身代わり聖女は「君を孕ますつもりはない」と言われたのに死に戻り王子に溺愛されています

ささゆき細雪

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chapter,1

01. 身代わり聖女の憂鬱《2》

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 はぁ、とため息をつけば、真っ白なたんぽぽの綿毛のようなかたまりがポンっとヒセラの前へ現れる。やがてそれは白猫に変化し、ヒセラの顔を覗き込んだ後に心配そうな声をあげた。はたから見れば猫が鳴いているだけだが、こう見えて彼女と契約を結んでいるヒセラの守護精霊なのだ。

「おや。浮かない顔をしておるな」
「ついてきたの? ミヒャエイール」
「ついてくるもなにも。ハーヴィックの王城は国有地として管理されておる“魔女の森”と同じ敷地内にあるのじゃぞ。それに、契約者であるヒセラがいる場所なら難なく行けるわい」

 ぷい、とふわふわの尻尾を振って窓を示すミヒャエイールに促されて、ヒセラも寝台から起き上がり、窓の方へ移動する。破瓜の痛みが残っているだろうと警戒したものの、リシャルトが治癒魔法を施したのか思っていたよりも身体は身軽に動く。
 窓の向こうを見れば、ミヒャエイールが言っていたとおり、ヒセラが物心ついた頃から暮らしていた国有地“魔女の森”が目と鼻の先にある。そこは青々と生い茂った木々に隠された絶滅が危惧されている精霊とそれを従える魔女たちの棲み処だ。便宜上は王国の国有地として公爵家に管理されているものの、自治権は認められており、魔女たちは基本的に自由に内と外を行き来できる状態にある。

「それもそうでした。ってことはミヒャエイール以外の精霊たちも森から抜け出すことができるの?」
「抜け出すとは失敬な。契約者が側にいる状態ならばハーヴィック国内のどこにでも出没できるぞい」
「ってことは森から王城にのこのこ出てきた精霊はあなただけなのね」
「まぁの。ほかの精霊たちもヒセラがドジ踏んでないか心配しておったが、王城に巣食う魔力は森のそれと異なるゆえ、そう簡単に行き来できるものでない。わしですら王城の魔力にはどこか近寄りがたい雰囲気を感じるからの」
「やっぱり」

 ヒセラは心臓の部分に手をあて、反芻する。あのときはリシャルトに注がれた魔力のおおきさに純粋に驚いたものの、魔力が抜けた今もなおそれだけではない圧倒されるなにかが残っている。胸元のキスマークはいまも深紅のバラのように色濃く刻まれていた。まるで所有印であるかのように。

「じゃろ? 大魔女タマーラが統治している“魔女の森”と比べれば、ここは善き精霊だけではない、冥穴から抜け出してきたであろう厄介なヤツらの残滓も溜まっておるってことがの」
「だけど、それらを従えることができるのがハーヴィックの王族なのでしょう?」
「怖じ気づいたか?」
「……だって、あんな魔力を真っ正面から受け止めないといけないなんて思わなかった」
「歴代の聖女はそうやって王となる者に抱かれ、脈々と血統を残してきたぞ?」
「あたしは聖女ジゼルフィアじゃない、大魔女タマーラの弟子、魔女ヒセラよ」
「その、聖女と同等の魔力を受け止める器の持ち主として選ばれたのだからもっと自信を持てばいい」
「顔だけじゃないの?」
「瓜ふたつなのは保持している魔力の種類が似かよっているからだ。ジゼだってそう言っていただろう?」
「それは、そうだけど」

 マヒ・デ・フロート大いなる魔法を持つ公爵家が“魔女の森”の管理を行っていることもあり、公爵家の一人娘ジゼルフィアも幼い頃はちょくちょく“魔女の森”に出入りしていた。そこでヒセラは自分と同じ顔をした可憐な少女と知り合い、友人となったのである。
 かばねに魔法を意味する“マヒ”を持つ一族は精霊魔法に精通している。精霊の数の減少とともにマヒの一族も数を減らしているが、王族とも外戚関係にある公爵家の多くはいまもたしなみ程度の精霊魔法を扱える。そのなかの大精霊の祝福を持つ優秀な娘が“聖女”として王家に輿入れすることも珍しくなかった。
 ただ、デ・フロート公爵家は代々“魔女の森”を管理しているだけあって王族の次におおきな魔力を保持していたが、一族の娘は短命で、聖女になることは滅多になかった。それでも少女ジゼルフィアは、自身が生まれながらに持つ大精霊の祝福と呼ばれる膨大な魔力でほかのマヒの一族から推された候補を差し置き、聖女として第一王子リシャルトの婚約者の座を射止めたのである。本人はまったく嬉しそうな顔をしていなかったけれど。

『わたくしがリシャルト殿下の婚約者に選ばれるなんて、世も末だわ』
 あのとき彼女はすでにこの先起こるであろう大陸の戦乱を予期していたのだろう。そして聖女に選ばれた自分の生命の灯火が残り少ないということも。
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