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そして最後の夏へ
01.いざゆかん甲子園
しおりを挟む高校三年間なんてあっという間。
あたしが戸張キャプテン目当てで野球部のマネージャーになって、経過した年月は二年と三ヶ月ちょっと。憧れのキャプテンは既に引退して今年から大学生。
卒業式でキャプテンはあたしが姉のように慕っていた歩子さんに告白をして、二人はようやくお付き合いを始めた。以前からキャプテンが一途に彼女を想っていたことをあたしは知っていたから、二人が結ばれたことをあたしは素直に喜べた。そりゃ少しは嫉妬もしたけど……
そういうわけでしっかり失恋をしたあたしも高校三年生になり、進路について考えなきゃいけないのに、ぐだぐだとこうして、野球部のマネージャーを続けていたりする。憧れの先輩は引退してしまったのに、どうしてマネージャーを続けているのかって?
気障な答えかもしれないけど、正直あたしは、野球というスポーツの虜になってしまったのだ。
一人で行う競技と違い、野球は二つのチーム同士がぶつかり合う。九という微妙な数が醸しだすメロディは、時に不協和音のようなエラーを奏でたり、素晴らしいハーモニーを形成するバント構成を立ち上げたりする。
時には代打や代走というパーカッションが加わり、壮大な楽曲をちょこまかと編曲することもある。
あたしは彼らの日々異なる試合、一つ一つを記録することで、様々なドラマを何度も何度も再生する。時には指揮者である監督の意見を仰いで、作戦という名の譜面を読んだりして。
譜面通りにことが進めば、演奏が終わる頃には勝利という名のフィナーレが流れる。そう考えると、延長戦に突入するのは一種のアンコールかもしれない。演奏者は大変だけど観客は喜んで見てくれるから。
ただし、楽団は毎年編成を変えていく。優れた活躍をした先輩たちが卒業して、初々しい新入生を迎え入れることで、チームは新しい指針を探すことになる。例えば、突出した才能を持つ琴弾きが表れれば、楽譜を書き換えていくように、まだ一年だからと遠ざけるようなことはしないで、素晴らしい投球を見せる投手に、チャンスを与えたりするのが、青阪高校野球部の掟だったりする。
去年は部員不足もあって、一年生をかなり起用した。そのことが、北東京大会準優勝につながったともいえる。
そして、四月。
夏期北東京都大会準優勝という栄光のおかげで、今年は新一年生が二十二人も入部してくれた。去年までは教師たちにまで弱小野球部とボロクソに言われていたのに。
そして、六月。
誠に勝手ながらライバル校だと思っていた私立クレーマ学園が、夏の地区予選で準々決勝敗退というアクシデントを起こしたこともあって、あたしたちの都立青阪高校は、どういうわけか再び優勝決定戦まで残ってしまったのだ。
そして、七月。
学校から自転車で二十分もかからない場所にある神宮球場で、優勝決定戦は行われた。
相手は春のセンバツ大会に出場した私立二本柳高校。地区大会で防御率第一位という名誉を持つ二本柳相手に、あたしたちは思い切った決断をした。小細工が効かないのだ、こうなったら大きく出るしか方法がない。
だが、エースの加藤を攻略するだけでも大変だ。相手のミスも期待できない。そうなるとこっちも継投策で相手側に得点を与えないよう踏ん張るしかない。
午後一時のプレイボール。終わったのは太陽もそろそろ傾く午後五時だなんて、よくもまあ、踏ん張ったものだ。
延長戦の末、あたしたちは勝った。小細工の効かない二本柳に対して、唯一の失点を与えたのだ。延長十二回の裏の、本塁打という名の失点を。
そして、今は、八月。
都立青阪高校は、北東京代表として、甲子園の舞台へ招かれる。
ナインも監督もマネージャーも教師も、誰もが想像してなかった、夢のテレビの向こうの世界。
無名の弱小野球部が、超難関の地区大会といわれた百校あまりのトーナメント戦を運良く制覇してしまったのだから、反響も大きかった。地元の人は勿論、マスコミも巻き込んで。
祝、都立青阪高校甲子園大会初出場!
なんて、垂れ幕が、至る所に飾られて。
当の青阪ナインはお盆に行われる甲子園の開会式を前に、緊張でミスを連発しているというのに。
みんな浮かれているのだ。吹奏楽部は突然野球部員のために応援歌を作るし、和太鼓部も球場に太鼓を持ち込もうとするし、有志がチアリーディングの団体を作るし、ローカルテレビ局が慌てて特集を組んでくれるし、地元商店街はいわずもがな、バスで行く応援ツアーを企画する始末。
滑稽だけど、甲子園というフィールドに立てる、それだけで幸運なのだから、あたしはそれでもいいと思った。
でも。
勝ち負け関係ないなんて、綺麗事を言っていられるほど、あたしたちは余裕ある大人ではないから。
あっという間の試合の為に、今日も練習は続く。
――勿論、勝つ為の。
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