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カボチャの馬車に拉致られました。
しおりを挟む女の子ならば誰もが憧れる王城の舞踏会。
今年は結婚適齢期の王子様のために、国中の女性に招待状が届けられた。
せっせと家事に勤しんでいたシンデレラのところにも。
だけど、現実はそう甘くない。
「あなたみたいなお胸のちいさい娘なんか、誰からも相手にされなくてよ」
「舞踏会にはあたしたちだけで充分、あんたは屋敷で床掃除でもしてな」
――おっしゃるとおりです、お義母さま、お義姉さま。
言われなくてもあなたたちと一緒に舞踏会に出るという選択肢はありませんでしたわ。
だってこのあと、物語のなかのシンデレラは、魔法使いに助けられて、ひとり華麗に王子様の心を掻っ攫っていくんですもの。
赤青黄色、ハデハデな原色のきらびやかなドレスに身を包んだ義姉たちは豊満な胸をこれでもかと下品なまでに揺らしながら、みすぼらしいお仕着せを着たシンデレラを一瞥し、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「まぁいいわ。どうせあんたみたいなちんくしゃがひとりいなくても誰も気にしないでしょうし」
「王子様だけではないわ、素敵な殿方がたくさん招かれているのよ。わたくしの娘たちならきっと良縁を手に入れられるはずよ!」
「お母さまこそ、舞踏会で新しい恋を探されるつもりではないの?」
「あらやだ、彼が亡くなって三年も経っていないのに何を言っちゃうのかしらこの娘ったら」
きゃいきゃい女子高生のように姦しく騒ぐ継母とふたりの義理の姉を前に、シンデレラは仏像のようにじっと佇み、くだらないやりとりから耳を塞ぐ。
たしかに父親が生存していた頃は、ここまでひどくなかった。とはいえ、転生前に絵本で読んでいた童話『シンデレラ』の世界とさほど変わらないのは事実である。実母が亡くなり後妻として迎えたのがあの継母とふたりの血のつながらない姉、というのも彼女が物語で得た知識とまるきり同じだったのだから。
「それじゃあね、シンデレラ。留守番頼んだよ」
継母とふたりの義姉は無言で突っ立っているシンデレラを嘲笑しながら、屋敷を出ていった。
残された彼女がよしっ、と心のなかでピースサインしていることなど、気づくことなく。
* * *
むかしむかし、とある王国の伯爵家に一人の娘がおりました。
彼女は両親に愛され、美しい年頃の少女へ成長していきます。
ところがある日、流行り病で母親がこの世を去ってしまいます。
残された父親は、娘のために後妻を娶ることを決意します。
ところが娘の継母となった後妻には、ふたりの娘がいました。
胸だけが無駄におおきな水牛のような継母と彼女にそっくりな義姉たち。
血のつながらない義姉は、可憐な花のように美しい娘のことを快く思っておりません。
いつしか父親のいない隙を狙って彼女たちは娘を虐めるようになりました。名前も奪われ、『灰かぶり』という意味の『シンデレラ』と呼ばれるようになってしまいます。
シンデレラはひたすら耐えました。父親にチクったところで運命を変えることは叶わないとわかっていたからです。
それ以前に、シンデレラは父親が後妻と連れ子を迎えたことで、自分の境遇を悟ったのであります。
――そうか、わたしは絵本『シンデレラ』の世界に転生したのか。と。
* * *
シンデレラが曖昧ながらも前世の記憶の存在に気づいたのは、継母たちがこの屋敷に来た後に父が死に、立場が伯爵令嬢から継母たちに仕える小間使いへと転落してからだった。
それまでは問題なく生活できていたから、自分が異世界人だったなど知るよしもなかったのだ。
――もはや前世での自分の名前など忘れてしまった。どうして死んでしまったのかも。
ただ、義姉たちによる嫌がらせははるかとおい中学時代の陳腐なイジメを彷彿させた。
通常のお嬢様だったら虫やトカゲの死骸ひとつで悲鳴をあげるところだろうが、あいにくその程度のちゃちなものでは心が動かない。さすがに父親が買ってきてくれたドレスを切り刻まれたときは泣きたくなったが、舞踏会で王子様が自分を見初めてくれるという絵本の幸せな結末を知っている彼女は、無表情で切り抜けた。
――ドレスがダメになったって諦めない。魔法使いがきっと、助けてくれるから。
絵本『シンデレラ』の世界では王子様が花嫁を選ぶための舞踏会を開き、国中の乙女を呼び寄せている。案の定、舞踏会の招待状はシンデレラにも届けられた……けれどあっさり継母に破られた。
そしてふだんいじょうにたくさんの用事を言いつけられ、留守番する羽目になる。
とはいえシンデレラはまだ楽観的だった。このあと魔法使いが庭先に現れて、素敵な魔法をかけてくれるはずだと盲信的なまでに思いを募らせていたのだから。
だが、絵本『シンデレラ』の世界の常識がいまここにいる自分の世界の常識と同じものではない現実を前に、彼女は絶望している。なぜなら……
「ちょっと魔法使い、わたしをお姫様にして王子様がいる舞踏会へ連れて行ってくれるんじゃなかったの!?」
「悪いけど、いまの状態じゃ無理だね。諦めな」
「諦めな、って言われてはいそうですかって言える状況じゃないわよ! 舞踏会に行くんじゃないならどうしてカボチャの馬車に乗せられているわけ?」
みすぼらしいお仕着せ姿のシンデレラの前に颯爽と現れたのは黒い長衣とフードを被った黒ずくめの魔法使い。フードを被っているから顔もよくわからない、けれど体つきと声の低さから男のひとだということは理解できた。
シンデレラを「見つけた」と言った魔法使いは、ドレスを仕立てることもなく、すぐさま庭先に転がっていたお化けカボチャに魔法をかけて馬車を作りはじめてしまった。白馬になるネズミも自前なのか、なにひとつ準備する暇も与えられないまま、完成したばかりのカボチャの馬車に連れ込まれ――いや、拉致られて。
「君は何か誤解しているようだ」
「誤解って、何を……」
颯爽と走り出すカボチャの馬車。
そのなかにはみすぼらしい格好のままのシンデレラと不穏な言葉しか喋らない魔法使いの男。
こんなの、絵本の世界にはなかった展開だと、目をまるくするシンデレラ。
それでも魔法使いはおかまいなしに、耳に痛い言葉を投げつけるのだ。
「この馬車は、舞踏会には行かない――だって、この国の王子様にふさわしいお姫様は、君じゃないから」
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