斎女神と夜の騎士 ~星の音色が導く神謡~

ささゆき細雪

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Ⅲ 隠蔽されし神話に生きる斎たち * 2 *

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 婚儀を逃げ出し土地神のもとへやってきた星音は自分が神の娘であることを知らないまま三人目の姫巫女として彼に仕えるようになった。神は夜宵、光理、星音……三人の斎姫たちをそれぞれ『夜』『月』『星』と、三人を総称して『コトワリヤブリ』と呼んでいたという。

 神は愛すべきふたりの女性が残してくれた三人に惜しみなく愛を注ぎ、それぞれに神器を授けた。神の娘であり不思議なちからを持つ母親似の夜宵には珠を、どちらかといえば父親似である星音には剣を与えた。また、不思議なちからは持たないものの神を見、会話ができる光理には鏡を造ってあげた。

 夜宵が神から授けられた珠は、森羅万象をつかさどり、世界を内包することができたとされている。
 星音が神から授けられた剣は、運命や生命などをつかさどり、生と死を分け隔てることができたという。
 光理が神から授けられた鏡は、時空をつかさどり、過去から未来までにこの世
で起こるできごとを見ることができたという。

 こうして三人の斎たち、コトワリヤブリは神に名づけられたとおり、ではありえないことをれる存在として、彼とともにこの土地を守っていくこととなるのだった。


   + + + + +


「……椎斎で起きている異変の元凶、ってどういうこと?」

 由為は語り続ける景臣ではなく、仏頂面のまま佇んでいる優夜に声をかける。声をかけられた優夜は面倒臭そうに顔をあげ、景臣へ視線を向ける。

「話、飽きた?」
「いや、質問だとよ」

 優夜が景臣の前で由為を指差しそっけなく言う。

「センセイが応えればいいでしょうに」

 呆れながらも由為の前で景臣は質問を噛み砕き、低い声で呟く。

「この街で起きている異変、それが何かはユイちゃんにもわかっているよね?」

 逆に返されてしまった由為はこくりと頷く。
 いま、椎斎を中心とした街で起きているささやかな異変。それは不審な事故死や変死体の増加だ。由為が入学式の日に目撃した人身事故もそのうちのひとつだという。
 警察は事件の殆どを事故として処理していることからマスコミも騒いでいないし、市民の多くも自分たちに関係があるとは思っていない。現に由為も事故を目撃するまで実感が湧かなかったのだから。

「じゃあ、世間で騒がれていない理由は、どうしてだと思う?」
「……えっと、事故死や自殺による変死体だからじゃないの?」
「でも、それだけじゃない。ユイちゃんが見た女の子のような非科学的なものが関係しているってのもあるんだ」
「知ってたの?」

 由為が事故現場で少女を見たことは優夜にしか教えていない。いつの間に景臣はそのことを知ったのだろう。
 だが、景臣は由為の言葉を遮るように話をつづける。

「緘口令が敷かれているのさ」
「へ」

 緘口令? と首を傾げる由為の横で、優夜はやれやれと肩を竦める。やはりこのふたりは知り合い同士で由為のことも優夜が話していたのだろうか。そんなことを考えている由為に景臣は声を細めて囁く。

「……この件には椎斎市を牛耳っている一族、鎮目の人間が深く関係している。それに、オレや『夜』の騎士であるユイちゃんの先生も」

 だけどその前に、最後まで神話を話させてくれよと景臣は机にどっしりと腰をおろして由為たちを見据え、再び神話を紡ぎだす。


   + + + + +


 コトワリヤブリと称された三人の斎姫は、土地神とともに村を守っていた。神はともに村を守ってくれるコトワリヤブリを愛し、また彼女たちも神とともにあることを嬉しく思っていた。

 その中でも特に神を慕っていたのが『星』の斎である星音だ。
 彼女は養親に決められた縁談をどうしても受け入れられず、何かあったときにちからになるとやってきた神の元へ婚礼儀式の真っ最中に逃げ出した。そして神の元へ居座り、ふたりの斎のように神に仕えることを志し、着飾っていた花嫁衣装を脱ぎ捨てたという。
 その姿に驚いた夜宵と光理は、星音が神の三人目の斎としてすんなり認めたことを快く思わなかったものの、彼に刃向うことはできるわけもない。仕方なく彼女を仲間とした。

 とはいえ、夜宵と光理は素直に星音を受け入れることができなかった。三人の斎に神器が与えられ、コトワリヤブリと呼ばれるようになってからも星音は斎の中でひとり、宙に浮いたような存在として、孤独を深めていた。
 それゆえ、星音は神に執着した。
 最初のうちは神のもとで斎として傍にいられるだけで満足だった。神の傍で過ごし、不思議なちからを村のために使役することが自分の宿命だとも思った。
 生まれながら持っていた不思議なちからを隠す必要がないことが彼女を開放的にした。自分が神の娘であることを知らない星音は自身が持っていたちからは神の傍にあるために授けられたものだと解釈し、微弱なちからしか持たない夜宵や神と対話しかできない光理を軽蔑した。生命をつかさどる剣を与えられた自分こそが最も強く神から愛された斎だと信じるようになった。

 やがて婚儀を逃げ出し神の元へやってきた現実からも目をそむけ、自分は神の花嫁となるべく導かれた穢れなき乙女なのだと結論付け、星音はある晩、自ら神の元へ結ばれるべく寝所を訪れる。
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