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Ⅲ 隠蔽されし神話に生きる斎たち * 3 *
しおりを挟む「……押し掛け女房?」
ぼそりと呟く由為に、景臣は苦笑する。
「勘違い女ってのはいまも昔も存在しているんだよ。要するに『星』はふたりの斎たちと仲良くなれなかったこともあって神だけが自分を見ていてくれたと錯覚して愛しちゃったのさ。恋い慕ってる神様が自分の父親だって知らずに……」
それが、現代に至る悲劇を呼び起こす前兆だったんだと、ぽつりと零して。
+ + + + +
土地神の寝所をひとり訪れた星音は自分がいかに彼を慕っているかを告げ、ひとつになりたいと希った。
自分の娘に愛を告白された神は、しずかに拒絶した。神の娘であるお前が神と契りを結ぶことはできないのだと。
神の娘を斎のことと解釈した星音は、血がつながっているという意味で否定した彼の言葉に首を振り、目の前で一枚ずつ衣を脱いでいく。花嫁衣装を捨てたあのときのように。
神は星音に欲情することもなく、かなしそうに裸になろうとする彼女の前から立ち去ろうとした。自分が必要とされていないと焦る星音は、どうにかして彼を引きとめようと、腰紐に結び付けてあった神剣を手に取り、自らの首へ向け、気持ちに応えてくれないのならこの命を絶つと脅した。
神に授けられた剣を自らの首に向けた星音を止めようと、神は己のちからで剣を弾こうとする。が。
星音は自らに向けていた剣先を、愛する神の方へ傾け、神のちからを打ち破る。星音が扱う剣のちからは彼女の想いと同調し、神への執念を凶悪なほどに抱かせ、神をも凌ぐ邪悪な、強大なものへと急速に増長させていた。
神に拒絶されたことで、星音は自棄になる。神と結ばれることが叶わぬのなら、自分の生きる価値はない。結ばれないのなら、自分はどうすれば彼のものになれるのか。
瞬時に、答えが出る。
――いっそのこと、殺してしまえばいい。
彼を自分だけのものにしたい。殺して自分だけのものに。その一心で、星音は剣を振るう。
その結果、生と死を分け隔てる神の剣は、造り主であった土地神の命をも奪い、持ち主となった星音に、永遠という名の恍惚を与えたのだった。
+ + + + +
「だから、この街に神様はいないんだよ」
そう言って、景臣は笑う。どこか淋しそうな、自らを貶すような嘲笑に似たかすかな笑み。
「……でも、椎斎には神社があるじゃない。神様が殺されてからできた神社が」
由為はさっき読んだばかりの椎斎の歴史について振り返る。椎斎史のはじまりは亀梨神社の建立から綴られていた。それ以前に神様は殺されていたというのなら、どうして神社があるのだろう?
「それは」
「あの神社は、神を祀るためではなく、弔うために建てられたものだ。神の亡き土地にあたるから神無と、残されたコトワリヤブリが名付け、それが転じて亀梨に変わったんだ」
景臣の言葉を遮るように優夜が口をひらく。
「なんでそんなこと知ってるんですか?」
「なんでって、簡単なことだよ。いまの亀梨神社の神主が、彼の親族だからね」
当然のように景臣が応える。そもそも景臣と優夜の関係もわからない由為は、神話の世界を越えてつづく現代の現象を捉えるので精一杯だ。
「現在の神主である覗見樹菜は、俺の母方の従姉妹にあたる。『夜』と『月』のちからある血を両方継いだ、稀有な存在だ」
それを見て、優夜がつまらなそうに注釈する。
「考えてみれば景臣も遠い親戚になるな。気が遠くなるほど遠すぎてちゃんとした関係はわからんが」
「うわ何そのいいかげんな説明。それじゃあユイちゃんわからないよ。オレは『月』の人間でセンセイは『夜』の人間って言った方がまだ正確だと思うなあ」
「はぁ」
要するに、神話の世界の延長線上にあるのがこのふたり、なのだろう。そういえば神を『星』に殺された『月』と『夜』はあれからどうなったのだろう?
湧きあがった新たな疑問を口にすると、景臣と優夜が顔を見合わせ、どちらが説明するかじゃんけんをはじめる。どうやらこの先は景臣もきちんと説明する自信がないらしい。
結局、じゃんけんで景臣が勝ち、優夜が仕方なさそうに教壇の前に立つ。さながらこれから授業をはじめるかのように。
「神が死んでからのコトワリヤブリについて説明する。神を殺した『星』は……」
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