斎女神と夜の騎士 ~星の音色が導く神謡~

ささゆき細雪

文字の大きさ
17 / 57

Ⅲ 隠蔽されし神話に生きる斎たち * 6 *

しおりを挟む



 星音が蘇った当時の『夜』の斎。彼女は逆井氏の傍流にあたる鎮目の家に嫁いだ女から生まれた娘で、膨大なちからを秘めていた。
 うつくしい容貌の少女で、海のように澄んだ青い瞳を持っていた。彼女は『夜』の斎として『月』の斎とともに亀梨神社へ仕えていた。

 とはいえ、当時は戦乱の時代。椎斎もまた戦火が絶えなかった。椎斎を治めていた逆井氏の要望もありふたりの斎巫女は戦女神として戦場で祈りを捧げる日々を続けていた。
 神社が焼けた際もふたりは不在で、それゆえ簡単に星音を蘇らせてしまったのだ。

 そのとき星音を足止めしていたのが退魔の能力を持つ鎮目一族である。彼らは退魔師と名乗り、村人に『鬼姫』とおそれられている星音を『悪魔』と認識し、容赦なく攻撃を与えた。だが、外国流儀の手法は神の子である星音には通用しない。
 星音が蘇ったことを聞きつけ神社へ戻った『夜』と『月』の斎は鎮目一族に合流し、星音を再び椎の木の植わっていた場所へ封じようと戦いに臨む。
 だが、戦いに慣れていない『月』と『夜』の斎は苦戦する。星音は虫けらを殺すように殺戮を繰り返し血に染まっていく。影で仕えていた『夜』の騎士や逆井の人間も巻き込む中、『月』の斎が星音へ眠りの呪いをかけたところで、星音の動きをちからで抑え込んでいた『夜』の斎が精力尽きて倒れてしまう。

 命を失いかねない『夜』の斎を救ったのは鎮目一族の女魔術師だった。
彼女は『夜』の斎に生気を与え、身代わりとして自ら死ぬことを選んだのだ。
 だが、『夜』の斎は自分の代わりに彼女が死ぬのを許せず、彼女を生かすために邪悪な星音のちからを浄化してその身へ宿そうと試みる。
 結果、女魔術師は生き延びた。
 だが、『月』の斎にかけられた眠りの呪いを発症し、一日の大半を眠って過ごすようになる。身体に封じられた星音は完全に眠りについていたが、いつ覚醒してもおかしくはない。鎮目の人間はコトワリヤブリを批判し、逆井氏に反旗を翻し、逆井氏の天下だった椎斎を奪うという暴挙に出た。

 後に逆井氏は降伏し、双方は和解したが、これを機に椎斎は鎮目氏によって表沙汰統治されることとなる。
 星音を宿したまま生きていた女魔術師は自分の肉体が滅びる前に転移の魔術を試み、星音の霊体を切り離し、己の娘に負の遺産として相続させている。
 けして封印を解かず、眠りの呪いと付き合いながら生を貫き死の間際にちからある血縁に継がせるのだ、そうすることで椎斎の街は守られまた鎮目の一族は繁栄しつづけるのだと言い残して。


   + + + + +




「それ以来、コトワリヤブリ……まぁ要するに『月』と『夜』の人間たちは鎮目の人間を『星』と呼び、星音の封印が解けないよう椎斎の地で見守るようになったんだ」

 転移の術は西欧のもので、コトワリヤブリに使えるものではない。それゆえ、鎮目の人間だけが星音の封印を持続することが今日まで可能だった。

「彼らは『星』の斎を媒介に星音を眠らせたまま、現代まで封じつづけてきた。そのこともあって、鎮目一族は椎斎での地位を確かなものにしている」
「だけど、封印は解けてしまった……?」

 不安そうに声をあげる由為の横で、景臣が念を押すように口をひらく。

「すべてが解けたわけじゃない。現に『星』の斎はいまも眠りの呪いと戦いながら鬼姫として覚醒することを拒んで肉体を死守している……いつまでもつかはわからないけど」

 鎮目の人間のなかにいる『星』の斎である少女が自らに封じられた鬼姫と戦っている。自分の身体を奪われないよう、眠りの呪いと戦いながら。

「もしかして、その子が『星』から肉体を守っているから、ふつうの人間には見えない姿で現われているってこと?」

 入学式の日に見た光景を思い出しながら、由為が口にすると、景臣はそのとおりと頷き、嬉しそうに微笑む。

「よくわかったね。ユイちゃんが見たあの女の子は『星』がつくりだした霊体……まぁ幽霊みたいなもので、ふつうの人間は見ることも触れることもできないんだ」

 でも自分は見えたよ? と首を傾げると優夜が無愛想に告げる。

「お前はふつうじゃないんだ」
「なんですかそれ先生! いくらなんでもその言い方って……」

 食ってかかる由為を見てますます嬉しそうに笑う景臣。言った本人はどこ吹く風だ。それにしてもどうして景臣に笑われなくてはならないのだろう。

「別にあたし霊感があるわけでもないですよ、いきなりあんな光景に出くわして幻覚でも見たんじゃないかと慌てたふつうの、ふつうの! 女の子ですよ?」
「ふつうを強調しなくていい。どうせもう元には戻れないから」

 優夜にさらりと言いのけられて由為は唖然とする。
 元には戻れない?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...