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Ⅷ 星降る夜明けに月日は踊る * 3 *
しおりを挟むそのひかりは鬼姫に肉体を奪われたせのんのところにも強く届いていた。鬼となった星音に身体を渡してしまったせのんの魂は辛うじて肉体にしがみついているが、いつ振り払われて消滅させられるかわからない。ぼんやりした思念をはっきりさせようと眠気と格闘しながらせのんは使い魔の名を必死に唱え、祈るように狂った自分を止めようとする智路と理破を見つめる。
そんな中で起きた、ひかりの爆発。
智路と理破がせのんの中の鬼姫によって痛めつけられているのを満足そうに見ていた万暁も、戦いに興じていた景臣と謡子とそれをハラハラしながら見つめていた昼顔も。
一斉に時間を止めた。
鬼姫に乗っ取られていたせのんの身体もまた、ひかりの呪縛から逃れられない。
降っていた小雨も、いつの間にかやんで、どんより曇っていた空に朱を散らせ、夕陽を反射させながら七色の虹を架けている。
どのくらい、そうしていたのだろう。
「……あ」
ちからが抜けて、膝が地面につく。霊体となっていたせのんは、あのひかりに導かれるように、ふたたび自分の肉体の中に戻っていた。『夜』に斎神が降りたのだ! だが、星音はまだ、自分の身体の中で暴れている。
見ると、由為の瞳の色が左右で変化している。『夜』の人間特有の宵闇を彷彿させる漆黒の双眸の奥に月と星が浮かび上がっていた。右目には黄金色の月光を、そして左目には白銀の星の光を。
せのんは新たな神に向け、声を張り上げる。
「――『夜』の斎神、斎鎮目の魔女はあなたに審判を委ねます、椎斎に眠る神を殺した悪魔の封印を!」
「莫迦な。離魂術を破っただと……」
せのんの鋭い声に、万暁が驚倒する。智路は破顔し、景臣と理破は互いに視線を絡めて頷き合う。
「了解っ!」
由為はせのんの言葉を受けてしゃんと背筋を伸ばす。隣には優夜が恭しく控え、斎神を降臨させた由為の前で虚空から『星』の剣を出し、天へ掲げる。
その横で、理破が制服のポケットから未来を示す『月』の鏡の断片を取り出し、体内に現代の破片を宿す景臣の手のひらへ重ねる。その瞬間、昼顔が持っていた過去を示す鏡の欠片も勝手に浮かび上がり、月光のように淡白く輝きながら真の主のもとへ飛んでいく。
三種の神器が揃い、新たな斎神となった由為のもとへ土地神と同等のちからを分け与えていく。漆黒の闇に金銀を散らした瞳の斎神は、鬼姫を懸命に押しとどめている『星』の斎の傍へ歩み寄り、唐突に抱きしめる。
そして。
「Tupasanke」
まるで、悪戯っ子を諭すように、『星』を封じる呪文は紡がれた……
* * * * *
「チロル。反撃開始よ」
封印は成功した。斎神のちからがせのんの体内に入ってきたからか、眠りの呪詛も一時的に退けられたようで、せのんはかつてないほどの活力を取り戻す。勢いよく智路の元へ駆けていき、彼の手に握られていた十字架を受け取ると、うろたえている万暁に向け、元気よく啖呵を切る。
「よくも騙してくれたわね、魔女の裁きを受けるがよいわ!」
智路の片目が濃い紫へ色を強め、せのんが持った十字架へ光を灯す。その光を見て、謡子が驚愕の表情を浮かべる。
「やっぱり……でも、なんで刃向うの? この女はあたいらをボロボロにした鎮目一族の末裔だよ、なんで使い魔なんかに……」
謡子が自分と同じルーツを辿ってきたことを知らない智路は、そっけなく呟く。
「俺が選んだのはせのんの傍にいることだ。同族? そんなはるかむかしのことなど」
せのんの握る十字架に手を添え、ちからを込める。
「ku=oyra awan na」
「――そう、忘れてしまったのね」
謡子は智路が口にした言葉を静かに受け取り、もはや抵抗もしない。それを見てオドオドしているのは万暁だけだ。
「謡子、何をしている。早くこいつらをどうにかしろ!」
「無理。レラ・ノイミの血族を傷つけることはできないわ……だってあなた、ほんとうは主さまじゃなかったんだもの」
そしてひとり、風に溶けて去ってしまう。
「なっ」
慌てふためく万暁をこの場から逃がそうと昼顔が前へ飛び出し、智路の手を阻む。
「……主さまを傷つけないで!」
「美生?」
思わず智路はクラスメイトになったばかりの少女の名を呟く。その隙に昼顔が叫ぶ。
「逃げて、主さま!」
戦力であった謡子を失った万暁は、昼顔に言われて慌てて踵を返す。が。
「月の戦女神が命じる――忘却せよ!」
狙い打つかのように、理破が黒檀のステッキで万暁へちからを放出していた。万暁は純白のひかりを直撃し、両目を抱え込んでのたうちまわる。
「ぅわぁあぁぁああぁあああ!」
「主さま! 主さまぁ!」
理破が万暁にかけたのは、忘却の呪文。せのんの中に再び封じられた『星』に恋い焦がれたがゆえに狂ってしまった彼が持ちつづけた前世の記憶を忘れさせるための残酷な呪文。
やがて万暁は地面に蹲り、動かなくなる。
「主さま、主さま、主さま……許さない。主さまの想いを踏みにじるなんて……コトワリヤブリ、主さまが忘れてしまってもわたしは忘れないんだからっ!」
彼を慕っていた昼顔だけが、いつまでも主さまと、この地で禁じられている忌み名で彼を縛りつけていた……
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