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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 6 *
しおりを挟む椎斎の深夜は六月でも肌寒い。上着を準備してくればよかったと後悔してももはや後の祭りだ。
冷たい風がむき出しの肩にあたり、ピリピリした痛みが生まれる。ハッとして闇深い空を見上げると、溶け込んでいたかのように真っ黒な鳥が、目の前に降りてくる。
……気づかれた。
逃げだそうとしても、ここは敵陣。しかも相手は人間じゃない。彼は黒き翼を抱く守護者、『月』の影に違いない。
「君か。ここ最近オレたちに付きまとっていたのは」
亀梨神社の境内で身を潜ませていた少女は、あっさり見つかったことを恥じながら、影と呼ばれている男を睨みつける。
「逆斎の影……」
「いかにも。今じゃ逆井景臣って名前の方が自分的に馴染みがあるんだけどね」
烏羽色と呼ぶのにふさわしい翼を背中から消すと、景臣は眼帯をつけ、ノースリーブにショートパンツという寒々しい恰好の少女を見て、ぱちりと指を鳴らす。ふいに少女を纏っていた冷たい風と悲鳴じみた風音がやみ、穏やかな夜の光景が少女の前に戻ってくる。
「あんたが風を操っていたの」
「操るとは人聞きの悪い。オレの味方になってもらっただけさ。なんせここは椎斎の神域、人間ごときの呪術じゃ立ち向かうのは無謀なんだよ」
びくっ、と少女の身体が震える。景臣は怒っている。自分が何をした人間なのか感づいている。だから怒っている。
「そうね。だから気づかれないようとっとと仕事をしたかったんだけど」
「あいにく、オレは君がしようとしていることを止めなければならない」
亀梨神社の椎の木の前で、ふたりは視線を絡ませる。どちらも退くことなく、火花を散らしていたが、やがて、少女の方が腕をあげ、自分の左目にかかっていた眼帯を取り、ぼそりと呟く。
「……Ainupito kuare」
「なにっ」
神代の者しか知ることのない古の言語を口にし、少女は術を発動させる。彼女の片目は失われし色彩を宿していた。景臣はその蒼白い銀の瞳に縛られる。そして、土から現れた巨大な植物の蔓に捕まり、地面に拘束されてしまう。
景臣が抵抗しようとしても蔓はびくともしない。少女はつまらなそうに地面に縛られた景臣を見下ろし、サンダルで頭を蹴飛ばす。
「油断禁物って言葉、知らないのー? しょせん、あなただって年を取らないだけの人間でしょう?」
あっけらかんとした少女の声色が、景臣の脳裏をぐらぐらと揺さぶる。どこか間の抜けた、毒にも薬にもならない幼い声。
「これは外法だなぁ。やっぱり君が、月架を殺したんだね」
「月架? あの生意気な『夜』の斎神のことかしら。そーね。殺すの大変だったんだから。必要以上にたくさんの血を流しちゃって気持ち悪くなったもの」
鬼に負けることのない血を持っていた月架が死んだのは、人間に手を下されたからだ。景臣は目の前の少女が椎斎の外からきた術師だと悟り、彼女の目的が何か頭の中で考えをめぐらす。
「それで、オレも殺すのかい?」
「まさか。あなたを殺すことは仕事に入ってないわ。邪魔するなら排除してもいいとは思うけど、あいにくいまの術で殆どちから使っちゃったから無理。命拾いしたね」
「そっかー。じゃあ、オレがいま反撃したら君は無傷じゃいられないってこと?」
「うん。だから目的だけ果たしたら逃げるよ」
くすくす笑いながら少女は景臣から離れ、椎の木の前に降り立ち、躊躇うことなく火を放つ。古木は抵抗することなく炎を受け入れ、パチパチと勢いよく燃えはじめる。
「……狙いは結界か!」
「じゃーね。お間抜けな『月』の影さん! たとえ小火でも御神木にダメージを与えたなら結界は簡単に壊れるってこと思い知るがいいわ。これで主さまと『星』を隔てるものがまたひとつ失われたわね!」
去り際に謎めいた台詞を残しながら、少女は景臣の前から姿を消す。樹菜と会話をしていたときに使われた隠遁術で。
「……Parka wakka chisanasanke!」
慌てて炎へ向けて清い水を放ち、御神木の消火をしたのち、蔓から抜け出した景臣は、忽然と姿を消した少女の姿を思い出し、つよく拳を握りしめる。
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