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弐
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しおりを挟む「鬼神だなんて名乗っていても、所詮は人間。源義仲という人間は近いうち、滅びるわ」
義仲が上洛してから軍の人数は激減した。地方の荒くれ者は美味しいものや美しい女性がいる京の魅力に取りつかれ、平家を滅亡させる目的を持ってふたたび戦場へ向かうことを拒み、義仲から離れていった。はたまた父が仇であるという理由だけで対立関係に陥ってしまった従兄の頼朝がついに京へ義仲を討ちにやってくるという話を聞いて怖気づいて逃げたのか。どっちにしろ、義仲の味方は少なすぎた。
「滅びる、か。山吹城の巫女姫さまがいうなら、きっと真実だろうな」
「あなたの天下はあともって一月。それまでに身辺整理でもしておくことね」
さびしそうに笑う義仲に、あくまで意地悪に葵は告げる。
「それでも、彼女を救いたいと願う?」
匂款冬の花の香を身にまとう少女のことを示されて、義仲は首を縦に振る。小子。俺が見初めた鬼神の花嫁……
「ああ」
厳しい表情の義仲は、その瞬間、穏やかな顔つきに戻り、柔らかく笑む。
「俺が滅んだら、彼女はふつうの姫君に戻ることができるな?」
「でも、款冬姫さまはきっと、悲しまれるわ」
鬼に憑かれた姫君。死の季節を呼ぶ冬姫。
彼女がそうなってしまったそもそものはじまりは、諏訪神社での邂逅。
何も知らない彼女にとってみれば災難でしかなかっただろう。すべてが仕組まれていたことに気づくこともできず、流されるように義仲の元へおさまった小さな子。
「もう充分、悲しい想いをさせたし、傷ついてもいるだろう。俺が彼女を留めさせたがために……でも、彼女のせいで俺は滅ぶわけじゃない。これが運命なんだ」
遠くに目を馳せる義仲を、葵は鼻で嗤う。
「運命を信じるなんて、ほんとこの世の終わりね」
「だから終わる前に、葵。ちからを貸せ」
葵の嘲笑にも臆さず、義仲は希う。
「どうせ滅ぶとわかっているのなら、最期にあいつを喜ばせてやりたい」
「イヤよ。なんでわたくしがあなたの愛する小さな子の面倒を見なきゃいけないのよ。あなたがすればいいじゃない。ちからならくれてやるから」
ふぃ、と顔を背ける葵の頬が赤くなっていることに気づき、義仲はくすりと笑う。彼女の天邪鬼なところは変わっていない。戦が嫌いだからと敵地で情報収集に自ら乗り出したり、嫌だと拒みながらも小子の女房役を務めたり、思ったより気に入ったからと小子を正妻に認めたり……離れた場所で気丈に振舞う年上の側室は、義仲に対して文句は言うが、けしてその意に反することはしなかった。
愛などそこにないと豪語する葵だが、義仲からしてみればそのやりとりが葵と自分にとっての愛の形なのかもしれない。絶対殴られそうだからけして口にはしないが。
「ただ、お前の体調が心配だ」
諏訪大明神の巫女として神術を扱える葵だが、ちからをつかうにはそれ相応の体力が必要になる。いまの葵の状況を考えると寿命を削るのは当然のこと、死んでしまう可能性もある。
「どうせあなたが滅んだらわたくしの存在意義もなくなってしまうわ。それに」
木曾から上洛する際に連れてこられた巫女姫は、それすら予見していたのかもしれない。
「最期くらい、運命に抗ってみるのも面白そうじゃない?」
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