰めていくのであった。
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